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 対艦ミサイルの脅威とその能力について、以前の記事「たった2発でロシアのミサイル巡洋艦を沈没させたミサイルとは? 自衛隊の対艦ミサイル装備は?」で触れた。

 ここのところ、日本近海に中国やロシアなどの艦艇が頻繁に姿を見せる状況が続いている。加えて、高まる台湾周辺の緊張。日本の水際を守る陸自の対艦ミサイルの能力とは?

「たった2発でロシアのミサイル巡洋艦を沈没させたミサイルとは? 自衛隊の対艦ミサイル装備は?」の記事はこちら

文・イラスト/坂本 明、写真/陸上自衛隊

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■高まる中国の脅威と自衛隊の南西方面へのシフト

 日本は中国の独自の覇権戦略を牽制し有事に対応できるように、南西諸島の奄美大島、沖永良部島、久米島、宮古島、与那国島などに自衛隊を配置し、この地域における軍備の強化を図っている。陸上自衛隊の組織改編や水陸機動団の創設、航空自衛隊の南西航空方面隊の再編成や隷下の第9航空団の改編などはその一環で、南西方面へのシフトを図っているのだ。こうした中で近年、中国の海洋進出の脅威がますます高まり、台湾有事の可能性も現実味を帯びてきた。

 現在、島しょ地域には対艦レーダーサイトや対空監視レーダーサイトを設置したり、移動式レーダーを配備して監視を行ない、沿岸監視隊を配置して情報収集の強化を図っている。さらに奄美大島や宮古島に陸上自衛隊の実戦部隊を配置、地対艦ミサイルや地対空ミサイルを配備している。

 特に、奄美大島、沖縄本島、宮古島、石垣島などに射程が150km~200km程度の地対艦ミサイルを配備すると、沖縄本島の航空兵力ととも海域の封鎖が可能となり充分な抑止力となる。南西諸島を通過しようとする中国の艦艇には大きな脅威だ。

 ちなみに陸上自衛隊には地対艦ミサイル連隊が第1から第5までの5つある。このうち南西諸島の島々を担当地域とするのが、第5地対艦ミサイル連隊だ。2019年には奄美大島に第301地対艦ミサイル中隊、宮古島には第302地対艦ミサイル中隊が配備され、2023年度には石垣島に地対艦ミサイル連隊の新部隊(予定では第303地対艦ミサイル中隊)を配備することになっており、いずれも第5地対艦ミサイル連隊の隷下部隊である。

■地対艦ミサイルは陸上自衛隊が装備・運用する

 地対艦ミサイルは陸上自衛隊が装備・運用し、88式地対艦誘導弾と12式地対艦誘導弾を保有している。

 88式地対艦誘導弾はF-1支援戦闘機が搭載していた80式空対艦誘導弾ASM-1をベースにして開発、1988年から配備されている。海岸に面した山の背後から発射すると、あらかじめプログラミングされたコースに従って山腹を迂回、洋上に出て低高度で飛翔して、目標に命中するという日本独自のアイデアが活かされているという。

 88式地対艦誘導弾の後継となるのが12式地対艦誘導弾で、2012年度から調達が開始されている。12式では88式の能力を踏襲しつつ、目標の判別や指揮統制機能、命中精度の向上などを図っている。

 5つの地対艦ミサイル連隊のうち、12式地対艦誘導弾を装備・運用するのは熊本県健軍駐屯地に主力を置く第5地対艦ミサイル連隊のみで、他の連隊は88式地対艦誘導弾を装備・運用している。

 12式地対艦誘導弾は、捜索標定レーダー装置2基(捜索標定レーダーと捜索標定装置のペア)、中継機1基、指揮統制装置1基、射撃管制装置1基(最大4基までの発射機の射撃管制が行える)、発射機1~4基、弾薬運搬・装填車両1~4基で1つのシステムが構成される(ちなみに88式地対艦誘導弾もこれに似たシステム構成になっている)。製造は三菱重工業で、システム一式の価格は約130億円だ。

12式地対艦誘導弾。全長:約5m、直径:約0.35m、重量:約700kg、推進方式:個体燃料ロケットモーターおよびターボジェットエンジン、誘導:INSとGPS、終末誘導はアクティブホーミング、射程は約200km 写真:陸上自衛隊HPより

 いずれの装置も車載型で、捜索標定レーダー装置は1/2tトラック、中継機は1 1/2tトラック、指揮統制装置および射撃管制装置は3 1/2tトラック、発射機は重装輪回収車の車体をベースにした車両、弾薬運搬・装填車両は7tトラックに搭載されている。

■12式地対艦誘導弾とは?

