【編集部より】現場視点での外交論を発信する論客として注目される、自民党・松川るい参議院議員。本音の「外交リアリズム論」を語っていただくシリーズ、今回は「嫌韓」の裏で見えづらくなった日韓外交の実相に迫ります。(3回シリーズの2回目)
「嫌韓論」が日米韓の安全保障連携に悪影響
――「日本一国では中国に勝てないけれど、束になれば負けない」と多国間連携を深めていく際に、韓国との関係も重要になります。しかし安全保障の議論において、韓国との関係改善が重要だという話がなかなか出てきません。安全保障を重視する保守派が「韓国とはもう付き合いたくない」という姿勢を取っています。
【松川】文在寅政権が余りにも酷かったために、保守政権に変わったとて、そのトラウマで韓国とは付き合いたくないという気持ちの方がいるのは理解できないではありません。
そして、韓国は、大国に挟まれた歴史から揺れ動くことが多く、信頼して何かを共になそうとすることが難しい国です。この構造的問題は別に尹政権になったからといって変わるわけでもありません。
それを前提にした上で、それでも、です。今、日本がおかれた安全保障環境を考えれば、日本にとって、今ほど韓国が日本の側にいることが重要な時代はありません。そして、尹政権という対日関係改善を公言する稀有な保守政権が誕生した。このチャンスを活かさないのは思考停止というものです。
文在寅政権というのは、極左の反日政権で、およそ北朝鮮についても中国についても脅威認識を日本や米国と共有していませんでした。北朝鮮は脅威ではなく抱擁すべき同胞、中国に対してもレッドチーム入りしても良いと思っているのではないかという懸念さえありました。脅威認識を共有していない以上、日米韓協力など論外な状況でした。さらに、その文在寅政権時代に引き起こされたのが徴用工判決問題です。日韓関係の基礎となる日韓請求権協定に真っ向から違反する判決であり、現金化を許容すれば日本企業に多くの被害が出るだけでなく、日韓関係の基礎を揺るがせることになります。
ですから、日本は、韓国政府自身が本件を解決するよう求めてきました。しかし文政権は、韓国政府自身が解決すべき問題であることを認めることさえしないまま放置してきたのです。
韓国に対しては、日本は、まず、徴用工判決問題の解決と日米韓安保協力の2つを望んでいます。実現できるかどうかは別にして、少なくともその2つを実行しようという意思を表明しているのが伊政権です。ですから、日本も可能な限りそれが実現できる外交をするべきです。
尹錫悦大統領は大統領の選挙運動中から、一貫して「日韓関係を改善する」と言い続けています。反日が基本の韓国で、就任後も8月15日の「光復節」の談話や就任後100日談話でも、「小渕・金大中時代のような日韓関係を目指したい」と述べています。
韓国が日本に送る「シグナル」とは
――小渕首相は1998年に金大中大統領との間で「日韓共同宣言」を行っていますね。
【松川】徴用工裁判に関する在韓日本資産の現金化の問題でも、韓国政府として現金化を止めるべく取り組むことを日本側に対して明言し、官民協議会を設置して具体的解決策を模索したり、現金化の進行を止めるべく韓国政府として裁判所に意見書を提出しています。それも支持率が低下する中で。これは反日が基本の韓国世論を考えるとなかなかできることではありません。
何も「日本側が歴史問題で折れるべきだ」と言っているわけではありません。当然、歴史認識問題の根幹については絶対に譲るべきではありません。日韓関係にリセットは安倍外交の大きな成果の一つですから。
ただ、これだけ厳しい状況下で尹大統領が日本に関係改善のシグナルを出してそれなりに頑張っている中、日本としても関係改善について意欲があるなど前向きな姿勢で応える。また、韓国政府が現金化を止める算段を具体的につけることができるのであれば、日韓関係は歴史問題だけではないのですから、輸出管理手続きなど協力が可能な分野での前向きなシグナルを出すなどすべきです。
今でも、韓国内では、「日本は冷たいのになぜ韓国ばかり下手に出るのだ」という批判が強い。韓国は民主主義国であり、世論が尹政権の対日関係改善に反発するような事態はできるだけ避けなければ上手くいくものもいかなくなります。
