栃木県のモビリティリゾートもてぎで行われた2022スーパーGT第8戦『MOTEGI GT 300km RACE GRAND FINAL』。3台が自力でのチャンピオン獲得の可能性があったGT500クラスは、最終的に2位フィニッシュを果たしたカルソニック IMPUL Z(平峰一貴/ベルトラン・バゲット)が王座を獲得した。長年、頂点を目指してTEAM IMPULを率いてきた星野一義監督も、チャンピオンが決まるまでの瞬間はプレッシャーと闘い続けていたと、その胸の内を明かした。
「ずっとチャンピオンを目指してやってきて、スーパーフォーミュラとスーパーGTを戦ってきましたけど、そのなかでスーパーGTに関しては、なかなか良いニュースを皆さんに届けることができなかったです。でも『いつか必ずタイトルを獲る』と毎回チャレンジしてきたなかで、惜しいなと思うシーズンもありました。だから、今回も(気持ち的に)落ち着かなかったところはありました」と星野監督。いつもどおりやることを心がけ、ドライバーやメカニックたちに対して、何か特別な言葉をかけることはなかったという。
「チームの雰囲気を重くさせてはいけないから、とにかく『普通にいけ』と言いました。ドライバーやスタッフに対しても『チャンピオンを獲れ!』や『こういうふうにしろ!』など、そういった話は一切しなかったです」
「ドライバーふたりとも新人ではないので、その部分は自分たちが一番そのことを感じてコントロールしていましたし、また自分自身も(気持ちを)コントロールしていました。表面的には冷静だったけど、内面的にはものすごくプレッシャーを感じていました」
今回はニッサンZ同士の直接対決ということで、同陣営のピット周辺は金曜の搬入日から、いつもにも増して緊張感が漂っていた。
「3号車(CRAFTSPORTS MOTUL Z)とは2.5ポイント差で最終戦を迎えましたけど、『もし、ウチが何位になったら相手は……』など、そういった細かいことは計算しないでいました。『他の(タイトルを争う)チームがどうであっても、とにかくウチのレースをする!』と開き直った感じでいました」と、“12号車らしいレースをすること”を意識していた星野監督。しかし、チャンピオンをかけた最終戦は大きなプレッシャーとして伸し掛かり「昨日の夜(決勝前夜)も、なかなか目をつぶることができなくて、睡眠導入剤を飲んで……。いつもそうなんですよね」と最終決戦前の自身の状況を明かした。
そんななかで始まった決勝レースは、1周目からサイド・バイ・サイドのバトルが展開されるなど、終始目を離すことができない緊迫したレースとなった。特に2番手を争う集団は、レース終盤にはトップ4台がひとつのパックとなり一瞬も気が抜けない状況になる。星野監督も「(後半の平峰のスティントでは)セクター1でコンマ1秒早くて、セクター2でコンマ2秒早いとか遅いとか……そういったタイムを毎周見ていて、ずっと心臓がバクバクでした」とのこと。それでも、今季安定した走りを見せる平峰とバゲットというふたりのドライバーと、抜群の速さでピット作業を済ませるメカニックたち、そして戦略を担当するエンジニアを信頼して、レース中は自身から何か指示を出すことはなかったという。
「ここのところ、バケットも平峰も、追い上げていくなかで(他車と)絡まない。その部分は素晴らしいですし、やはりプロですよね。それが結果に表れてチャンピオンになることができました。チームのメカニックも完璧なピット作業をしてくれたし、クルマ作りや、戦略に関しても大駅(俊臣エンジニア)や(星野)一樹(テクニカルアドバイザー)が中心となってピットのタイミングを決めてくれました。チームスタッフが伸びたというのが大きいです」
「特にウチのチームはピット作業が本当に早くなったと思います。スーパーフォーミュラでは常に(全チームのなかで)トップの速さで、スーパーGTでもそうです。そういった部分はすごく力がついたと思います。現場は高橋(紳一郎/工場長)がやってくれています。クルマに関しても、常に勝つためのセットアップを大駅が中心に考え、みんながコミュニケーションを取り、タイヤテストでのデータも活かし、……そういったものが、今年は全部本番で力となって出ました」
実は、星野監督は毎回レース前になると、自宅近くの神社に必ず寄ってからサーキットに向かうのだという。