 12式地対艦誘導弾を運用する第5地対艦ミサイル連隊は本部管理中隊と4個の射撃中隊、3個の独立地対艦ミサイル中隊で編成されている。

 本部管理中隊が捜索標定レーダー装置と中継機、指揮統制装置を装備、そのほかの各中隊は射撃管制装置、発射機と弾薬運搬・装填車両を装備する。またミサイル運用には欠かせない野整備機材や部隊整備機材なども配備される。

 12式地対艦誘導弾はロケットモーターで発射機から打ち出され、ロケットモーターの燃焼後はミサイル本体に搭載されたターボジェットエンジンにより飛翔する。射程は約200km、88式地対艦誘導弾は飛翔速度が1150km/hなので、その後継となる12式地対艦誘導弾も同程度かそれ以上の速度で飛翔できると思われる。

 誘導は指揮統制装置から送られてきたデータ(発射位置と目標位置を基にして計算された最適の飛翔経路など)を射撃管制装置を介してミサイルに入力、発射されたミサイルはプログラミングされたデータに基づきINS(慣性誘導装置)を使い目標に向かって飛翔する。さらにGPSを使用することで飛翔精度を向上させている。目標に接近した終末誘導では、ミサイル自体がレーダー波を照射して目標を探知(アクティブ・レーダー・ホーミング)、突入する。また地対艦ミサイルで敵艦船を撃破するには複数のミサイルを同時に発射する必要がある。敵もミサイルの迎撃システムを装備しているからだ。

 ちなみに12式地対艦誘導弾をベースにして護衛艦に搭載される17式艦対艦誘導弾が開発されている。

12式地対艦ミサイルの運用図解

■陸上自衛隊の地対艦誘導弾の運用構想

 陸上自衛隊が運用する地対艦ミサイルは、本部中隊が捜索標定レーダーを索敵のために海岸線に配備して目標の索敵と指揮統制を行ない、ミサイルを発射する各中隊の射撃管制装置や発射機は敵の空や海からの攻撃を避けるために、海岸線よりも100km~150kmほど離れた内陸部に配置される。

 この方式では海岸線に配置したレーダー装置が探知できるのは50km程度で、仮にレーダー装置を海岸線に面した500mほどの高さの山に置いたとしても100kmほど先の洋上にいる高さが30mの敵の艦船しか探知できない。水平線の向こうにいる敵の艦船を探知するのは不可能ということだ。それでは12式地対艦誘導弾の射程が200kmあったとしても、沿岸から離れた目標を攻撃することは不可能で、沿岸に接近する敵の着上陸部隊しか攻撃できない。

 これは陸上自衛隊の地対艦ミサイルの運用構想が、沿岸に接近・上陸する敵の着上陸部隊の撃滅に置かれ、先にも書いたように射程の長さは敵の攻撃を回避するためのものであるということ。その理由は、陸上自衛隊では敵の侵攻が始まっても兵力を温存し、空自や海自が壊滅した後の国土に侵攻しようとする敵と戦うことに作戦構想の重点を置いていたからだ。つまり地対艦ミサイルは水際撃破戦のための兵器だったのだ。
 いっぽう、航空自衛隊や海上自衛隊は洋上での敵侵攻兵力の撃破に作戦構想を置いていた。

■リンク機能が付与される地対艦ミサイル

 近年、相手の射程に入らず、安全な射程圏外から攻撃できるスタンドオフ能力を持つミサイルの重要性が高まっている。防衛省でも反撃能力(敵基地攻撃能力のこと)を強化するためにスタンドオフ・ミサイルに注目し、2021年からは12式地対艦誘導弾の能力向上型の開発を進めている。これにより射程は1000km程度まで延伸され、車両の他に航空機や艦艇からも発射できるようにプラットホームの多様化を図るという。 

 先にも書いたように12式地対艦誘導弾が200kmの射程があったとしても従来の運用方法では、能力を充分に活かすことができない。そこで能力向上型では射程の延伸を図るとともにリンク機能も導入される。

リンク機構を利用した12式地対艦ミサイルの運用図解

 リンク機能により、航空自衛隊や海上自衛隊の早期警戒機や対潜哨戒機からの最新の目標情報と連動できるようになる。この情報を衛星を介して飛翔中のミサイルに送り続けることで、目標への命中精度を向上させ、長射程能力を十分に活かした遠距離からの攻撃が可能となる。

 近年、陸上自衛隊では空自・海自とともに統合作戦を行うという方向に作戦構想を変化させており、そうしたことから能力向上型ではリンク機能が付与されるのである。

 また能力向上型では長距離を飛翔したり、ステルス性を持たせるために従来とは異なる形状になるという。

 極端にいえば能力向上型は反撃能力を高めることにもなり、これによって単に島しょ防衛の兵器としてだけではなく、抑止能力を持つ兵器ともなりうるのだ。まさに対艦ミサイルは日本の防衛力の要の1つである。

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