高級ミニバンの代名詞として君臨するトヨタ アルファード。フルモデルチェンジは2023年春とまだ先だが、いまだ遅延する納期の問題から早々に現行型の受注を停止した。
受注停止の背景にある納期遅延の原因は半導体などの不足によるものはもちろんだが、モデル末期にさしかかっても落ちないアルファードの売れゆきによるところも大きい。今やクラウンに代わって「走る応接室」の称号を得たアルファードの足跡を振り返る。
文/渡辺陽一郎、写真/TOYOTA、NISSAN
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■現行型アルファードは受注を停止したが……
アルファードは2023年の春にフルモデルチェンジを行う。通常なら従来型を好条件で販売している時期だが、アルファードは受注を停止した。
その理由は納期の遅延だ。今は半導体、樹脂、塗料などの不足により、納期が大幅に延びている。販売店ではアルファードについて以下のように説明した。
「アルファードは2023年4月頃にフルモデルチェンジを受けるが、3月までに生産する車両の注文が埋まった。納期の遅延で生産量が減ったからだ。そして次期アルファードは開発途中の段階にあり、各種の仕様、グレード構成、価格などを公表できない。そこで受注を止めた。つまり現行型の販売を終えたことになる」
このように現行アルファードの納期が延びて、販売を終了した背景には、好調な売れ行きがある。まずはその足跡を振り返りたい。
■打倒エルグランドを目指して生まれたアルファード
トヨタはかつてLサイズミニバンのグランビアを用意しており、後輪駆動を採用して、同じシャシーを使う商用車も設定していた。その後継車種が2002年に発売された初代アルファードで、駆動方式は今と同様の前輪駆動に変更された。商用車は用意せず、フロントマスクや内装は上質で、渾身のクルマ作りを行った。
初代アルファードが商品力を高めた背景には「打倒! エルグランド」の狙いがあった。
1997年に登場した初代日産 エルグランド(キャラバン/ホーミー・エルグランド)は販売が好調で、発売の翌年となる1998年には、1カ月平均で約4600台を登録した。2021年の現行エルグランドは約270台だから、当時の売れゆきは今の18倍に相当する。現在のセレナに匹敵する販売実績を誇った。
そのためにトヨタ勢は、グランビアのほかにグランドハイエースなどの姉妹車も用意しながら、登録台数はエルグランドを下回った。当時のトヨタの開発者は「ウチが日産に勝てない車種はグランビアだけだ」と悔しそうに語った。そこで渾身の初代アルファードを開発したわけだ。
■アルファードが促した各社の開発競争
初代アルファードの発表日は2002年5月22日で、宿敵となるエルグランドが2代目にフルモデルチェンジされた翌日だった。あからさまな宣戦布告で、報道発表会には、CMに起用した俳優のジャン・レノまで招待して話題性を盛り上げた。
一方、2代目エルグランドは、シャシーを初代から流用した後輪駆動車だ。当時の日産は、経営再建に乗り出した直後で、多額の開発コストを費やせない。前輪駆動に変わって低床化された初代アルファードに比べると床が大幅に高く、運転感覚も旧態依然としていた。
加えて2代目エルグランドはフロントマスクのデザインも不評で、内装の質もいま一歩だった。好調に販売された初代からの乗り替え需要があるハズなのに、売れゆきは伸び悩んだ。
発売の翌年とされる2003年に、初代アルファードは1カ月平均で約7000台を登録したが、2代目エルグランドは半分以下の約3000台だった。
ちなみに当時のトヨタの開発者は、ライバル車との販売優劣を前述のとおり、「勝ち負け」で表現することが多かった。そしてエルグランドと同様、販売が好調だったホンダのオデッセイ/ストリーム/フィットなども、トヨタは徹底的にマークしてライバル車の「刺客」を送り込んだ。
この冷徹なトヨタの戦略が、当時は不愉快に感じたが、今にして思えばトヨタが国内市場を大切にする証でもあった。そして睨みを利かせるトヨタの商品開発は、ほかのメーカーや販売会社に緊張感を与え、優れたクルマ作りを促した。
低床設計を始めとするホンダのミニバン開発力は、トヨタによって鍛えられたといっても大げさではない。軽自動車のN-BOXにも、この時に培った技術が生かされている。
■続くアルファードの快進撃