そして、何より、ロシアによるウクライナ侵略の結果、より日本を取り巻く安全保障環境は悪化しています。日本の外交安全保障上の当面の最大の課題は、台湾有事発生の抑止です。台湾有事は日本有事です。台湾有事となれば日本の先島諸島が戦域に入ることはもちろん沖縄まで危なくなる可能性が高い。
台湾有事において、中ロ連携、中ロ北朝鮮の連携も覚悟しなければならない状況の中、日米韓協力の重要性は一層増しています。100年前の過去の問題で日韓がいがみ合っている暇は日本にも韓国にもないはずです。例えば、有事において、韓国が北朝鮮対応を引き受けてくれるだけで全然日本の負担が違うでしょう。
東アジアにおける自由と民主主義を掲げる米国の同盟国は日本と韓国だけであり、韓国は60万人という日本の倍以上の軍隊を有する、大陸の入り口を抑える地政学的に極めて重要な国です。
無論、韓国は中国やロシアといった大国の意向に左右される宿命の国でもあります。今は伊政権の下で、北朝鮮に対しても中国に対しても安全保障上の脅威認識を共有し、安保協力も考えられるかもしれませんが、また、政権が変わって韓国の対日姿勢や対北朝鮮、対中国、対米姿勢が変わる可能性はもちろんあります。
でも、外交というのは不断の努力の連続であり、その時その時の状況で最大限の努力をするしかないのです。外交にも国家間関係にも「永遠」はないのです。だからこそ、今チャンスがあるときにしかできないことは今トライするべきです。そして、アクションとリアクションの連続が外交でもあります。将来変わることがあったとしても、尹政権との間での関係改善は、将来の韓国の変化において日本にとって良い影響を及ぼすと思います。
韓国駐在で感じた日本への反感
――尹政権の支持率は30%台まで落ち込んでいますが、それでも日韓関係の改善、日米韓の連携強化は撤回していません。
【松川】国内ではかなり批判が強いですよね。私も韓国駐在経験がありますが、社会全体として日本に対する反感を持っているのが韓国という国です。だからこそ、その中で「日韓関係改善が重要」と言い続けるのは、そう簡単ではない。腹が座っているなと思います。
――懸案になっているレーダー照射問題にしても、尹政権は文政権の負の遺産を解消すべく、実態解明に取り組んでいるようです。それでも日本の保守派の間では「韓国との外相会談は不要!」というような声が支持を得てしまう。これで大丈夫なのかなと心配になりますが。
【松川】私のようなごく現実的な意見も「筋を曲げて韓国と妥協せよ」と言われていると誤解して反発する人もいるようです。私は韓国のためではなく、あくまでも日本の国益のために、尹政権が存在する間に徴用工問題を解決させることと日米韓安保協力を正常化させるべきだと言っているだけなのですが。
さかのぼれば1994年に河野官房長官が「河野談話」を発表しましたが、外務省内では当時の時点で違和感を覚えた人が少なくなかったと聞きます。それでもこれで最後だと思って認めて、誠意を尽くして謝ったのに、それでも報われなかった。むしろ「日本が慰安婦問題の責任を認めた」という形で、さらなる運動に使われてしまった。そういうことの積み重ねが、今の対韓不信を形成していることは当然です。
他方で、既に安倍政権時代に日韓関係をリセットしたことについてもう少し自信を持っても良いのではないかと思うのです。
日韓関係の「安倍政権の成果」に自信を持つべき
――確かにそうですね。安倍政権も世論の賛否がありながら、2015年に日韓合意を行いました。
【松川】日本がもう二度と謝罪外交のようなことをしなくてよくするために、米議会演説をし、戦後70年の安倍談話を出し、日韓合意を締結して、ようやく日韓関係をリセットした。歴史問題で韓国がいくらゴールポストを動かそうとしても、こちらは応じないという構図を作った。
日韓が外相レベルや総理レベルで会って意思疎通をしたところで、日本側がすぐに歴史問題でやってはいけない妥協をするのではないか、というのは少し自国を見くびりすぎなのではないかと思います。
日韓が揉めて喜ぶのは中国であり、北朝鮮であり、ロシアです。#1で「外交と軍事は国にとって車の両輪だ」という話をしましたが、「韓国が嫌いだから、対話する必要はない。どうせまた裏切られる」とするのは、外交の否定そのものです。日韓の外交関係が破綻することは、地図をみれば明らかなとおり、日本の安全保障環境を悪化させます。そのことは絶対に忘れてはいけません。