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この連載の目的は、今世界で起きている国際問題を、国際政治学の理論やフレームワークで説明することである。理論やフレームワークは、今起きている国際問題の複雑な情報を構造化し、論理的に思考する一助となる。第8回は、ロシアの同盟ネットワークについて考察する。

ロシアの同盟ネットワーク

ロシアの同盟ネットワークである集団安全保障条約機構(CSTO)は現在、ロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの6カ国で構成される軍事同盟である。

CSTOの6か国(Main_sail /iStock)

ソ連解体後に結成された独立国家共同体の後追いとして1992年に締結された「集団安全保障条約」に起源を持つ。CSTOは2000年代以降、キルギスとタジキスタンにロシア軍基地を設置するための法的枠組みを制定し、加盟国がロシア国内価格で武器を購入できるようにし、共通の防空システムを追求するなど、その能力を高めてきた。その背景には中央アジアにおける米国の軍事的プレゼンスに対する反動もある。

ロシアによるウクライナ侵攻以来、中央アジア・コーカサスといった旧ソ連圏に位置するCSTO加盟国は慎重な対応を取ってきたが、ロシアを支持するというよりは批判的な動きが多くなっている。

キルギスやタジキスタンは、自分たちがロシアの戦争を支持しているかのように示唆した、首脳会談についてのロシア大統領府の報道発表に異議を唱えた。ロシアの軍事作戦が難航し、ウクライナにおける人的被害の大きさが次第に明らかになるにつれ、カザフスタンとキルギスは控えめな懸念表明から、よりオープンな批判へと移行していった。また、ナゴルノ・カラバフでアゼルバイジャンとの領土紛争を抱えており、ロシアの後ろ盾が不可欠なアルメニアですら、国連総会では棄権している。

一方で、ベラルーシはロシアと共にロシアを非難する国連総会決議に一貫して反対票を投じるとともに、ウクライナ侵攻に際してロシア軍の自国領土の通過・利用を認めており、実質的にロシアに戦争協力している。

同盟はどのように終わるか?

同盟の終焉については、様々な学者が論じている。例えば、スティーヴン・ウォルトは、1997年の論文で、同盟が維持される原因と崩壊する原因を分析し、脅威認識の変化、信頼性の低下、人口動態と社会の変化、体制転換、イデオロギー対立、国内の競争の6つの要素が同盟を終焉させうると述べている。その後、様々な研究者が同様のテーマを研究しているが、今回は、ブルッキングス研究所の論文にそって、同盟終焉のフレームワークを以下4つの要因を分析する。

① 同盟国の敗北

同盟の一方の国が敗退するなどして、その結合状態が消滅した場合、同盟は修正または無効化されることが多い。第二次世界大戦におけるドイツの敗戦に端を発した枢軸国の崩壊は、この現象を示している。

ロシアはユーラシア大陸における軍事大国であり、地域におけるロシアの圧倒的な軍事優位性を前提にCSTOは成立している。しかし、ロシア・ウクライナ戦争で明らかとなったのはロシア軍の脆弱性である。9月21日に欧州研究に強いシンクタンクであるアトランティック・カウンシルが発表した10名の専門家の分析によると、ロシアは追い込まれており、最近発表した部分動員や核使用の脅しは焦りの表れだという。CSTO加盟国はロシアと共に戦っているわけではないが、ロシアが格下だとみなしていたウクライナに敗北すれば、CSTO加盟国はロシア以外の同盟国を求める可能性がある。

② 同盟国間の利害の相違

同盟が解消される一般的な第2の理由は、同盟国同士の利益が乖離し、ある国の活動が他の国によって許容されなくなった場合である。例えば、中央条約機構(CENTO)は、米国の政策をめぐってイラン、イラク、パキスタンが離反して1977 年に解散した。

