それだけではない。韓国文化は世界の人々の楽しむグローバル文化になった。政府樹立後数十年間にわたって厳しい独裁を経験したものの、1987年の民主化以降、民主主義はだんだんと強固になっていると信じていた。私たちが直面する深刻な社会経済問題さえ「先進国」大韓民国が支払うべきコストだと考えていた。
しかし、そうではなかった。韓国は深刻な社会経済的問題を抱えている「奇妙な先進国」ではなく、物質的豊かさを除いてほとんどすべてが成熟していない「奇妙な後進国」だった。でなければ、セウォル号惨事を経験して10年もたたないうちに、国がまたしても国民の安全をないがしろにし、その責任すら否定する状況が繰り返される現実を説明する術がない。
このかん私たちが作ってきたと思っていた「先進的」システムは作動しなかった。民主主義社会だから無能な人々も大統領になりうるし、無能な政党も政権を握りうると考えていた。だが、私たちがきちんとした社会・経済・政治システムを作っておけば、誰が政権を握っても国はきちんと動くと思っていた。
大変な錯覚だった。経済さえ成長させれば成熟した社会と政治は自然についてくると思っていたのだが、そうではなかった。経済成長のみを最高の価値とする社会では、力量のある民主的政治勢力も、社会も、成長できなかったからだ。
振り返ってみれば梨泰院(イテウォン)惨事が発生する前から、目に見えない社会・政治力量を成熟させなければ私たちの社会は持続可能にはならないという警告音が鳴り響いていたように思う。近くはセウォル号惨事からはじまって、深刻化する不平等、自分の権利だけが大切で、自分と自分の家族のみが豊かに暮らせればそれでいいという極めて利己的な自己責任という価値観、国と政治に対する途方もない不信に至るまで、あらゆる現象が危険を警告していた。
(中略)
前回の大統領選挙を振り返ってみれば、さらにそれが明らかになる。二大政党の公約は、その公約が「成長と福祉の好循環」という外見に覆われていようが、「公正な成長と国民生活の安定」とパッケージされていようが、結局中身はさらに豊かになるためにはさらに速い成長が必要だというものだった。こうして私たちの誰もが、早い成長という過ぎ去った昔の歌を吟じ続けている間に、韓国社会は前例のない危機に陥っていたのだ。
今、私たちはどこに立っているのだろうか。物質的に豊かな大韓民国の2022年を歴史はどのように記録するだろうか。歴史は2022年を民主化以降「最悪の年」のひとつとして記録するかもしれない。法の支配を装った人の支配が民主主義と等値とされ、公正と自由を叫ぶ政権の下で、不自由と不公正はより深刻になった。そしてソウルのど真ん中では、罪のない多くの市民が無責任な国のせいで命を落とす惨事が起きた。
経済だけが成長した奇妙な後進国、大韓民国が歩んできた道に対する冷静な省察が必要だ。物質的豊かさが全てではないということが、そして社会の力量の成熟とその社会を導いていく力量のある民主的政治勢力の成長なしには国民の生活を安全で幸福なものにすることはできないということが、明らかになった。最悪の2022年、私たちはどこへどのように向かってゆけばよいのか。社会的議論を始めよう。見せかけの先進国という外皮は脱ぎ捨て、これからは国民が安全で幸せな国を作る新たな歴史を記さねばならない。
ユン・ホンシク|仁荷大学社会福祉学科教授・ソーシャルコリア運営委員長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
11/21(月) 8:39配信
ハンギョレ新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/a46d49ce7b563e838602ef2743c2a20bb7672862
引用元: ・【ハンギョレ/寄稿】韓国は見せかけの先進国という「外皮」を脱ぎ捨てよ これからは安全で幸せな国を作る新たな歴史を記さねば [11/21] [新種のホケモン★]
朝鮮半島に限って、前向きな言葉に聞こえないフレーズ
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