いよいよ2022年9月23日の開業を目前にした西九州新幹線。さまざまな準備が進められているなか、先日、大地震や車両故障などを想定した「総合異常時訓練」が実施された。
文、写真/村上悠太
■訓練でもしっかり「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
車両故障や運行上のトラブルは基本的にJR九州のみで対応が行われるが、大地震など大規模災害には、警察、消防など関係各所と連携しながら対応がなされる。そしてなにより、不安にかられる乗客たちへのわかりやすい案内、誘導が欠かせない。
そうしたことから、今回の訓練ではより実践的な訓練を目指し、列車運行に係る乗務員などのほか、主に乗客役として約110名のJR九州社員、佐賀県と長崎県の警察・消防合計約55名が参加。訓練場所も実際の西九州新幹線の線路内と車両で実施され、規模としてはかなり大掛かりな訓練となった。
最初に実施された訓練は、「車両故障への対応」だ。
長崎駅を目指して走行していた下り列車に車両故障が発生し、嬉野温泉~新大村間で停車。運転不能になったというシチュエーションが設定された。故障により自走不能となった場合、西九州新幹線では基本的に反対側の線路に「救援列車」を並べて停車させ、双方間に渡り板をかけて乗客は救援列車へ移乗し、避難することになっている。
我々取材陣は新大村駅に集合し、ここから故障車両の現場まで「救援列車」に乗車して移動する。現場に到着すると一旦停止し、最徐行で位置を合わせていく。
渡り板を架ける3号車のドアではお互いの乗務員が待機し、救援列車側の乗務員は無線で運転士に位置合わせを指示する。西九州新幹線はすべてが「N700S」という車両で、長さも形も同じ車両が4編成存在している。
そのため先頭をきちんとあわせれば、3号車のドアの位置もおのずと合うはずと思いきや、「カーブや勾配などにより、運転席で位置が合っていると思っていてもドア位置がずれるケースがある」とのこと。この日は直線での位置合わせということもあり、一度で位置合わせに成功した。
位置合わせが済むと、今度は「ドアコック」を取り扱い、手動でドアを開け、すみやかに全長約175cmの渡り板をお互いの列車に架ける。この渡り板は1編成あたり3本備えつけられており、そのうち1本は今回の訓練でも使用されている幅広タイプで、車イスのままでも渡ることができる仕様だ。
渡り板の設置が済むと、続いて故障車両からの乗客の移乗を開始する。立ち会っている乗務員がしきりに「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と謝罪しながら、避難誘導を行っている。
実際にこのような事態が起こった場合、救援列車の到着までしばらく故障車両の中で待機しなければならない上、目的地への到着は大幅に遅れてしまう。
さらに自然災害と異なり、車両故障というと自社的な要因も大きく、乗客が感じるストレスも大きい。訓練とはいえ、実際の有事を想定してていねいに案内を行っている様子が印象的だった。移乗が完了すると渡り板を撤去し、救援列車は最寄りの駅へ。移乗訓練は無事終了した。
■地震! 停電!! そのとき新幹線はどうなる??
車内で昼食休憩をとったのち、続いては「大地震発生に伴う運行不能時の対応訓練」が始まる。
訓練開始と共に、我々を乗せた「かもめ」は一路、武雄温泉を目指して出発。大村湾を横目に順調に加速を続け、ほどなくして時速は西九州新幹線の最高速度、時速260kmに到達した。すると突然、車内の明かりが暗くなり、非常用の客室灯のみが点灯。そして急制動がかかる。同時に「ただいま地震が発生し、それに伴い停電が発生しました。この列車は非常ブレーキで停車します」と車内放送が流れた。
この時、発生した地震は震度7程度と設定され、大規模な地震が発生すると自動的に送電所は送電をストップさせる。新幹線車両は停電を検知するとすぐに非常ブレーキがかかり、可能な限り最短距離で停止するように設計されている。そのため、今回も急ブレーキがかかったというわけだ。
一方で、可能であれば橋りょう上やトンネル内といった、避難誘導や列車火災時などの二次災害のリスクが少ない箇所で停車するほうがより安全ではある。
そこで西九州新幹線で運行されているN700S車両には、停電時にも自走できるように車載バッテリーを積んでおり、緊急停車後、先述のような箇所で停車した場合には運転士が運行を管制する指令所にその旨を報告。指令の判断により、必要であればこのバッテリーを用いて、より安全な箇所まで自走して停止する。
また、止むを得ず停電中の車内に長時間留まるような状況を想定し、3号車のトイレのみスイッチを取り扱うことで、停電中でも使用ができるようになっている。
今回は、橋りょうでもトンネルでもない箇所に停車。すぐに乗務員たちは状況を把握しに車内を巡回。すると、車内には複数の負傷者がいる模様だ。乗務員たちは車内に医療関係者がいないか、協力を呼び掛ける。一方で、車外には通報を受けた消防と警察が到着。早期の運転再開は見込めないことから、速やかに車内に乗り込み、負傷者の救護と乗務員と協力しながら、乗客の車外避難誘導を行う。
負傷者に対しては搬送や対応の優先順位を決める「トリアージ」を実施。今回の大地震のように大規模災害時にはまず現場に駆け付ける消防、警察がトリアージを行う。「○○さん、わかりますか? 痛いところはありますか? 大丈夫ですよ、頑張りましょう」と負傷者に寄り添いつつも、裏ではすみやかに搬送、避難の段取りを付けていく光景はプロフェッショナルそのものだ。
各所の調整がつくと、トリアージの順序に沿って重傷者から車外に搬送。負傷の無い乗客は自ら乗降口に架けられたステップを降りて、今回は至近距離の嬉野温泉駅まで新幹線の線路上を徒歩で避難した。
■「鉄道の根幹」ともいえる安全安定輸送
今回の訓練を総括し、JR九州 福永嘉之鉄道事業本部長は「課題も見つかった」と話す。「大規模災害時は、弊社社員だけでなく警察、消防との連携が欠かせない。また、お客さまへのまめなご案内等、連絡面についてより改善していきたい」と訓練を振り返った。なお開業後も定期的に同様の訓練は行われる予定だ。
新規開業に際して華やかなイベントが続く西九州新幹線。その一方で「鉄道の根幹」ともいえる安全安定輸送を維持するための訓練がこうして行われている。
【画像ギャラリー】新幹線の「安心安全」を築き上げるための訓練が繰り返される!!(14枚)画像ギャラリー投稿 大地震発生! 負傷者も!! 新幹線はそんな時どうする? JR九州の異常時訓練に潜入!! は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。