カーネギー平和財団のポール・ストロンスキー氏は、CSTO加盟国、特に中央アジアに位置するカザフスタン、キルギス、タジキスタンは、モスクワの旧ソ連邦国に対する攻撃を懸念しているだけでなく、ロシアの影響力低下を利用して経済の方向転換を図ろうとしているのだという。CSTO加盟国はロシアのウクライナ侵攻について結束しているとは言えず、ロシアの行動に共感できていないのだろう。

今年5月、モスクワで行われたCSTOの首脳会議に臨むプーチン氏ら。それぞれの「思惑」は?(代表撮影/ロイター/アフロ)

③ 脅威の消滅

おそらく、安全保障同盟が終了する最も一般的な理由は、その成立を支えていた脅威が消滅した場合である。このような解散の形態は、第二次世界大戦における連合国の解散に相当する。

CSTO加盟国は、基本的に権威主義国家であり、自国の政治体制及び主権・領土の一体性が脅かされることを最大の脅威とみなしている。しかし、全ての加盟国が共通の脅威認識を持っているわけではない。特にロシアとベラルーシは、NATOの東方拡大を明確な脅威とみなしている。アフガニスタンと国境を面しているタジキスタンやその周辺に位置するカザフスタン、キルギスにとっては、タリバンのアフガニスタン掌握後のテロリズム、過激派、国際犯罪、麻薬密売などを懸念している。したがって、CSTOが存続してきた背景にある脅威は消滅していないと言える。

④ 同盟国間の合意不履行

最後に、同盟国が合意の戒律や精神に従わない場合、加盟国は同盟を無効にする傾向がある。1935 年のイタリアのエチオピア侵攻と 1939 年のロシアのフィンランド侵攻は、国際連盟の規約教義に真っ向から反し、国際連盟の終焉を告げるものであった。CSTOの集団安全保障条約は、第4条で「いずれかの加盟国に対する侵略行為があった場合には、他の参加国は、当該加盟国に対し、軍事援助を含む適当な援助及び国連憲章第51条に基づく集団的自衛権の行使のための支援を行う」と規定している。実際、今年1月にカザフスタンで暴動による内政不安が発生した際に、CSTO加盟国は平和維持軍を迅速に派遣し、治安を回復した。

しかし、ロシアがウクライナ侵攻を始めてから、そのようなコミットメントへの疑問が生まれつつある。アルメニアはCSTO加盟国であり、隣国のアゼルバイジャンが領土係争中のナゴルノ・カラバフで軍事行動を再開したことに対して第4条を発動し、ロシアやその他CSTO加盟国に軍事支援を求めたが、ロシアに却下された。このような状況が続けば、一部の加盟国は別の安全保障枠組を求めるかもしれない。

結論

ロシアが主導するCSTOの同盟国は、ベラルーシを除き、ウクライナ侵攻に対して中立的な態度を示す国が多い。多くの加盟国にとって、優先事項は政治体制・治安の維持及び他国やテロリストなど外部からの攻撃からの防衛であり、ロシアの一方的なウクライナへの軍事侵攻に対して不安・いらだちを見せている。

CSTOの背景にある脅威事態は消滅していないが、同盟国の敗北、利害の相違、合意不履行の観点からはCSTOの同盟としての持続可能性は大幅に低下していると言えるだろう。

中央アジアやコーカサスなど旧ソ連圏でロシアの影響力が低下すると、国境紛争などが発生するリスクが高まる。現にナゴルノ・カラバフ紛争やCSTO加盟国同士のウズベキスタン・タジキスタンの国境での激しい戦闘が報告されている。

ロシアがウクライナで手一杯の間に、中国の影響力が拡大する危険性も高まる。CSTO加盟国がロシアを信頼できる地域の安全保証者とみなさなくなれば、ユーラシアの広大な旧ソ連圏は明確に中国の勢力圏となる可能性もある。

日本はロシアの影響力が低下する地域において、中国の影響力が高まるのを傍観するのではなく、2015年の安倍総理(当時)の中央アジア5か国歴訪のような首脳外交を実現させ、当該地域にも注力していくべきである。