この連載の目的は、今世界で起きている国際問題を、国際政治学の理論やフレームワークで説明することである。理論やフレームワークは、今起きている国際問題の複雑な情報を構造化し、論理的に思考する一助となる。第7回は、中国の台頭の行く末を取り上げる。
自信を付ける中国
2021年、世界が新型コロナと格闘している最中、習近平中国国家主席は、「東洋が台頭する一方で、西洋は衰退している」のが現在の世界情勢の傾向であると発言した。
また、習近平は、国民に対して、中国は世界と対等な地位を築いたと語り、中国の文化、統治システム、大国としての未来に誇りを持つように説いている。
このような中国の優位性を誇示する主張は、中国のナショナリズムをさらに後押しし、台湾の祖国への「再統一」を含むより強硬な行動を促している。
国家の台頭に関する理論的枠組
覇権国家の台頭と衰退についての理論的な枠組としては、パワー・トランジション理論と、覇権安定論がある。
パワー・トランジション論
A・F・K・オルガンスキーが提唱したパワー・トランジション理論は、覇権国家が支配する国際環境において、台頭する挑戦国家が自らにふさわしい地位を確保しようとすると、平和が脅かされる可能性があるとするものである。
オーガンスキーは、世界政治は覇権国家を頂点とする「国家の階層構造」で構成されているが、永遠に覇権国家の地位を維持することは困難であり、台頭する挑戦国家にいつか取って代わられると主張する。また、このような環境下では、国際秩序は、覇権国家が自らの利益と希望に応じて構築する政治制度であるという。
パワー・トランジション理論によると、潜在的な挑戦国家は、国際秩序を変更する意図と力を保持している国家を指す 。挑戦国家が、現状の国際秩序に不満を持っている現状変更国家であった場合は、現在の覇権国家との間で戦争が起きる可能性が高いが、現状の秩序に満足している現状維持国家であれば、平和的に覇権国家の地位が引き継がれる可能性もある。
覇権安定論
一方で、チャールズ・キンドルバーガーは、覇権安定論を提唱し、一つの覇権国家が公共財を提供する国際秩序が最も安定すると指摘する。ロバート・ギルピンは、キンドルバーガーと同様に、単一の覇権国家の存在が国際秩序の安定に寄与することも認めつつ、安定が崩れる場合についても分析を行っている。
ギルピンによれば、第一に、国際秩序はどの国もそれを変更しようとすることが有益であると考えなければ、安定状態にある。第二に、台頭する挑戦国家が覇権を獲得することで得られる利益がコストより上回ると認識すれば、国際システムを変更しようとし、安定状態を乱す。
つまり覇権安定論は、台頭する国家が国際的なルールを変えようとし、自国の国際的利益のために勢力圏を求めると予測する。これに対して、覇権国家は国際システムにおける覇権を維持しようとする。この結果、覇権と国際秩序の在り方を巡って、世界規模での覇権戦争が発生する恐れがあるという。
中国の台頭の行く末
パワー・トランジション理論、覇権安定論を用いて中国の台頭の行く末を分析すると、以下の示唆が得られる。
パワー・トランジション理論
中国は、明らかに現状の国際秩序に満足しておらず、今後も自らが主導する国際秩序の構築を目指していくだろう。現実はさておき、中国の国内的な政治レトリックでは、米国は衰退する覇権国家であり、中国は必然的に米国を代替する次期覇権国家になるとされている。
しかし、中国はアメリカが築き上げた現在のリベラルな国際秩序をそのまま引き継ぐとは考えにくい。それは、中国がこれまで台湾、リトアニア、オーストラリアに対して行った経済的威圧や、南シナ海での一方的な現状変更、更にはロシアによる国家主権・領土の一体性に対する明白な侵害の黙認などを踏まえれば明らかだ。
したがって、パワー・トランジション理論の観点からは、中国は台頭する中で、過去の英国から米国のように同じ国際秩序を平和裏に引き継ぐのではなく、現状変更国家として、新たな国際秩序を構築することを目指し、結果的に現在の覇権国家である米国と戦争状態に陥る可能性が否定できない。
特に、中国国内でのナショナリズムの高まりを考えれば、「100年間の屈辱」から脱するために、欧米が主導する国際秩序の打破を目指すというシナリオは自然である。
覇権安定論
中国は、ただナショナリズムのみに引っ張られて非合理的な判断をしているわけではない。中国は、軍事、経済、社会、政治的に自信を付けており、自らが世界的な覇権を獲得することによる利益がコストを上回ると考えている。
特に、中国にとっては、現在の中国共産党を中心とした政治体制と国家主導の経済成長モデルの維持が死活的利益であるため、自由で開かれた現在の国際秩序を塗り替えることによる利益は大きい。
中国は総合的な軍事力では米国には及ばないが、経済においては既に世界120か国以上の最大の貿易相手国となっており、国際経済秩序の再編を主導できるだけの影響力を持っている。また、世界最大の産油国であるサウジアラビアとの石油取引決済を人民元建てで行う交渉が進んでいるのも、自国が完全にコントロールできる制度の方が、米国が築き上げた国際制度よりも利益が大きいと考えているからだろう。
軍事面でも、これまで自国沿岸部のA2/AD(接近禁止・領域拒否)戦略を超えて、太平洋島嶼国と安全保障協定を結ぼうとしており、実際にソロモン諸島とは協定が締結されている。このような動きも、自国の国益にとってコストに見合う利益があると踏んでの判断だろう。
覇権安定論は挑戦国家だけではなく、挑戦国家を押さえつけようとする覇権国の動きも考慮する必要があるので予断するのは難しいが、米国が現在あからさまに行っている対中包囲網の構築をふまえると、こちらの視点から見ても覇権戦争の可能性は高まっているといえる。
結論
中国がインド太平洋地域における覇権、しいては世界的な覇権を確立しようとしている、というナラティブは最早一般化しているといっても過言ではないが、覇権の確立とは一体どういうことなのか、また覇権確立に至るまでのプロセスはどのようなものなのか、という点についてはあまり説明がなされていない。
今回は、パワー・トランジション理論と覇権安定論という2つの覇権国家に関する理論を用いて中国の行動原理を分析したが、どちらにせよ中国が本気で世界的な覇権確立を目指すのでれば、それは完全に平和的な形では実現しないという可能性が高い。
この示唆は、米中の狭間に位置する日本にとっては非常に重たい事実であり、日本は、米中双方の一挙手一投足を丁寧に分析し、覇権争いの犠牲にならないよう慎重に対処せねばならない。