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 2022年10月26日に実施された政府の税制調査会(首相の諮問機関)にて、議論に参加した委員が「日本にも走行距離税の導入を」と発言したことがメディアで紹介され、各所から批判が噴出し、SNSで苦言を呈する与党議員も出るほど。税収が下がっていることを受けての提言ではあるが、それがかえって日本経済全体を押し下げる要因となる理由を、ここで改めて紹介しておきたい。

文/ベストカーWeb編集部、画像/AdobeStock、日本自動車工業会、Twitter

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■「道路を補修する税金が足りない」というならば

 10月26日の政府税調総会では、事務局である財務省担当者より「(自動車に関する)税制の在り方を議論したい」という呼びかけがあった。財務省が、自動車関連諸税の見直し、もっとストレートにいえば「走行距離税」の導入を狙うのは、この15年間(2007年度比)で約1兆円減った(約3.2兆円→約2,2兆円)燃料課税の穴埋めと、そのいっぽうで増加する道路やトンネルの補修にかかわる維持費を確保したいという思いがある。

 将来EVやFCEVが主流になると揮発油税や軽油引取税が激減するわけで、その代わり走行距離に応じた「走行距離税」を導入したいということだ(たとえばドイツでは12t以上の重量トラックに対してGPSを使って各車の走行距離を計算して課税する仕組みがある)。

「政府税調が走行距離税導入を議論」という記事に対して、自民党所属である三原じゅん子議員もTwitterで「これは国民の理解を得られないだろう、、、!」とツイート。ごもっともすぎる

「受益者負担」や「税の公平性」という考え方は理解できるが、しかしそれならなぜ道路特定財源を一般財源化したのだろうか。いま自動車ユーザーが支払っている年間約9兆円におよぶ自動車関連諸税は、地下鉄の整備などにも使用されている。「道路を整備する費用が足りない」というのであれば、自動車ユーザーから取った税金をまず使用すべきではないか。そもそも約2.2兆円の燃料課税にだって、税に税を課す二重課税が続いている。

2022年度租税総収入の税目別内訳並びに自動車関係諸税の税収額/注:1.租税総収入内訳の消費税収は自動車関係諸税に含まれる消費税を除く。 2.自動車関係諸税の消費税収(自動車整備含む)は日本自動車工業会の推定。 3.消費税収には地方消費税収を含む/資料:財務省、総務省/自工会資料

 この矛盾を踏まえたうえで、本稿では、なお3つの側面から「走行距離税の導入」に反対しておきたい。

■地方、物流、自動車産業への大きな打撃

 ひとつめは都市部と都市部以外との分断の加速。

 東京を含む「都市部」にとってのクルマと、それ以外の多くの地域「都市部以外」にとってのクルマは、まったく意味合いが違う。都市部にとっての自家用車は、ドライブやレジャー、買い物、一部の人にとってステイタスではあるが、都市部以外に住む人々にとって自家用車は通勤通学用途を含む「生活必需品」となっている。

 クルマ需要の性質がそもそも異なっており、年間平均走行距離も都市部以外に住む人々のほうが1.5~2倍程度長い。

 そうした状況で「走行距離税」を導入すると、いま以上に地方格差が拡大する。1kmの移動に対する価値がそもそも違うのであり、いびつで不公平な課税といえる。ただでさえ燃料高騰に苦しむ都市部以外の在住者へ追い打ちをかけ、都市部在住者との分断が広がる。

 ふたつめは輸送費高騰による輸送・物流業界やタクシー、バスなど交通業界への打撃。我が国の物流を支えるトラックや、タクシーの走行距離は、自家用車の比ではない。

 コロナ禍以降、宅配貨物の物量は加速し続けているいっぽうで、労働人口の減少や労働環境の問題により物流の担い手が年々減少している。こうしたなか輸送費がさらに割増になれば、(スムーズに輸送費に移行できたとしても)物価高騰につながるだろう。

 タクシーも打撃を受けるし、現在地方の公共交通を支えているバスも減少する可能性がある。

 そしてみっつめ、これが一番問題なのだが、ただでさえ国際的に「高すぎる」と言われている日本の自動車関連諸税について、「EVが増えているから」といって新たに税金を課すと、日本経済と雇用の基盤を支える国内自動車産業にいよいよ取り返しのつかないダメージを与えることになる。

何回でも流用するが、日本の自動車関連諸税が、他の先進国に比べると高額だと示す自工会資料。軽自動車なみの税制でやっと国際標準となる

 そもそもいま日本がEVを含む環境対応車に対して税金を減免しているのは、2035年までにカーボンニュートラル社会を実現するという目標のためである。税金が安いからEVが普及するし、インフラ整備も進んでいる。純ガソリン車と同程度の税金になるのであれば普及は止まり、需要が減れば開発速度も落ちる。

 そうなると各自動車メーカーは日本市場への投資(国内仕様車への開発資源や販売店支援)が減少して、日本経済はさらなるダメージを負うことになる。そのシワ寄せを食うのは一般国民にほかならない。

 日本自動車産業は、戦後の日本経済を支えてきた。その基盤がいよいよ回復できないダメージを受けることになる。

■「世界との勝負」の後押しを

 2022年11月2日、首相官邸にて「モビリティの未来に関する懇談会」が開催され、自動車工業会の会長である豊田章男氏と岸田文雄総理が会談した。

 その席で豊田氏は総理へ、「経済への貢献を今の60兆円から100兆円に、雇用を550万人から700万人に、そして税収を15兆円から25兆円に引き上げるポテンシャルがあります」と説明している。日本の自動車産業は、搾り取るより育てるほうが(税収を含む)日本経済全体へ貢献できる、と言っているわけだ。

 上述のとおり、日本の自動車関連諸税は高額であるだけでなく、二重課税や旧型車への重課税など問題が多い。「見直す」というのであればまずそうした矛盾を整え、そのうえで「世界と互角以上に勝負ができる産業分野」として、背中を押す方向で税制を考えるべきではないだろうか。

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