NHK大河ドラマでは豊臣秀吉は悪く描かれることが多い。来年の大河は松本潤主演の「どうする家康」で、秀吉役のムロツヨシさんもまた格好の悪役を演じるかもしれないと言ったら失礼になってしまうか。
若い頃の木下藤吉郎はともかく、天下をとってからの秀吉は、野心と好色と我が子である秀頼への溺愛が空回りして、甥の秀次を殺したり、朝鮮出兵という暴挙をした醜い老人扱いというワンパターンだ。
しかし、秀吉ファンとしては、悔しいので、あの世の寧々が、日本経済新聞社から「私の履歴書」の執筆を頼まれたという想定で、『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス)という評伝を書いてみた(八幡衣代と共著)。小説でないので、嘘は書いてない。あやふやなことは寧々の推測という形にしてある。今回は同著に基づき、秀吉の功績について論じてみたい。
時代で変わる「秀吉人気」
意外なことに、在世中から昭和の終わりまで、江戸時代も含めて、ずっと信長・秀吉・家康でいちばん人気は秀吉だった。七回忌の豊国神社大礼祭とか、秀頼が家康と二条城会見に臨んだときにおける京都市民の熱狂は、豊臣の天下に戻ることを民衆も望んでいた証拠である。朝鮮での戦争に飽いて秀吉の死が広く歓迎されたなどということはないし、朝鮮への再派兵は家康も計画して3度目の派兵をちらつかせながら朝鮮側とも交渉している。
江戸時代には、家康は人々から畏敬されていたが、人気があったのは秀吉だったのだ。信長は短気で残酷な人だと、嫌われていた。
明治になると、秀吉は尊皇家で海外に覇を唱えた英雄ということになり、秀吉が大好きだった明治天皇は、わざわざ伏見城の本丸跡に御陵を築くように遺命された。
戦後は高度経済成長時代のサラリーマンの鑑だった。ところが、石油危機以降は、成長志向の時代ではないといわれ人気急落した。
平成の30年間に日本の経済成長率は世界主要国最低。中国の8倍だったGDPは中国の3分の1位以下。経済成長だけではだめというのは1970年代のことで、それ以降は、「経済成長が大事でない時代は終わった」はずなのだが、日本人はまだ眠ったままで世論調査をしても経済成長は目標として軽視されている。
そして、もうひとつは、秀吉が文禄・慶長の役を命じたことから、侵略して近隣諸国に迷惑をかけた人を肯定的に描いてはダメだというタブーがつくられた。NHK大河ドラマでは、加藤清正、立花宗茂、小西行長、小早川隆景、島津義弘などこの戦争にかかわった武将は、絶対に主人公にしてもらえないし、秀吉ももうろくして暴挙に出たのだということにされる。
しかし、秀吉の大陸遠征は、大航海時代にあって南蛮人たちも東アジアに現れた激動の時代にあって新しい国際秩序を模索するなかで行われたもので単純な話ではない。
秀吉は「東洋のナポレオン」
そして、いまの日本に必要なのは「破壊」の信長でも「守成」の家康でもなく「創生」の秀吉だと思う。世界史的な視点から評価したら、秀吉に似た仕事を成し遂げたのはナポレオンだけだ。ルイ王朝や革命期のさまざまな新しい改革の芽を生かして、近代国家をトータルに設計し制度化した。
フランスのマクロン大統領は、没後200年にあって、彼の戦争やハイチでの奴隷制復活などいくつかの誤りがあったとながらも、「ナポレオンの残した戦略、法律や建築物は、今も受け継がれている。ナポレオンは今も私たちの一部だ」と功績を称えた。さらに「現在の考えに添わないからといって、過去を抹殺しようとする動きには屈しない」と堂々と宣言した。
秀吉は「中世には地に墜ちていた朝廷の権威の回復」「東京や大阪を日本の中心的な都市として選び、京都や博多を大改造し各地の城下町を建設」「兵農分離と軍備の近代化」などを実現した。
経済でも「度量衡の統一」「大判小判など通貨制度の確立」「太閤検地による税制改革」「商工業の振興」「鉱山開発」「貿易の拡大」などの成果をおさめ、絢爛豪華な桃山文化の大輪の花も咲かせた。秀吉の時代の日本は世界最先進国のひとつだったし、もし、豊臣の天下が続いたら、200年の鎖国ののち後進国になっていた日本が数隻の黒船来航に大慌てすることもなかったはずだ。
壮大な文明論を描いた民族学者の梅棹忠夫さんはかつて「鎖国をしてなかったら、18世紀に日本とイギリスはベンガル湾で雌雄を決していた」との見立てを示したことがあったが、日本は明治を待たずに世界の大国となり、西洋人による植民地支配も違う展開になっていたはずだ。
実際の日本は、明治維新のときにヨーロッパ式に社会の仕組みを取り入れて全面的に刷新。戦後はアメリカのシステムを採り入れて世界史でも稀に見る高度成長を遂げた。ところが昭和の終わりから平成にかけシステムが老朽化し始めたにもかかわらず、デジタル化などのチャレンジを怠り、経済の不振を招いた。今こそ、秀吉のような気概でDXを進め、世界最新鋭のシステムに入れ替えるくらいのつもりでの改革が求められている。