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先月、オーストラリアのグリフィス大学がプレスリリースを発行し、2月に科学誌Scientific Reportsに掲載された論文に関して、「鼻ほじり」がアルツハイマー病のリスクを高めるとの見解を発表した。

この研究論文は、グリフィス大学内の機関で神経系の疾患と損傷に関する研究を行うClem Jones Center for Neurobiology and Stem Cell Researchの責任者、ジェイムズ・セント・ジョン教授が共同執筆したもの。

教授は「(アルツハイマー病との関連が考えられている)クラミジア・ニューモニエ菌が鼻から直接脳に入り、アルツハイマー病のような病態を引き起こす可能性がある」と述べている。

鼻の嗅神経は空気に触れる位置にあり、血液脳関門を迂回して脳に通じる経路になり得る。これは、ウイルスやバクテリアが簡単に脳に侵入できる経路だと説明され、論文では、マウスを使った実験でこれが起こることを確認している。

セント・ジョン教授は人間でも同じことが起こるかを確認する必要があるとし、「無理に鼻をほじったり鼻毛を抜いたりするのは良い考えではない」と述べている。

このプレスリリースは、タブロイド紙The Sunによって「恐ろしい証拠」とやや大げさに取り上げられ、世界中の”鼻ホジラー”を恐怖に陥れた(かもしれない)。

ただ、研究そのものは2月に発表されてから特に更新されたわけではなく、グリフィス大学は2月のScientific Reports掲載時にもプレスリリースを発行していた。そのときのリリースの見出しは「鼻の中にある細菌には、アルツハイマー病のリスクを高める可能性がある」といったもので、リリースの内容もとくに「鼻ほじり」には言及していなかった。

テクノロジーニュースサイトNew Atlasは、特に更新されていない研究論文が、10か月後になぜ言及されていなかった「鼻ほじり」との関連性を強調して再び紹介されたのかを、セント・ジョン教授に問い合わせた。

セント・ジョン教授は、最初のリリースが出されてから、多くの耳鼻咽喉科医から反響があり、鼻腔感染と認知症の関係を調べて欲しいと要望を受けたという。

鼻をほじったとき、硬く乾燥した塊を取り出せて満足した人は多いだろう。しかしその際に、勢い余って鼻腔内の皮膚に傷が付き、出血してしまった経験を持つ人も多いはずだ。ある研究では、その際に末梢神経と嗅球への細菌浸潤が増加すると報告されている。

今回セント・ジョン教授が提示している仮説は、鼻をほじった際に粘膜が損傷し、より大量の病原体がそこから脳内に侵入してしまうかもしれない、というものだ。脳内の病原体は、アルツハイマー病の発症につながる一連の事象を引き起こす可能性があるという。

もちろん、やさしく鼻をほじっているだけならそんなことにはならないとセント・ジョン教授は認めている。しかしなかなか取れない塊を、意地になってほじった結果、粘膜が傷ついて、指先の常在菌が傷口から侵入、脳に達する可能性はあるかもしれない。

New Atlasが何人かの研究者にたずねたところ、やはりこの仮説には慎重な反応が返ってきた。ある研究者は「そんな話は聞いたこともなければ証拠を見たこともないので、そんなことを言う根拠もどこにもない」と述べ、細菌感染が認知症に関与している可能性や、鼻から脳へ細菌が到達する可能性があること自体、まだほとんど推測の域を出ていない研究分野だと回答した。実際のところはるか昔から人類が行ってきたであろう「鼻ほじり」が、アルツハイマー病の一因だという指摘に飛躍することには疑問を持たざるを得ないとした。

また、マウスによる実験についても、それがアルツハイマー病になるという因果関係の証拠にはほど遠いとの指摘もある。

Neuroscience Research Australiaの博士研究員であるニッキー・アン・ウィルソン氏は「われわれは、アルツハイマー病の発症には、生涯にわたって発生する多くの要因があることを知っている。そして、鼻につっこんだ指が原因である可能性は極めて低い」と述べている。

結局、不安を煽るようなリリースはあったものの、日常的に鼻をほじるのがクセになっている人も、鼻粘膜が弱くてすぐに鼻血が出てしまう人も「自分はアルツハイマー病になりやすいのでは」などと心配する必要はなさそうだ。

なお、セント・ジョン教授はというと、今後はもっと研究を進め、来年には後期発症型でまだ初期段階にあるアルツハイマー患者を対象に、大規模な研究を始めるべく準備を進めている。

新たな研究では、被験者の嗅覚や、鼻の中の細菌を調べ、鼻腔内感染の証拠がないかどうか、病歴を追跡調査する予定だ。心配する必要はなさそうだが、こちらの研究にどのような結果が出るのかも、少し気になるところだ。