日本各地の公営交通は自治体が運営しているが、赤字に悩む自治体も多い。そんな公営交通の中で最大の規模を誇るのが東京都交通局だ。よく税金が投入されているので無駄遣いだという批判めいた声を聞く。これが一般的な認識なのだろうが、実はそうではない。そのあたりの仕組みを解説する。
文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)
多くの公営交通は地方公営企業!
都道府県単位で公営交通を運営しているのは東京都と長崎県しかない。他は市町村だ。そして多くの公営交通は「地方公営企業」という運営形態をとっている。これは地方公営企業法に基づく地方自治体が経営する企業という形態である。
東京都交通局の場合は同法に基づいて設立され、企業としての運営の詳細は東京都の条例で定められている。東京都交通局が運営する事業は都営地下鉄・都営バス・日暮里舎人ライナー・都電荒川線のようなよく知られる運輸機関のみならず、ダムとそれに伴う水力発電事業も行っている。これらすべての事業を含めて東京都の一般会計とは別の独立採算制で運営されている。
民間の企業と決定的に異なるのは、公共性を伴う事業も行わなければならないということである。都営バスでいうと、赤字路線でも鉄道空白地帯でのバス路線を維持したり、鉄道と並行していてもバックアップ路線として維持する等がこれにあたるだろうか。
税金は入っていないの?
では東京都交通局に税金は投入されていないのかと言えばそんなことはない。民間バス事業者と同様に赤字路線に対しては、沿線自治体から補助金の交付を受けることはあるし、コミュニティバスを自治体から有償受託して運行する例もある。要するに民間と同等の条件での税金(補助金)投入はあり得るということである。
逆説的に述べると、赤字が出たから東京都の予算(税金)でそれを毎度毎度補填するということはない。もっとも交通局を解散し清算する際に負債が残っていればそういうこともあり得る話なのは事実だ。
しかし通常の運営で事業資金として一般会計から税金が投入されることはない。とはいえ、電車を購入したり、最新のバスを購入したりとお金がかかるのは事実で、そういうお金はやはり税金からと思われるかもしれない。
民間なら企業債で借金するが…
前述のとおり、公営企業の会計は自治体の一般会計からは切り離され民間企業の会計と同等の扱いを受けて独立採算になっている。ただし法人格を持たないため完全に独立しているわけではなく、その予算や決算は議会の議決や承認を要する。これは民間で株主総会において承認を受けるのと同じだ。
民間企業が市場から資金を調達するためには企業債券(社債)を発行するが、公営企業の場合は法人格を持たないため自ら債券を発行することはできないので、自治体が代わって地方債を起債し財源に充てることができる。
これは信用面からは民間よりも好条件で有利なのは言うまでもない。「事実上」の政府保証が得られるためだ。これにより必要な資金を調達して設備や車両の更新を行う。しかし都営バスでは営業所の支所を丸ごと「はとバス」に委託して不採算路線での経費節減等の経営努力をしていることはバスマニアなら誰でも知っていることである。
いずれにしても「赤字即税金投入」というわけではなく、民間企業に準ずる会計方式で運営されていることは知っておいて損はないだろう。
ちなみに東京都交通局の資本金およそ548億円のうち、約98億円は一般会計からの拠出である。あえて言うとすれば、これが都民からの出資(税金)ということになるだろうか。
都営バスは暗黙のバス供給源でもある
大手鉄道会社系のバス事業者の中古バスが地方の系列バス会社へ移籍し、中古バスの供給源になっているのと同様に、都営バスも地方の公営バスや民間バス会社への程度の良い中古バス供給源になっている。
ここからは記者のオピニオンではあるが、比較的余裕のある東京都(交通局)が保有しているバスに最高の整備を施して、良い状態で地方の公営交通に譲渡することは、運営が厳しいが公共インフラとして公営交通でしか運行ができない地方のバスを支えるいわば「富の再分配」という役割も担っていると考えられる。
その点において、地方の交通インフラを支える一助を東京都交通局をはじめとする都市部の公共企業が担っていると言っても差し支えないだろう。
過去には思い込みから民営化された事例も…
かつて国鉄は運輸大臣と国鉄総裁をトップとする国有の企業だったが、赤字問題がことさらにクロースアップされ(労組を解体するのが中曽根政権の真の目的であったものの)解体されJR各社が誕生した。
清算にともない膨大な借金は国民が背負うことになり、資産を売却し増税されたたばこ税から補填し、引き継いだJRからも新幹線のリース料や鉄道用地の売却益、JR株式の売却益で借金はあらかた清算した。
しかし首都圏を持つ東日本と東海道新幹線を持つ東海以外のJRはご承知の通りで、運賃この値上げしないものの料金を値上げしたり、廃線ラッシュになりそうな雰囲気で、もはや公共交通とは言い難い地方も出てきている。
公務員削減を旗印に行われた郵政民営化(小泉政権による郵政解散)も、郵便事業は独立採算制だったのを国民が知らないまま税金が無秩序に投入されていると思い込み賛成した結果、確かに数の上での公務員は大幅に削減したが独立採算で職員の給与を出していたために、公務員の経費はまったく変わらず逆に郵便料金は上がり配達も遅くなる始末。
このように公共サービスの実態はすべてが税金だけで賄われているわけではないので、赤字だから切り捨てたらいいとか、税金投入と短絡的に決めつけるとか、そういう問題だけで片付けてしまってよいのかを十分に考えなければならない時期に来ているのではないだろうか。いずれ交通弱者になり困るのは今働き盛りの年齢層の人たちであることを忘れてはならない。
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