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著者は90年代、日本にキシリトールを導入し、ガムなどの関連商品で2000億円市場の礎を築いた1人として広告PR業界で知られる。そのマーケッターのレジェンドがいま「SDGsの次」に注目するトレンドが、「ウェルビーイング」だという。

一般論では「ウェルビーイング」とは、WHO憲章の前文にもあるように、肉体的にも、精神的にも、社会的にも満たされた状態をいう。平成生まれの世代からすると、経済停滞が30年も続く日本の時代への不満は尽きないが、日本が繁栄を謳歌していたはずのバブル時代でも人々は必ずしも満たされていなかったというと意外だろう。

「こうすれば幸せになれる」の提案

「24時間戦えますか」という栄養ドリンクのCMが一世を風靡したウラで、地価高騰により都内で家が買えなくなったサラリーマンは郊外から長時間の満員の“痛勤”電車通い、連日連夜働きまくっても心は満たされなかった。この「幸せとは言い難い」傾向は日本が成長しなくなった後も持続しており、実際、国による幸福度調査でも、GDPと生活満足度の乖離が続いてきた。

そうした経済・社会情勢にあって日本の企業はどう稼いでいけばいいのか。「ウェルビーイング」は先進地のアメリカとは国情の違いも大きく、明確にビジネス上のコンセプトが定まっていないのが実情だが、マーケッターの著者は、「都心のタワマンより郊外の古民家で暮らしたい」「使い捨てよりリサイクルを選ぶ」といった消費行動の変化に着目。体・心・社会との関係性という3つの視点をベースに、企業側が、個人や社会との関係性をリデザインすることで、「こうすれば幸せになれる」という道筋を描くことだと提案する。

※画像はイメージです(Christopher Ames /iStock)

本書では、「ウェルビーイング」視点で経営やマーケティングを見直した企業の好例が豊富に挙げられているが、クラフトビールのヤッホーブルーイングが典型例の一つ。ビールを飲む生活者を「ファン」と呼び「超宴」と銘打った交流イベントを開催。コロナ禍前はリアル、最近はオンラインでビールを通じて人同士の交流から生まれる幸福感を訴求してきたという。

著者の代名詞であるキシリトールもまさにそう。歯科医に行くのは虫歯になってからという実情だったのが、歯科医がキシリトールガムを売ることで、定期点検し、虫歯を予防することで患者の来院数を増やすという、歯科医と患者の関係性のリデザインだった。

あの会社もリデザインしていた

奇しくも本書では、最近、女性社長のスキャンダルで世間を騒がせたスノーピークもケーススタディとして挙げられている。筆者のように都会のインドア派は、あの騒動で初めて同社を知った人も少なくないだろうが、1958年、金物問屋として創業した同社がなぜ半世紀で新潟屈指の上場企業として頭角を表したのか、「ウェルビーイング」で一端を垣間見ることができてビジネス的に興味深い。

※画像はイメージです(recep-bg /iStock)

同社のサイトによれば、辞任した女性社長の祖父で、登山を愛好した創業者はこだわりのある登山用品を開発してブランドの基礎を固めた。そして80年代、後年に二代目社長となる息子が入社すると、バックパッカーやヒッチハイカーの印象が強かったキャンプを、「アウトドアをライフスタイルととらえ直し、家族の絆を深めるための豊かな時間」(サイトより)として提唱。オートキャンプ用品を手がけ始めて一大ブームを起こして躍進した。その後、アパレルや飲食などにも拡大していったが、著者の言う「ウェルビーイング」な今日的視点で見れば、まさに、企業、個人、社会の関係性をリデザインし続けたが故のブランド構築だったと言える。

「ウェルビーイング」「マインドフルネス」「関係性のリデザイン」…こうしたキーワードを表層的に見て、いかにも広告業界用語ぽいと怪訝に思う人がいたら早計かもしれない。著者は、マインドフルネス的な考えは「禅」や「侘び寂び」に、関係性を大事にするのも「三方よし」にそれぞれ通じるといったように、元来の日本の生活様式の中にあったと指摘する。

欧米型の資本主義市場原理のもとで成長してきた日本が、これからさらに日本らしく成長を遂げていく一つの考え方」(著書より)というのは、岸田政権が打ち出す「新しい資本主義」と通底するようだが、政治家や官僚が空虚なコピーを振りかざすよりも、民間のそれぞれのプレイヤーが著者のような考えを共有し、大胆な規制改革を通じて実直に創意工夫を積み重ねていきやすくすることが成熟しきった日本社会の中に新たな活路を見出すことになると思う。