円安が止まらない。円相場は東京外国為替市場でも大きな節目となる、1ドル=150円台まで一時下落した。これはバブル期の1990年8月以来、約32年ぶりに円安水準を更新することに。この未曽有の円安がクルマの値上げに与える影響はどうなのか、福田俊之氏が予測する。
本文/福田俊之、写真/ベストカー編集部、トヨタ、日産、ホンダ、日本製鉄、日本自動車工業会、AdobeStock(トビラ写真:moonrise@AdobStock)
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■トヨタの2022年度上半期決算は中間期過去最高を記録も……
円安は輸出産業に爆益をもたらすというこれまでの方程式は“神話”になってしまったのか。トヨタが2022年11月1日に発表した2022年度上半期(4~9月)決算は、売上高が前年の同じ時期に対して14.4%増の17兆7093億円と、中間期として過去最高を更新した。
一見絶好調のようだが、本業での儲けをあらわす営業利益は34.7%減の1兆1414億円、最終利益も23.2%減の1兆1710億円と2年ぶりの減益となった。
今年に入ってから円安に歯止めがかからず、直近では東京外国為替市場の円相場は一時、約32年ぶりの円安ドル高水準となる1ドル=150円台に下落。1年前の115円程度から35円も超円安が進んだことになる。
トヨタは1円円安になるごとに年間で450億円、利益が増大するとされている。為替レートは予約が存在するので、すぐにこの円安が反映されるわけではないが、単純換算では1兆円を大きく上回るプラス要因となる計算だ。本来なら笑いが止まらない円安である。
■トヨタが大減益となった理由、「トヨタ集中購買」とは?
にもかかわらず、なぜトヨタが大減益となったのか。為替変動は半年で5650億円もの利益積み増し効果をもたらしたが、クルマを作るのに必要な素材費の高騰によるマイナス効果が7650億円もあり、円安による増益を吹き飛ばしてしまったのだ。
素材費高騰に拍車をかけているのは、ほかならぬ円安である。例えば、素材費の国際価格が2倍になったとすると、為替レートが1ドル=110円のままなら100ドルの素材が倍の200ドルに値上がりしても支払い額は1万1000円が2万2000円になるだけだが、その間に日本円が1ドル=150円台に下落すると、支払い額は実に3万円以上に跳ね上がってしまうのだ。
ほかの日本車メーカーにとっても素材費高騰は頭の痛い問題だが、それでも現時点ではトヨタほど甚大な影響は受けていない。トヨタのマイナス分が巨額になったのは、原材料をトヨタが一括購入してサプライヤーに有償で供給する「トヨタ集購」(集中購買)によるところが大きい。
この方式は部品メーカーごとに原材料を調達するよりまとめ買いするほうが素材メーカーとの価格交渉が有利になるうえ、部品メーカーの仕事を加工に限定させることでコスト構造をガラス張りにしやすいという二重のメリットがあり、それが世界トップ級のコスト競争力の源泉となってきた。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻を背景にグローバルで素材費が高騰するようなケースでは、それをトヨタが丸被りすることになる。さらにトヨタは輸送費、電気代、燃料代などサプライヤーの経営を圧迫している要因についても部品価格の引き上げなどで取引先を支援するという形で、ある程度肩代わりする姿勢を見せている。
トヨタは部品メーカーも含めたグループの結束力で世界を席巻してきたが、その部品供給体制が崩壊しては元も子もないからだ。
■もはや新車の価格アップは避けられない状況に
もっとも、これは他メーカーに比べてトヨタが不利というわけではない。他メーカーにもこれから部品価格の上昇という形で確実に降りかかる問題だ。ユーザーにとってその意味するところはただひとつ、クルマの価格アップはもはや避けられないということである。
今夏、トヨタは日本の鉄鋼メーカー最大手、日本製鉄と鋼材納入価格を1トンあたり約4万円引き上げることで合意した。鋼材といってもいろいろな種類があるが、平均4万円とすると、未塗装のホワイトボディの重量が250kgのベーシックカーの素材費は1万円アップだが、それではすまないのが自動車製造。
販売価格に与える影響は原価の3~4倍とされ、4倍なら鉄の分だけで4万円アップにもなる。このような影響が特殊鋼、アルミ、銅、樹脂、ガラス、半導体、繊維など、幅広い分野で出ている。もはや「円安はプラス」と喜べるような状況ではなくなっているのである。
しかも、値上げ圧力が大きいのは販売価格に占める素材費の割合が高いベーシックカーはもちろんのこと、高級車やスポーツカーも影響は免れないほか、電気自動車やハイブリッド車はリチウム、マンガン、ニッケルなど電池を作るための材料費高騰も問題になるだろう。
日本円が下落しても競争力がある海外市場は別だが、国内での値上げ圧力はその比ではない。各社とも国内市場のシェア争いを気にして値上げを最小限にとどめているものの、採算性が合わないと見切った時点から本格的な値上げに踏み切る可能性が極めて高い。
輸入車はすでに1割、2割といったオーダーの大幅値上げが繰り返し行われている。日本円が暴落しているのだから、為替予約を使い切ったら大幅値上げをするしかないのだ。
■サプライヤーへのコストアップ圧力はまさに想像以上の様相
先日、自動車各社の労働組合で組織する自動車総連の結成50周年記念式典に出席した日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は、「賃金改善の流れを自動車産業で働く550万人の仲間に広げる」と挨拶し、業界全体に賃上げの機運が高まることに意欲を示したという。
だが、トヨタなどの完成車メーカーに部品を納める下請けのサプライヤーなどは、円安による材料費や燃料費などのコストアップ圧力は想像以上だ。日本経済のリード役とされる自動車の業界内でも二極化が進んで、貧富の差が拡大しつつある。ガソリン価格の急騰など物価高のなかで、各社が新車の値上げに踏み切れば、消費者の購買意欲がそがれ、新車の需要に悪影響をもたらすことは想像に難くない。
ただし、国際水準に対して異常に安い価格でクルマを売ることをメーカーに求め続けることは“デフレジャパン”からの脱却をいつまでも果たせないことにもなる悩ましい問題だ。その唯一の解決方法は、賃金の上昇で円安を上回るほどの経済膨張を起こし、国民所得が安定的に伸びる“いいインフレ”を起こすことである。
だが、あのトヨタでも先の決算発表で「半年先の見通しも本当に難しい」(近健太副社長)と予防線を張って訴えるようでは、歴史的な円安メリットを享受できなければ、新車の値上げも思惑どおりにいかないだろう。
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