それなのに最近のトヨタはどうか。最終型のヴィッツなど、商品力ではフィットやマツダ2(以前のデミオ)と比べて明らかに劣っていた。ダイハツ製ではあるが、今のルーミーやパッソも上質な商品ではない。
クラウンは、セダンでは売れゆきが伸び悩み、伝統の車名を残すためにSUVに発展させる奇策を講じた。新型は海外でも販売して「クラウン」の車名を将来に伝える。
このようにトヨタのクルマ作りが乱れるなかで、20年に渡って安定した魅力を保つのがアルファードだ。一時期は姉妹車のヴェルファイアを設定して人気を高めたが、フロントマスクのデザイン変更などによって再びアルファードの売れゆきが上回った。
特に2020年5月以降は、トヨタの全店が全車を販売する体制に変わり、姉妹車を用意する必要性も薄れたから、2023年に登場する次期型ではヴェルファイアを廃止する。
そしてヴェルファイアの需要まで吸収した事情もあり、アルファードの販売は絶好調だ。特にトヨタの全店が全車を売る体制になってからは、従来のトヨペット店に加えて、トヨタ店、カローラ店、さらに以前はヴェルファイアを専門に扱っていたネッツ店でも、アルファードが大量に売られ始めた。
2020年はコロナ禍に見舞われたが、アルファードの登録台数は、コロナ禍前の2019年に比べて32%増加している。1カ月平均は約7600台で、2年前のフィットと同等だ。
■トヨタを代表する車種へ
その一方、2020年のクラウンは、登録台数を2019年に比べて40%近く減少させた。クラウンを扱っていたトヨタ店からは、以下のような話が聞かれた。
「以前からクラウンのお客様がアルファードに乗り替えるパターンがあった。アルファードは内外装が豪華で快適だから、法人が重役を乗せる社用車として購入する場合もあり、クラウンの需要を奪った。
しかも今はトヨタ店でもアルファードを買えるから、販売店を変更する必要もなく、クラウンからの乗り替えがさらに進んだ」
このように今のアルファードは、クラウンの需要も吸収している。ミニバンの普及とイメージアップにより、今のアルファードが以前のクラウンになったと考えれば、好調な売れ行きも納得できる。そうなればクラウンの役割は終わったともいえるだろう。
同様に以前のマークII(廃止時はマークX)の需要はハリアー、コロナ(同プレミオ)やカリーナ(同アリオン)のニーズはノア&ヴォクシーなどが継承して、マークII/コロナ/カリーナは廃止された。この流れに反して、クラウンだけは残そうと考えたから、SUVに発展させる必要も生じたわけだ。
■「売れるクルマ作り」を体現するアルファード
ちなみに現行アルファードはプラットフォームを刷新したから、床を大幅に低く抑えることもできた。低床設計にすれば重心も下がり、乗降性に加えて走行安定性や乗り心地も向上させやすい。床の高さに合わせて天井も下げれば、車両重量が軽くなって空気抵抗も減るから、動力性能や燃費でも有利になる。
ところが現行アルファードは、これらのメリットをすべて捨てて、床と天井を先代型と同様に高く保った。背の高い立派な外観、上下幅の厚い存在感の強いフロントマスク、乗員が周囲を見降ろせる乗車感覚を大切にしたからだ。
機能性や実用性よりも、情緒的な価値を優先させて、好調な売れゆきに至った。「いいクルマ作りではなく、売れるクルマ作り」がトヨタの伝統で、それを今に伝える車種がアルファードだ。
そのためにアルファードは、かつての狙いどおり、ライバル車のエルグランドやオデッセイの需要を奪った。販売の低迷もあってオデッセイは生産が終わり、販売店では「次期型を導入する予定はない」という。
エルグランドも発売から12年を経過したから、フルモデルチェンジを行わず現行型で終わる可能性が高い。販売店では「納期の遅延もあり、選べるグレードやボディカラーなど仕様がかぎられている」という。
■トヨタの頂点から日本車の頂点へ
このようにアルファードは、ライバル車を駆逐して、身内とされるクラウンの需要まで奪った。「ライバル車に絶対負けない日本向けの売れるクルマ作り」を実践したことが、アルファードの魅力であり、トヨタの商品開発の本質だ。
昭和のトヨタの主役はクラウンだったが、平成になってプリウスに移り、令和はアルファードになった。アルファードだけは、次期型もトヨタの求心力として「ライバル車に絶対負けない日本向けの売れるクルマ作り」を踏襲すべきだ。
アルファードはミニバンのキングというより、日本車の頂点に立つ存在であり続けるだろう。
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