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「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」が、千葉県木更津に完成、オープンしてからもうじき1年。この間、3,000人余りもの体験者があったという。ではそんな「ポルシェ・エクスペリエンスセンター」とはどのような施設なのだろうか。今回はAuto Bild Japanのライターが自腹で参加してみた。

「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」は、世界9番目のエクスペリエンスセンターとして2021年から運営を開始し、多くの参加者を生み出した。複数回参加した方は数知れず、中には30回以上(!)通っている猛者もいるという。それほどの人気施設は、いったいどのようなものなのか、興味津々な私は、今回ちゃんと自腹を切って参加を申し込み、その魅力を探ってみることとした。

木更津の丘の上に建つポルシェ・エクスペリエンスセンター。レストランとカフェ、ショップも併設しこちらは自由に利用可能。広い駐車場ももちろん完備。

事前予約からドキドキ体験

まず「ポルシェ・エクスペリエンスセンター」を体験するためには、あらかじめインターネットから申し込みをする必要がある。この段階で、まず希望日と試乗するための車を選択し、クレジットカード決済を完了しなくてはならない。具体的にその車種は、「マカン」の44,000円から「911ターボ」及び「911 GT3」の104,500円まで、ポルシェの価格に準じた厳然たるヒエラルキーで構成され、数多いポルシェのラインアップの中から一台を選択することとなる。

1台だけ体験コースの他にも、「後輪駆動と4輪駆動」として2台の「911」を乗り比べたり(77,000円)、「911ターボとタイカン・ターボ」(110,000円)、「911GT3とケイマンGT4」(125,000円)、「911ターボと911 GT3」を比較試乗する(135,000円)といった利き酒プログラムもあったりするが、いずれにしても90分という限られた時間が設定されており、延長をすることはできない。

90分でこれだけの金額がかかるのか、と小市民な私はいきなりひるんでしまうが、おそらく「銀座のお店は座っただけでこれ以上かかるのだろう(一滴も飲めないので想像もつかない)」とか、「ゴルフ場一日遊べばきっとこれくらいなはず(ゴルフクラブなど生まれてから一度も触ったことがない)」などと、様々な言い訳をしながら前へ進むことにした。本来はここで「911」とか「ケイマン」などをチョイスすることが王道なのだろうが、へそ曲がりかつマイノリティな私はあえてBEVの「タイカン」をチョイス。51,700円也をマスターカードで支払うことにした。蛇足ながら「タイカン・ターボ」は60,500円と、ここにも厳しい階級制度が存在する。

さらにインターネットの予約サイトを進むうちに、画面上には、「予約の変更、キャンセルはその都度10,000円、6日前から前日までのキャンセルは50%、当日キャンセル料は100%」さらには「5000円の安心パックに加入しておくと100万円の損害金が発生しても20万円に減額されます」などなどの怖気づいてしまうのに十分な文章が現れるが、それらもなんとか乗り越え、カード番号を打ち込み、コンファームのボタンをクリックした段階で、早くもちょっとぐったりである。当日はリポビタンDを飲みながらしっかり頑張ろう、と思いつつノートパソコンを閉じた。

ずらりと並んだ色とりどりの体験車(?)。これでもごく一部である。バンパーのステッカーからわかる通り、全車ミシュランを履いている。

すべてがポルシェの世界観

受講当日の朝には、降っていた9月の雨も、アクアラインを渡り切るころにはあがり、薄日も差してくるという絶好のお天気となった。がらがらに空いた木更津の道を進むと突如丘の上に現れるハイテクな施設、そここそが「ポルシェ・エクスペリエンスセンター」である。東京ドーム9個分(なぜいつも比較される大きさが東京ドームなのかは不明だが)の面積の中に、計算されたレイアウトを持つセンターは、大変清潔かつ快適で、すべてのCIを含め、足を踏み入れた途端にポルシェの世界に包まれる。ヨーロッパやアメリカのメーカーはこういう演出がなんとも上手であると再認識した瞬間だった。

屋内にはシミュレーションも完備されている。シートなどに至るまで徹底的にポルシェのCIで統一されている。このシートなども含め、このシミュレーション一式が欲しいと言って購入する人もいるとか・・・。

今回、施設の案内を行ってくださったPEC Tokyoセールスマネージャーである佐藤麻子さんと、チリひとつ落ちていない館内を回るうちに、「これだけの施設と設備ならばこの金額は仕方ないかも」、と思い始めるのは私が単純なだけかもしれないが、それでもずらりと並べられた色とりどりの試乗車や、ル・マンカー(残念ながら展示用モックアップだったが)や、限定モデルが並ぶセンターで時間を過ごすうちにテンションは上がり始めたことは事実である。

そうこうするうちに定刻の16時となり、90分の体験タイムが始まった。ポルシェ・エクスペリエンスセンターセンターの特徴は、一人一人にインストラクターが同乗し、懇切丁寧かつ的確な指導のもとに体験できるというところと、スプリンクラーによって散水され定常円旋回等を行えるドリフトサークル、ローフリクションハンドリングトラック、埋設された油圧プレートでわざと車をスピンモードに陥れ、そこから立て直すトレーニングを行うキックプレート、さらにカイエンなどで試走できる40度もの斜面を持つオフロードエリアのほか、ニュルブルクリンクサーキット北コースで有名なカルーセルを再現したコーナーや、ラグナセカのコークスクリューを再現した周回コース、スラローム、フルブレーキングなどを試すことのできるダイナミックエリアを自分で自由に組み合わせながら走ることができる、という部分が他社で開催されているドライビングレッスンと大きく異なる部分である。中には周回コースだけ90分間走り続けているという猛者もいるというが、私は、今回はまんべんなくすべてのコースを体験することとした。

