情報技術を駆使する材料開発、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の有益なツールとして、次世代の高速計算機である量子コンピューターに注目が集まっている。ソフト・ハード両面の開発が進み、有機EL材料がエネルギーを吸収して発光する励起状態の計算、半導体材料の最適な配合の探索など、実用的な問題が解けるポテンシャルを示す成果も出ている。東京大学工学系研究科の川崎雅司教授は「量子コンピューターが『読み書きそろばん』になる時代が来る」と語る。
量子コンピューターは、電子や光子(光の粒子)などのミクロな世界で起きる量子力学的な現象を利用する。材料開発分野では創薬の候補物質や新規材料の探索、自然現象を再現する化学反応の開発などに役立つと期待される。
幅広い計算に使えるゲート型量子コンピューターはクラウド経由での利用だったが、2021年7月に川崎市で米IBM製の実機が稼働した。東大や慶応大学、民間企業が参画する「量子イノベーションイニシアティブ協議会」が利用主体。化学企業では三菱ケミカルグループ、JSR、DICが名を連ねる。同協議会以外にも化学企業とアカデミア、ベンチャーとの間で、量子コンピューターを材料開発に生かすアルゴリズムやソフトなどの開発が盛んだ。
量子コンピューターの応用研究に力を注ぐ化学企業は、半導体材料やディスプレイ材料、電池材料などの事業を手掛けるケースが多い。原子や分子の構造や性質を電子状態から解析する量子化学計算を高精度に行うには、現在の古典コンピューターでは限界があり、量子コンピューターに早くから注目していた。
ただ「コンピューティング技術を材料開発に生かすマインドセット、文化の醸成は一朝一夕ではかなわない」と、三菱ケミカルグループの樹神弘也マテリアルズデザインラボラトリー所長は語る。同社は1980年代に国内化学企業として初めてスーパーコンピューターを導入し、材料シミュレーションや素材設計のノウハウを培ってきた。
日進月歩の量子コンピューティング分野は「フォロワー(後追い)戦略が有効に機能しない」(川崎教授)。勝者総取りが必至のなか、川崎教授は(1)量子コンピューターの社内推進者を選ぶ(2)外部のコミュニティー、コンソーシアムなどでアンテナの感度を高め、最新動向を把握する(3)経営上のインパクトを推し量る(4)自社への必要性を把握したうえで実証実験に入る-というステップで検討することが重要と指摘する。来るべき量子時代、化学企業が手をこまぬいている時間はない。
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