ダイハツが今年6月にフルモデルチェンジした2代目ムーヴキャンバスの販売が絶好調だ。
ハイトワゴンのムーヴを含めた構成比は全体の80%を占める状況になっていて、現行型はプラットフォーム&基本コンポーネントを刷新し、新たに走りのポテンシャルを高めたターボ仕様をラインナップに加えたことが功を奏し、男性ユーザーを含めた層にも広がりを見せているとか。
新型ムーヴキャンバスがメインターゲットとしている女性ユーザー以外からも支持を受けている理由について分析してみた。
文/渡辺陽一郎、写真/DAIHATSU
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■車種の開発ターゲットと実際に買う層が違う場合も多々ある
クルマを開発する時は、大半の車種がターゲットとするユーザーを想定する。商品企画担当者は「ターゲットとするお客様の決め方は、車種によって異なる」という。年齢や性別、家族構成などを具体的かつ詳細に決める場合もあれば「チャレンジする気持ちが旺盛な人」といった漠然としたターゲットもある。
「ターゲットとするお客様は、あくまでもイメージで、実際にそのとおりの売れ方をしなくても構わない」と述べる商品企画担当者もいる。
例えば、Lサイズセダンのターゲットが、実際に購入する高齢者層ではなく「35歳から40歳の若々しい夫婦」でもいいわけだ。「このようなお客様に向けて開発しています」という車両の方針だから、実際の購買層に合わないことも多いという。
特に今の小型/普通車には、海外と日本の両方で販売する車種が増えた。生産総数の80%を海外市場で売る場合、主なターゲットユーザーも海外になるから、国内での想定は難しい。国内のターゲットユーザーがコジツケ的になることもある。
そしてカテゴリー別に見ると、日本国内で販売する軽自動車は、ターゲットとするユーザーを細かく絞ることが多い。
その理由は、今では日本で販売される新車の40%近くが軽自動車で占められ、ボディサイズやエンジン排気量がほぼ統一されているのに車種が増えたからだ。ほかの車種と似通った商品にならないよう、ターゲットユーザーとコンセプトを細分化して、個性を際立たせる。
特にダイハツは、全高が1600mmを超える売れ筋車種を中心に、商品を豊富に揃える。
全高が1800mmを超えるウェイク(2022年名夏に販売を終了)、全高が1700~1800mmに収まるタント、全高が1600~1700mmには、伝統あるムーヴ、スライドドアを備えるムーヴキャンバス、SUV風のタフト、都会的な雰囲気のキャストスタイルという具合に設定される。
全高が1600mm以上の軽自動車が6車種もあると、ターゲットユーザーとコンセプトを細分化するのも当然だ。
■予想以上に成功した先代ムーヴキャンバス
個性化された軽自動車のなかで、予想以上に成功したのがムーヴキャンバスであった。初代(先代)モデルは2016年に発売され、ムーヴ全体の50~60%をムーヴキャンバスが占めていた。
例えば、コロナ禍に入る前の2019年の時点で、ムーヴ全体の届け出台数は1カ月平均が約1万200台であった。このうちの約5700台はムーヴキャンバスで、当時のハスラーを上回る。ムーヴキャンバスが発売された時点の月間販売目標は5000台だから、発売から約3年を経ても充分にクリアできていた。
ムーヴキャンバスが堅調に売られた理由は「スライドドアを装着しながら全高を1600~1700mmに抑えた軽自動車」という位置付けと、柔和で上質な外観にあった。
開発者は「スライドドアは欲しいが、タントのような全高が1700mmを超える天井の高いボディはいらないと考えるお客様も多い。そこで全高が約100mm低いムーヴキャンバスを開発した」と述べた。
今の比較的若いユーザーには、1990年代の中盤から普及を開始したミニバンに親しんで育った人も多い。後席側のドアはスライド式が当たり前になり、ムーヴキャンバスが企画された。
■ターゲットユーザーとは別の層に響くことも
柔和な外観には、ムーヴキャンバスのターゲットユーザーが影響しているのだが、開発者は以下のように述べている。