「自宅近くにある神社なんですけど、(レース前は)毎回逃したことはなかったです。そこで『優勝させてください』とお願いをしたことは一度もなく、今回も『前回のレースはこんな展開で何位になることができました。ありがとうございました。これから最終戦のもてぎに行ってきます。頑張ってきます』とお願いしました。もう、それをやらないと(サーキットに)来れないです。だから、明日(決勝翌日)はチャンピオン獲得の報告をしてこようと思います」
スーパーGTの前身である全日本GT選手権(JGTC)のころからカルソニックブルーのマシンを走らせるTEAM IMPULだが、王座を獲得するのは1995年以来、実に27年ぶりのこと。ただ、当時はニスモがマシンのメンテナンスをしていたということで、完全なTEAM IMPULの自社体制としては、これが初めてのGT500タイトルとなる。
「(JGTC初期のころは)仕事が忙しくて僕は乗っていなかったんです。でも、スーパーGTにこれだけ日本のファンがきてくれて盛り上がっていることを見ると、やはり凄いレースなんだと改めて実感しています。こうして、いつも応援してくれるカルソニックさんには本当に“感謝、感謝”という気持ちです」と星野監督は語った。
チャンピオン決定の瞬間は歓喜に沸いたTEAM IMPULのピットだが、星野監督はプレッシャーから解放された安堵感からか、第5戦鈴鹿で優勝したときに熱く語ってくれたときとは違い、少し放心状態に近いような表情をしていたのが印象的だった。
■星野一樹テクニカルアドバイザーが語る“平峰一貴の貪欲さ”
今シーズンのTEAM IMPULの活躍を語るうえで欠かせない存在なのが、ドライバーとエンジニアの橋渡し役として12号車をサポートする星野一樹テクニカルアドバイザー(TA)だ。
2021年末でスーパーGTのドライバーを引退し、2022年はTEAM IMPULを別の立場でサポートすることになった一樹TAだが、就任1年目で最高の結果を残すことができ、レース後には感慨深い表情を見せていた。
「カルソニックとしては1995年にチャンピオンを獲得しましたけど、あのときはニスモのメンテナンスでした。今回はTEAM IMPULのメンテナンスなので“カルソニックIMPUL”として(GT500タイトル獲得)は初めてです。そういった記念すべき年に、自分もこうしてスタッフとして関わることができて本当に嬉しいです」
「自分が(ドライバーを)引退して、今年はチームをサポートするという立場になり、最初はモチベーションがどうなるのか心配していたところがありました。ですが、いざ(シーズンが)始まってみたら、勝ったときの喜びも負けた悔しさも自分が乗っていたときと全く一緒でした。チームはこうしてレースを戦っているのだということを、ドライバーではない立場から改めて分かりました」
「今シーズンを振り返るといろいろな分岐点があり『あのとき、こちらの選択をしていたらどうなっていたんだろう? あのときに間違った方向に進んでいたら、どうなっていたんだろう?』など、いろいろあるのですけど……、今思い返せば、自分たちはほとんどの場面で良い選択をしたと思います。いろいろな人のいろいろな要素があり、それをサポートできたのは良かったです」
そうシーズンを振り返った一樹TAは、最終戦の決勝では約40周に渡って緊迫した接近戦を繰り広げられたなかで、ミスなく2位を守り切った平峰を高く評価していた。実際、レース後のパルクフェルメでも一樹TAが涙を流しながら『お前がチャンピオンだ! よくやった!』と平峰を讃えていた姿が印象的だった。
「平峰はいつも本当に努力しているんですよ。ドライバーはクルマやタイヤに文句を言いたくなってしまうのですけど、彼はいつも文句を言わずに自分のドライビングに向き合い、『一樹さん叱ってください。僕は何が足りないんですか?』と、いつも貪欲に聞いてきます。そんな彼を見ていると本当に応援したくなりますし、改めてチャンピオンにふさわしいドライバーだと思います」
「平峰は以前から凄いドライバーでしたけど、スポットライトの当たり方で少し運がなかったというだけで、その裏ではさらに力をつけていました。今年はTEAM IMPULに加入して3年目で『星野一義のTEAM IMPUL』というプレッシャーを背負いながら、さらに成長してくれました。そういったところで、ようやく彼にスポットライトが当たり、真のチャンピオンになってくれました。本当に自分のことのように嬉しいです」