あと数年もすれば、世界史の教科書において、2022年が、ロシアのウクライナ侵攻をハイライトに世界が大きく変わり始めた転換点になったと記述されるだろう。
80年近く、戦争を経験しなかった日本でも、憲政史上最長のリーダーだった安倍晋三元首相が暗殺された。その1か月後には、安倍氏が生前「台湾有事は日本有事」と力説していた危機が、ペロシ米下院議長の訪台で現実味を帯びた。まさに我々は「異世界」に突入している。
もちろん経済もまさに「戦時」を物語る。世界的インフレは止まる気配がない。ただ、評者の私もそうだが、政治やメディアに身を置いてる人間は「危機の時代はこうあるべき」と理想を掲げ、現実とのギャップに思い悩みがちだ。しかし国ですら翻弄される乱世では一個人ができることなどたかが知れている。
こういう時、投資の世界に長年身を置き、確実に稼いでいく著者のようなリアリストたちは現実に抗うことはしない。先行きを見極め、いかに資産を守り抜き、隙あらば一儲けをするか。透徹した視点で時代の先を見極め、サバイバルすることに余念がない。
そして、その見極めには著者も引き合いにするビスマルクの名言「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ではないが、巨視的な視座を磨くための教養も必要だ。それでいて机上の空論だけで事足りるほど危機の時代は甘くない。実務で磨いた直感を含め、多様な観点からの独自の分析こそがものをいう。
聞くところによれば、著者は近年、地政学の見識を深めている。そして、新型コロナを「疫病」ではなく「社会を変革する暴力」と喝破するところに、「投資家×地政学×元経済ヤクザ」という学際型のハイブリッドな視点が個性として際立つ。ツイッターで山口組の分裂抗争を的確に解説するという鮮烈なネットデビューを飾り、作家へと転身して7年。ファンを急速に増やしてきただけはある。
コロナ初期の前著でスタフレーションを予見していた著者は、「不透明な時代にあって、未来を導き出せれば自分で自分を防衛することができる」と読者に諭し、豊かさへの一歩だとして冷静に現実分析を行う思考法の一端を披露する。
だから、本書の序盤、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想をはじめとした安倍元首相の外交業績について「アメリカの政策を変えた」と高く評価はしてはいても、いわゆる安倍シンパの保守論客たちによる過剰な賞賛などはない。そこにあるのは、ただ「外交・安全保障の知識が共有されなければ生き残れない時代」という投資家としての冷徹な信念が貫かれているだけだ。
安倍元首相の国葬まで残すは10日余り。円安とインフレへの急速な転換、燻るエネルギー危機に直面して国民生活も企業業績も揺らいでいるというのに、日々のニュースやツイッターの政治論議は、国葬や旧統一教会の問題を巡る感情の応酬に終始して真の危機から目を背けがちだ。
投資に必要なのは「面白い」か「面白くない」かではない。どうやって確実なリターンを得るか、得ないか、ただそれだけなのである。(本書203P)
そう淡々と語るような筆致を見せる著者の思考の一端に触れることで、冷徹に進行中の出来事を見つめ直すきっかけになるかもしれない。