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沖縄県知事選(11日投開票)は終盤戦に入ろうとしているが、報道各社の情勢調査はいずれも、国政野党系の現職、玉城デニー氏が先行し、自民・公明推薦の元宜野湾市長、佐喜真淳氏が追いかける展開。前衆院議員の下地幹郎氏は厳しいということになっている。

(左から)沖縄知事選に立候補した玉城デニー佐喜真淳、下地幹郎の3氏

デニー氏「ゼロ当」可能性も

ここまでの情勢は序盤戦と全く代わり映えしていない。生々しい数字を書くのは控えるが、8月24日の告示の数日前、自民党が県内で実施した情勢調査によると、デニー氏がすでに過半数を抑え、佐喜眞氏はその半数程度。下地氏の支持率に至っては、14年知事選当時の得票率よりも下回っている。

選挙戦中盤、佐喜眞氏に対し、反基地活動家の女が銃弾を投げつける事件があったが、全く影響を与えていない。この週末に実施した同党調査では、佐喜眞氏が数ポイント積み増したものの、デニー氏も微増。下地氏は数字を落としている。なお、某全国紙と地元紙が合同で行った調査では、デニー、佐喜真両氏の差はもう少し狭まっているようだが、デニー氏が過半の情勢に変わりはない。このままの差で行けば、11日の開票当日はNHKの大河ドラマが始まった直後にデニー氏の当確速報が出る、いわゆる「ゼロ当」の可能性すらある。

今回、佐喜眞陣営にとっては思わぬ逆風や不運も重なった。

一つ目は中央政界で吹き荒れた旧統一教会問題だ。単にその余波を喰らったのではなく、佐喜眞氏当人と統一教会側の過去の接点がクローズアップされ、告示日の前は、日頃からただでさえ政府与党に敵対している地元メディアに容赦なく連日叩かれてしまった。

二つ目は起死回生の打開策も封じられた点だ。前回の知事選にも出た佐喜眞氏の元々の弱点は、新鮮味に欠けるというところにあった。そこで沖縄自民は参院選であと一歩まで善戦した元総務省官僚の古謝玄太氏を“副知事候補”として佐喜眞氏とのコンビで売り出した。その結果、長引く県内の保革対立に飽きていた若い無党派層への浸透も見えつつあった。ところが選挙戦初日に古謝氏の新型コロナ陽性が判明。中盤戦までの離脱を余儀なくされた。

古謝氏とのコンビ結成でイメージを変えつつあった佐喜眞氏だが…(公式YouTube)

知事選はドブ板では勝てない

筆者は、知事選の数か月前から情勢を展望し、必要に応じて関係者を取材してきたが、自民党地方組織の典型的な「負けパターン」にはまり込んでいるように思えてならない。筆者も言いたいことはたくさんあって選挙後にもまた書きたいと思うが、維新にやられっぱなしの大阪自民、小池都知事にかき回され続けた東京自民と同じく、沖縄自民もまた「空中戦」が苦手だ。

近年、デニー氏を推すオール沖縄勢力の退潮が伝えられ、実際に県内の市長選では自民・公明が盛り返すことも増えてきた。組織を固めて、どの場所にどんな支援者がいるのか顔も浮かぶという「どぶ板」選挙で勝負できる市町村レベルであれば、自民や公明が強くなるのは必然だ。しかし、人口130万人程度といっても南北に広い沖縄の全県規模の選挙となると、地上戦でリーチできる物理的な限界はある。だから日頃の政治報道を含め、どういう露出に持っていくのかメディア戦略が全くない状態だと、劣勢に立たされた時に挽回が難しくなる。

今回の知事選は、旧統一教会問題という沖縄自民側にとっては中央からの“もらい事故”は大きかった。しかし、それがなかったとしても筆者は佐喜眞陣営が簡単にいかなかったと思うのは、参院選前の時点で、デニー氏の数々の失政についても「知らない県民が多いのが実情」(沖縄自民関係者)という問題が大きかったからだ。課題を認識しているのは間違いないわけだから、なぜその手当てができなかったのか。

もちろん、沖縄自民にも長年大型選挙では、電通沖縄などのプロが知恵を貸してはいる。が、広告枠の売り買いの延長でのプランニングでは、候補者の見栄えをどうよくするとかブランディングの域に留まりがちだ。筆者が言う「空中戦の仕掛け」はそうではなくて、報道側が思わず取り上げざるを得ない争点づくりだ

首里城焼失の追及ない不思議

色々な選挙戦を見てきた筆者が奇異に思えるのは、「デニー失政」として誰でもわかりやすい話があるのに追及しない点だ。知事就任2年目の2019年10月に発生した首里城の火災問題だ。周知のように、城の運営・管理業務を国から県に移管し、県は指定管理者として沖縄美ら島財団(本部町)に一任。しかしわずか8か月余であの大火災となり、沖縄のシンボルが灰燼に帰した経緯がある。

玉城知事と消失した首里城(政府サイトより)

財団に失火の管理責任、県に財団の監督責任があるのは間違いないが、地元ではこの辺りうやむやにされたまま、国は再建を進めている。沖縄県と美ら島財団の管理責任を問う住民訴訟も提起すらされている。そうした格好の追及材料があるにも関わらず、なぜか選挙で論点にすら挙げられない。

どのメディアも取り上げる、選挙戦の第一声は重要な争点の仕掛けポイントのはずだ。首里城公園近くを場所に選び、テレビカメラが居並ぶ前で「首里城が失われた沖縄の4年間のシンボル」とでも叫べば、県民にあのショッキングな出来事を思い起こさせ、デニー県政の不祥事として思い起こさせよう。その効果を確実なものとするために、記者会見、街頭演説、候補者討論会などで何度も繰り返すことで浸透させる。

良いか悪いかは別にして、それが空中戦の仕掛けというものだ。

ところが佐喜眞氏本人が生真面目だからか、沖縄自民がしたたかさに欠けるからか、実際に佐喜眞氏の第一声の中身を見ても首里城の「しゅ」も触れられることはなく、第一声に選んだ場所も県庁前の広場という、“市役所前で第一声をやる市長選の感覚”そのままの「工夫がない」キャンペーンになったことは否めまい。

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