警視庁第三交通機動隊、第七方面交通機動隊などに所属し、22年間、白バイに乗ってきた元隊員の洋吾(ようご)氏は、警視庁伝説の白バイ隊員だ。月に80件、年間1000件もの違反切符を切ってきた。3年連続で取り締まり件数の警視庁トップに輝き、警視総監じきじきによる表彰も受けた。そんな洋吾氏は著書『白バイ隊員 交通取り締まり とほほ日記』で、白バイ隊員という「生き物」の生態や日々駆り立てられているノルマの実態を明かし話題だが、本記事では「交通取り締まり」という仕事のリアルな姿に迫ってもらうことにする。
文/洋吾、写真/ベストカー編集部
■白バイ乗りの取り締まり方法。王道は「待ち伏せ」
そもそも交通違反は、知らないうちに犯してしまっている場合が多い。標識の見落とし、勘違いなどは、いわゆるうっかりミスだ。速度違反だって、悪質性の高いものは、それほど多いわけではない。
そういった一般ドライバーが犯しがちなうっかりミスを、ミスとして注意するのではなく、取り締まって売上げにしてしまうのが、白バイ隊員なのだ。しかもノルマ達成のため、ミスを犯しやすい場所や違反をあえて狙う能力が磨かれていく。こうして、白バイ乗りたちは、一般ドライバーから警戒され、嫌われる存在になってしまうのだ。
白バイ乗りたちが行う取り締まり方法の多くが待ち伏せだ。街中において違反をしやすい場所というのは、けっこう決まっている。あなたの身近にも、白バイをよく見かける交差点、高架下……などがあると思うが、そういった場所は、違反の頻発スポットであり、白バイ乗りたちの仕事場となっているのだ。
■見えにくいところに隠れ獲物を待つ
待ち伏せ方法だが、ある時は見えない所に隠れ、ある時は同じ場所を何度も流しながら、獲物を待つ。経験を積むと、車両の動きで「こいつは違反をするぞ!」と直感的にわかるようになる。例えば、スピード違反。これは停止して待ち伏せている時、目の前を通過する車両の加速状況から判断できるようになる。また、先輩隊員に、エンジン音で推定速度がわかるなんていう達人もいた。
続いて流しての取り締まりでは、走行している車両群のなかから、違和感のあるクルマに注意を払う。他の車両に比べて明らかに急いでいるように見える時は、臨戦態勢だ。いつでもロックオン、緊急走行ができるように身構えるのだ。
■ゼロ発信で違反切符の山を築く
ただし、このロックオンには事故のリスクも伴う。特にロックオンした車両を注視するあまり、他の車両の動きを見逃してしまい、まれに接触事故を起こしてしまう場合もある。こうした事故は、流しての取り締まり時よりも、ゼロ発進から違反車に迫る時のほうが起きやすい。ゼロ発進とは、停車している状態から急発進し違反者に迫る。そのため、ゼロ発進方法は、原則禁止されていた。
しかし、そんなのどこ風吹く風で、取り締まってしまうのが白バイ乗りたち。こうして日々ノルマ達成のため、違反切符の山を築いていたのだった。
■白バイが集結する違反の頻発スポット「漁場」とは
交通違反が頻発する絶好の取り締まりスポットのことを、白バイ乗りたちは、「漁場」と呼んでいる。本来は漁業で使われる言葉だが、獲物をあげる場所というニュアンスがしっくり)くるのだろう、誰が呼び始めたかは知らないが、警視庁の白バイ乗りたちはそのように呼んでいた。
白バイ乗りたちには、毎月毎月、それなりの売上げノルマが課される。それをクリアするためには、いかに良質な漁場を確保しているかということが重要であった。小隊の先輩から教わったり、あるいは自分で開拓したりという具合だ。時には遠征、本来なら他部隊が縄張りにしている所で、彼らの目を盗んで密漁を行うこともあった。
もちろん逆に自分たちの縄張りを荒らされることもあるわけだが。白バイ隊員のみならず、交機隊の警察官はみなノルマ、ノルマであったから、とにかく良い漁場には、たくさんの車両や警察官が集まった。白バイ、交パ、覆面パトカー……。さらには、警察署の白バイや交通課員、なかには交番のお巡りさんまでやってくるスポットもあった。白バイやパトカーはおもにスピード違反を、徒歩の交通課員やお巡りさんは、シートベルトや一時不停止、右折禁止などの違反取り締まり行うという具合だ。
■かっ飛ぶ違反車を狙う白バイは「アパッチ」
漁場には、白バイ、交通パトカー、マルハク(追尾測定)専用の場所もあった。ずばりスピード違反狙いのスポットで、誰もがかっ飛ばしたくなるような信号の少ない直線道路だ。こういう場所は、昼は白バイ、夜は覆面パトカーが精力的に活動する。取り締まり方法は、一定区間を行ったり来たり走りながらのターゲットロックオンか、または裏路地や側道にて待ち伏せし、かっ飛んでくるターゲットをロックオンするかになる。多いのは後者で、通称アパッチと言っていた(西部劇で丘の上からアパッチ族が幌馬車隊を急襲するシーンから作られた用語)。
■人気の漁場での取り締まりには優先順がある
さて、あまりにも人気のある漁場だと、先に紹介したとおり、交機の車両はもちろんのこと、所轄の白バイや交通課員、交番員まで足を運んで来て、警察官だらけになる。そのような場合、白バイ乗りとしては、漁場に関する暗黙の仁義を守らなければならない。
それは漁場使用の優先順位である。最優先者は、その漁場を管轄する所轄の交番のお巡りさんたち、すなわち地域係員だ。次にその所轄の交通課交通執行係員。これは白バイ乗務員ではない、通称、徒歩と言われているお巡りさんたちのことだ。次がそこの所轄の白バイ、最後によそ者である交機連中や隣接署の白バイという順となる。いくら漁場に先着していたとしても、優先者が来たら黙って直ちにその場を譲り渡し、立ち去るのが暗黙のルールなのだ。
今日もあちこちの漁場で、交通違反の取り締まりが繰り広げられていることだろう。
「こんな所で突っ立って見ていないで違反する前に注意するべきだ! やり方が汚い!」
違反者はそう怒りながら不満を口にしていることだろう。「ごもっともです。免許証をお願いします」。白バイ隊員はそう応対する、いつもの光景とともに……。
投稿 元白バイ乗りが明かした「リアル」取り締まり現場。ノルマクリアに欠かせない極意と漁場 は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。