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世界でも極めて厳しい安全保障環境にある中、私たち日本が憲法や財政などの制約がある中で、どう国を守っていけば良いのか。元陸上幕僚長の富澤暉(ひかる)さんが語る「目から鱗」の防衛論。最終回は「核」の存在が果たしてきた軍事的や役割とその効果、そして日本の核共有の可能性について。(3回シリーズの最終回)

ロシアの傭兵部隊が活躍できない理由

キエフ郊外で破壊されたロシア軍戦車の残骸(Andrii Marushchynets )

――冨澤さんは冷戦期の1976年に北海道の上富良野駐屯地に所属する第2戦車大隊長を、1992年には北部方面総監を務められました。ソ連、ロシアと最前線で向き合ってこられました。現在、ロシアはウクライナ侵攻において、たびたび核使用をほのめかしていますが、どうお考えですか。

【冨澤】ロシアはウクライナで信じられないようなお粗末な戦いを展開しましたから、もはや核威嚇に頼るしかないのでしょう。

ロシアはソ連が崩壊した際に大幅な軍縮を行って、その後、プーチンが大統領に就いた2000年以降、かなり持ち直してきたと言われています。しかしプーチンは軍人ではなく諜報機関出身で、現在の国防相であるショイグも軍人ではありません。それでも2014年のクリミア侵攻の際はいわゆる超限戦、つまり情報戦やサイバー戦でウクライナ国内を撹乱し、あっという間に目的を達成したから、「今度もうまくいくだろう」と高をくくったのでしょう。

ところが今回、そうはいかず、続いて在来兵器による戦争が始まりましたが、これは実にお粗末なものでした。

冨澤暉(とみざわひかる)
1938年、東京生まれ。防衛大学卒後、60年3月自衛隊入隊。戦車大隊長(北海道)、普通科連隊長(長野県)、師団長(東京都)、方面総監(北海道)、陸上幕僚長(東京都)を歴任。 退官後は東洋学園大学理事兼客員教授として、安全保障、危機管理等を担当。現在同大学理事兼名誉教授。日本防衛学会顧問。2018年まで財団法人偕行社理事長を務める。著書に『逆説の軍事論』(バジリコ)、『軍事のリアル』(新潮新書)など。

私は元々「戦車兵」ですから、侵攻当初、ロシアの戦車隊がベラルーシからキーウに向かう際に「一列縦隊」で入っていったのには驚きました。

時期的に、道路以外の土の部分は凍ったり泥状になっていたために、確かに道路を通るしかなかったのだろうけれど、戦車兵だったら泥濘地をどうやって克服して進むかというくらいの工夫はあっていい。しかしそれすらせずに、一列縦隊で進んでいくというのは、敵に「ここを狙ってください」と言っているようなもので、大変お粗末です。

また、ロシアの傭兵部隊・ワグネルやチェチェン特殊部隊のカディロフなどがクローズアップされますが、勇ましいとは言っても彼らは数個大隊か数個連隊という規模。ちょっとした紛争や内戦、国境紛争では使い勝手がよく、活躍の場があるでしょうが、何万人も被害者が出るような戦争においては、大勢をひっくり返すような存在にはなり得ません。特殊部隊が相手国のリーダーを狙う斬首作戦は効果的だと言われますが、今回はこれも失敗しているようです。

過去3度あった「核威嚇」の歴史

――追い詰められての核威嚇だから恐ろしい、あまり追い詰めない方がいいという意見もありますが。

【冨澤】核威嚇ということで言えば、歴史上、アメリカはこれまで三度、核威嚇を行っています。一度目は朝鮮戦争が始まった時に、中国共産党軍の参戦を防ぐためにマッカーサーが核の使用を提言しました。当時のトルーマン大統領は一度、これを承認しましたが、ヨーロッパ、なかでもイギリスのアトリー首相から「核を使えば第三次世界大戦になる」と強い反対があり、トルーマンは態度を翻しました。マッカーサーはこれに抵抗し中国本土爆撃を強く主張したので、国連軍司令官を馘になりました。結局、中共軍は参戦したので、核威嚇は失敗に終わりましたが。

二度目は朝鮮戦争の休戦協定においてです。話し合いがうまくいかず、あまりに長引くので、アイゼンハワー大統領が一般教書演説で「中国に対して核を使う」ことをほのめかしたところ、これはある程度、効果はありました。中共軍の彭徳懐という将軍が「核を使われたのではたまらない」と考えたらしく、休戦協定が結ばれるに至ったのです。

