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再生可能エネルギーの優等生とされてきたドイツの脱炭素政策が、大きな転換点を迎えようとしている。ドイツ連邦統計局(Destatis)が7日に発表したプレスリリースによると、ドイツで生産される電力のほぼ3分の1が石炭火力発電所の電力だという。

2021年上半期の石炭火力の割合は27.1%だったが、2022年上半期は前年同期比17.2%増の31.4%だった。一方、ガス価格の高騰や現在ドイツ国内で稼働している3基の原発が今年末にすべて停止されることなどの影響で、天然ガスや原子力発電による電力が激減。天然ガスによる発電の割合は11.7%(前年同期14.4%)、原発の割合は6.0%(前年同期12.4%)だった。

Roman Barkov /iStock

高騰する電気・ガス代はビジネスにも影響大

ロシアからの天然ガスの供給量が大幅に減ったことで、このところ、ドイツでは電気・ガスの値上がりが止まらない状況だ。ドイツの電気・ガスの料金はわずか2カ月余りで2倍ほどに上昇。ヨーロッパの指標である1年先の電力価格は、2年前は1MWhで40ユーロ(約5700円)だったが、現在は540ユーロ(約7万8000円)を超えた。ドイツのエネルギー関連ニュースの専門サイト「Clean Energy Wire」によると、今年のドイツの一般家庭の電気・ガス代は昨年と比べると6割も上昇しているという。

これだけ電気・ガスが値上がりすれば当然、ビジネスへも大きな影響を及ぼす。ドイツ・バイエルン州の経済団体「バイエルン経済連盟」のアンケート調査によると、天然ガス供給が短期的に停止した場合、「生産またはビジネスが完全に停止する」と回答した企業は22.0%だった。鉄鋼、紙パルプ、化学、セメント産業といったエネルギー集約産業に限れば、「生産またはビジネスが完全に停止する」と回答した企業は33.5%に上る。

この状況に、ブルームバーグは「製造業がエネルギー価格の高騰に音を上げ、国外に拠点を移すことを決断するリスクがある」と指摘。自動車や航空宇宙、家電向けにシリコン部品を製造する「BIWイゾリアーシュトッフェ」のラルフ・シュトッフェルズ最高経営責任者(CEO)はブルームバーグのインタビューに「ドイツ経済で段階的に脱工業化が進むのではないかと懸念している」と述べた。

もともと、ショルツ政権は、2030年に石炭火力を廃止することを掲げていた。メルケル前政権時の目標から8年も前倒ししたものだったが、ここに来て、さすがに政策を転換せざるを得なくなったようだ。ハベック経済・気候相は6月、石炭火力の発電量を増やすことを声明で明らかにした。前出の「バイエルン経済連盟」のアンケート調査でも、「エネルギー供給維持のために望まれる措置」として最も多かった回答が、「石炭火力発電所の運転期間延長」だった。

懸念されていたドイツのエネルギー政策

ただ、ドイツのエネルギー政策の根本は変わらないようだ。ショルツ政権は、石炭火力の発電量を増やすのはあくまで一時的と強調しているが、ドイツのエネルギー政策についてはかなり以前から多くの専門家が懸念を示していた。

市民からエネルギー危機を質問され、「今冬は乗り越えられる」と強調するショルツ氏(ツイッターより)

その1人が国際環境経済研究所前所長の澤昭裕氏だ。経産官僚出身で、東大先端研センター教授に転身。「朝まで生テレビ」などでも現実的なエネルギー政策を唱える論客としておなじみだったが。16年に亡くなった。

その澤氏が亡くなる前年、ドイツのエネルギー政策の問題点について自身のブログに次のように書いている。

脱原発を決めたはいいものの、再エネ導入も同時に進めたことによって電気料金が上昇、それを抑えるためには安い石炭や褐炭火力に頼らざるを得なくなっている

一方でドイツ政府はこれまでCO2削減を追加的に2200万トン行うことを約束してきたこともあり、石炭・褐炭発電を抑え込もうとしています

そのうえ、基本的に自由化している市場で、再エネだけはこれまで固定価格買取制度や優先給電ルールによって、ある意味「市場の枠外」から導入されてきたこともあって、市場競争を強いられている火力発電(特に燃料費の高い天然ガス火力)の採算性がとれず、どんどん撤退しているため、中長期的な供給力不足が心配されています。

日本がドイツを見習った結果…

ドイツは、2011年の福島第一原発の事故で、それまでのエネルギー政策を大きく転換した。事故からわずか4カ月後の7月8日に国内のすべての原発を廃止するための法律を議会で通した。当時、日本ではマスコミを中心に「ドイツを見習え論」が巻き起こった。結果、ドイツの脱原発政策にならい日本でも脱原発が進み、いまだに安全の確認できた原発の再稼働もできない状況にある。電気事業連合会の資料によれば2000年代は年間発電電力量のおよそ3割を原発が担っていたが、2020年時点ではわずか4%だ。

さらに、ドイツにならい固定価格買取制度(FIT制度)も導入。再生可能エネルギー発電を促進するための制度だが、電力会社が再生可能エネルギー電気の買い取りにかかった費用は、電気を使うすべての人から「再エネ賦課金」という名で徴収されている。再エネ賦課金は年々上昇しており、足元の日本の電気代高騰の理由の一つでもある。安易にドイツを見習ったばかりに、現在、1kWhにつき3円45銭の再エネ賦課金が上乗せされている。経済産業省の試算によると、標準的な家庭で年間1万764円に上る。

ドイツのエネルギー政策の失敗から日本が学べることは多そうだ。