「ムーヴキャンバスは、母親と娘が一緒に使うクルマとして開発された。女性のお客様がターゲットだから、外観も優しい雰囲気にデザインされた。また後席には、置きラクボックスを装着して、母親が買い物に出かけた時に使いやすくした」。
置きラクボックスとは、後席の下側に装着された引き出し式の収納ボックスだ。これを引き出した状態で内部のバスケットを立ち上げると、その上に置いた買い物袋が走行中に倒れにくい。さらにムーヴキャンバスでは、両側のスライドドアに電動機能も標準装着している。
つまり、母親が買い物を終えてクルマに戻ったら、右側後部の電動スライドドアを開いて、買い物袋を置きラクボックスに収める。
電動スライドドアを閉めながら運転席に乗り込むと、一連の動作がスムーズに行える。買い物における使い方を細かく想定しており、これが軽自動車特有のターゲットユーザーとコンセプトの決め方だ。
しかし前述のとおり、クルマがターゲットユーザーとコンセプトに沿った売れ方をするとはかぎらない。2022年8月にフルモデルチェンジを行った新型ムーヴキャンバスの開発者は、その経緯を次のように説明した。
「ムーヴキャンバスは母親と娘が一緒に使えるクルマとして開発したが、実際には母親と息子、あるいは父親と娘など、男性のお客様が使うこともあった。
そこで新型は、お客様の幅をさらに広げるため、モノトーンのボディカラーをセオリーと呼ばれるグレードに採用して、内装を落ち着いた雰囲気に仕上げた。男性も意識して、新たにターボエンジン搭載車を追加している」
■ムーヴキャンバスの魅力は男性にも女性にも受け入れられる
なぜ先代ムーヴキャンバスは、女性をターゲットに開発したのに、男性の支持を得られたのか。販売店は以下のように説明している。
「自転車を積むようなニーズでは、タントが好まれるが、実際には2名の乗車で荷物をあまり積まないお客様も多い。その時にムーヴキャンバスはちょうどいい軽自動車になる。この選び方に男女の違いはない」
2名で乗車するなら、もっと背が低く価格の割安な車種を選べばいいだろうと思うが、実際は選択肢が少ない。全高が1600mm以下の軽自動車は、ダイハツではミライースとミラトコット、スポーツクーペのコペンだけだ。スズキもアルトとアルトラパンにかぎられる。
このように今の軽自動車では、天井の高い車種が中心で、男性を含めてそのなかから選ぶ。ダイハツの場合、タントでは天井がムダに高過ぎる、ムーヴ/キャスト/ウェイクは2014~2015年の登場で設計が古い、SUV風のタフトは後席の作りが簡素で好みに合わないとすれば、ムーヴキャンバスに絞られる。
クルマはデザインの要素が強いものの、基本的には機能で選ぶ商品だから、女性にとって魅力的なら男性にも同様のことが当てはまる。
■モデルチェンジで男性がより選びやすく
これを受けて先代ムーヴキャンバスにも、ブラウンとグレーの2トーンカラー、ブラウン/グレー/ブラックのモノトーンなど、落ち着いた色彩があった。
男性の洋服でも、ブラウンのジャケットにグレーのスラックスを組み合わせるとバランスがいいから、外装色にこだわるユーザーには、先代ムーヴキャンバスは魅力的な選択肢であった。
このムーヴキャンバスの特徴に着目したのが、落ち着いた内外装を充実させてターボエンジンも用意する新型へのフルモデルチェンジだ。開発者は「先代型は、男性のお客様に興味を持っていただきながら敬遠されていた面もあり、そこを解消した」と述べている。
それにしてもムーヴキャンバスは、先代型の「母親と娘が一緒に使うクルマ」というコンセプトがなければ商品化もされなかった。このコンセプトには、大人になっても実家に住む人が増えた晩婚化が影響を与えている。
言い換えれば軽自動車が日本のユーザーの生活を見つめて、寄り沿うクルマ作りをしているからこそ、ムーヴキャンバスが開発されて男性にも興味を持たれた。ムーヴキャンバスには、軽自動車の人気の秘訣が隠されている。
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