パドックに並ぶ体験車。建物の左手の部分のカフェとショップが用意されているので、お土産購入も可能。キッズスペースもあるのでお子様連れでも大丈夫です。

決して高くはない(かも)

今回、私に付いてくれた廣田築インストラクターは、スーパーGTに出場していたレーサーで、極めてジェントルかつ的確なアドバイスをしてくださった。そんな廣田氏のドライビングで各コースを体験したのち、「さあどうぞ」と私のドライビング体験の時間となった。深いバーガンティ色に塗られたタイカンの、快適なドライビングシートに座り、まずは、的確なドライビングポジションの指導を受ける。はるか昔にBMWドライビングレッスンを受けた際、飯田裕子さんからポジション指導をされて以来、私のドライビングポジションは直角バックレスト+かなり前よりのポジションなのだが、今回はそれよりもさらに前、正直いうと50肩にはちょっと腕が前すぎてつらい感じのポジションとなった。それでも今回はポルシェの流儀に従い、幼稚園児が「小さく前へならえ」するような腕の形で先に進むことにする。

まず、周回コースを3周ほどゆっくりめに走り、車とコースに習熟したのち、ドリフトサークルで定常円旋回の体験を行う。「4輪駆動だし重いので難しいかもしれません」という廣田氏の言葉通り、スタビリティコントロールなど各種電子デバイスを切ったタイカンはリカバリーが難しく、数回スピンを体験したがこれも一般公道ではできない貴重な挙動体験なので個人的にはうれしいスピン体験だった。

2階のレストラン・キッズスペース前のテラスから見た光景。今まさに、私の前のグループの体験が始まろうとしているところ。

続いてダイナミックエリアに移動し、ローンチコントロールを使用しての加速体験とパイロンスラロームを体験したが、ここでは空恐ろしいまでのタイカンの加速はもちろんだが、ABSが効くまで踏み込むブレーキングにおいて、ポルシェのブレーキ能力を実感できたことが大きな収穫である。「宇宙一と言われるブレーキはこれかぁ」とホクホクしながら、キックプレートのエリアに移動。ここではわざとスピンさせる機械を使い、車を立て直すわけだが、スタビリティコントロールのオンとオフ両方の体験を複数回できることがなんとも有意義である。自慢ではないがオン時もオフ時もなかなかいい感じにリカバリーでき、廣田氏の「いい感じですね」と人を心地よくさせるヨイショの言葉を聞きながら、ローフリクションハンドリングトラックに移動する。

周回コースの最終コーナー。といってもこの施設はサーキットではないのでお間違えなく。

このコースは低ミューの滑りやすい路面を体験することが目的だが、ただゆっくりと走るだけではなく、加減速や荷重移動をしっかりと行うようなメリハリのついたドライビングをすることが理想である。実は今回参加するにあたり、個人的には「速さよりも滑らかで安心できる運転を今一度学びたい」という思いが強く、ガンガンにタイムを縮めるよりも同乗者に不安感を与えない運転を、との思いを持って90分の体験を心がけていた。その旨を廣田インストラクターに伝えると、極めてポライトリーに「了解しました!」との同意を得たため、このコースもできるだけ滑らかに走行した次第である。

以上のコースをすべて体験し約1時間、残り時間はざっと30分である。この後は自分の好きなコースを組み合わせて走ってよいという言葉を受けたため、「もう一度定常円旋回でドリフトとリカバリーの練習を行いたい」と答えると、「もちろん、行きましょう!」と快諾を得たため、スキッドパッドに戻り、何回かスピンしながら指導を受けた。残りあと15分、というところで再度周回コースに戻り、ここでもタイムを追い求めるような走行ではなく、できるだけスムースで滑らかな運転を心がけているうちに90分の終了時間を迎えたためパドックへと舞い戻った。

私が今回体験したタイカン。BEVだなんだという話の前に、一台の自動車として素晴らしい性能であったことは間違えない。ローンチコントロールを使用しての発進加速ではブラックホールに吸い込まれるかのようであった。(吸い込まれたことなはいが)

もう一度体験してみたい(本音)

ポルシェ・エクスペリエンスセンターの目的は「一般公道では実施できないポルシェのポテンシャルを体験する」という部分と、「自分のドライビングをもう一度見直す」という、日常生活では得難い時間を提供してくれる場であった。これだけの施設を維持運営し、マンツーマンでインストラクターが指導してくれることや、タイヤ・燃料代などを含めた車輌コンデイションの維持を考えれば、今回支払った金額は妥当なのではないか、すべてのコースを体験した今となってはそんな考えを自然と持つようになった。そしてもう一度お金を貯めて参加してみたい、という気持ちさえ抱いてしまうのだから、やっぱりポルシェの魔力は車そのものだけではなく、ソフト面も含めて巧妙であり魅力にあふれるものなのである。妙にさっぱりと心地よい気持ちで木更津を後にした。

Danke für die schöne Zeit. Mach’s gut!!

Text & photo: 大林晃平