三度目はベトナム戦争で、当初、アメリカは空爆を徹底的にやればベトナムが折れるだろうと思っていたのですが、ソ連や中国の支援を受けたホーチミンは全く屈しなかった。そこでニクソンは「ベトナムか、ベトナムを支援している中国に核を落とす」とほのめかしたのですが、ホーチミンはそれでも屈しなかったのです。核威嚇は失敗に終わり米軍はベトナムから撤退しました。

――今回も、仮にプーチンがウクライナで核を使っても、ウクライナ国民やゼレンスキーがそれで屈するかというと、そうもいかないですよね。

【冨澤】 こうした歴史を振り返っても、「プーチンが核を使うかどうか」は判断がつきません。単なる脅しなのか、実際に核を使うつもりなのか。だから世界中の人たちが「あいつは本当に使うかもしれない」と頭を抱えているわけです。米軍は今色々な対応案を考えていることだろうと思います。

2018年、モスクワの軍事パレードで披露されたロシア軍の核ミサイル(rusm /iStock)

欧州の核共有はなぜ実現したか

――こうした危機意識の高まりを背景に、日本でも核武装や、核共有議論が持ち上がっています。

【冨澤】私個人としては、核武装は時期尚早だと思いますし、話題になっている核共有(シェアリング)に関しては、ヨーロッパのケースをそのまま日本で、という話にはならないことは知っておく必要があると考えています。

例えばドイツがアメリカとの間で行っている核シェアリングは、冷戦期にソ連が大戦車軍団で西ヨーロッパ、特に西ドイツに侵攻を開始した場合に、止める手立てがなかったために発案されたものです。戦車軍団の侵攻を止めるために、敵が西ドイツに入ったらできるだけ早く、アメリカの戦術核を米軍の戦闘機から投下することが想定されていました。

しかし米軍の戦闘機は少なく猫の手も借りたい米軍は戦闘機とパイロットだけを独・和・伊国等から借りようとしたのです。無論、西ドイツ国内に投下する以上、アメリカとしてもドイツに責任を持たせたいという意図があったのでしょう。二重キーになっていて、ドイツが使いたいと言ってもアメリカの承認がなければ使えないし、逆もまた然りでした。

当時のことをよく知っている航空自衛隊のOBに聞くと、あれはなかなか大変で、戦闘機で戦車軍団を標的に落とすのですが、急降下爆撃を行ってすぐ急上昇しないと、パイロットが爆風に巻き込まれてしまう。かなりの操縦技術がいると言っていました。

核共有をして、一体どこで使うのか

※画像はイメージです(3DSculptor /iStock)

――技術養成も時間がかかりますし、何より日本が使うとしたら、一体どこにどんな形で核を投下するのか、まで考える必要がありますね。

【冨澤】先日、一橋大学法学研究科教授の秋山信将さんがプライムニュースで解説していましたが、「核共有はあくまで過去の産物で、今は必ずしもそれがいいとは言われていない」という主旨のことを仰っていました。私も全く同感です。

日本に置き換えても、例えば敵が日本に向かって大船団を組んで海を渡ってくるというのなら、日本の領海に入ったところで、アメリカの戦術核を投下するという使い方はあるかもしれません。しかし今、日本の周囲にある脅威はミサイル攻撃ですから、仮に攻撃があった場合に、ミサイル基地に戦術核を落としていいのか。こうした、クリアすべき問題や課題が山のようにあります。

――どうも今の積極的な意見には、「核さえ貸してもらえれば楽になるのにな」という一発逆転志向が透けて見えるような気がするんですよね……。

【冨澤】自衛官はもちろんですが、政治家を含めての議論や具体的なシミュレーションが不十分です。安全保障環境の変化から焦る気持ちはわかりますが、これもやはりもう少し議論した方がいいのではないでしょうか。

防衛費の問題もそうですが、影響力のある政治家などが「3正面に対峙するには防衛費はGPD比2%にすべきだ」とか、「核シェアリングが効果的ですよ」と言い出したからと言って、すぐにそれが実現するわけではないし、しなければならないわけでもない。十分な議論が必要です。もちろん、私の意見に異議を唱えたい人もいるでしょう。それでいいのです。あらゆる角度から検討して、議論の種にしていくことが何より重要です。