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イギリスのトラス首相が20日、退陣する意向を表明した。就任から44日での辞意表明は同国史上最短。先月8日に崩御したエリザベス女王が死去直前に任命した「最後の首相」でもあったが、これほどまでの早期退陣は泉下の女王もお嘆きであろう。

失意の辞任となったトラス氏(Number10/flickr)

サッチャーの「貧相な模倣」

もう1人、泉下から嘆いていそうなのがサッチャー元首相(2013年死去)だ。女王の傍らで「陛下、リズの不手際にお詫びの言葉もない」と平謝りしているのではないか。史上3人目の女性首相となったトラス氏は、先達であるサッチャー氏を信奉し、目玉の大型減税政策もサッチャリズムを踏襲したはずだった。ところがその内実はサッチャー氏の「貧相な模倣」(テリグラフ紙)だった。

労働党政権が続いた70年代のイギリスは、ケインズ理論の影響下、規制や産業の国有化など「大きな政府」政策がとられたことで産業は停滞。スタグフレーションによる物価高も加わって経済が瀕死となる「英国病」に陥った。1979年の総選挙で保守党が政権を奪還すると、サッチャー政権は規制改革や民営化、所得税や法人税の減税も行なった一方で、社会保障の削減といった歳出削減も容赦なく敢行した。

これに対し、トラス首相は減税や規制改革などはサッチャリズムを踏襲したものの、歳出削減に踏み出さず、減税で不足した歳入を国債で賄うと発表。電気・ガス代の高騰抑制に巨額の税金を投入(エネルギー価格保証制度)する方針も打ち出した。

減税で歳入を減らすなら歳出も合わせるのが筋なのに「減税するのに歳出増」という矛盾が市場の不信を増幅した。国債の投げ売り、ポンドは対ドル市場最安値、株安など手痛い「市場の洗礼」(エコノミスト誌)を浴びて窮地に陥った。トラス首相は慌てて「盟友」財務相を更迭、目玉となる減税政策の撤回など以後の迷走から辞任に至ったのは周知の通りだ。

『減税だけで問題解決』の幻想 !?

しかし、日本の報道も迷走とは言わないまでも、トラス氏の失敗の原因を的確に指摘していたとは言い難い。辞任速報を見ても「減税政策の失敗」(テレビ朝日)などと減税のみが槍玉に挙げられている印象が強い

国際政治学者の三浦瑠麗氏もツイッターで「トラス英首相の退陣と一緒に、『減税だけで問題を解決ができる』という幻想が消えてくれると嬉しいです」と投稿。ポピュリズムに対する警鐘を鳴らしたつもりで述べたのかもしれないが、案の定、減税派から岸田首相の写真と共に「政府に都合いいツイートしてくれてありがとう」と皮肉られる始末だ。

バイデン大統領には減税策に苦言を呈されたトラス氏(Number10/flickr)

こうした日本側の稚拙な捉え方に比べると、FTはさすがに本質を深くとらえている。前編集長は親会社の日経への寄稿で、「低金利の時代が終わった今、英国の経済的な病に対する部分的な診断ではトラス氏とクワーテング氏は間違っていなかった」と一定の理解を示している。ただし、政権の迷走を手厳しく批判、「不器用なコミュニケーションと、選挙での信任がない中での傲慢な権力の主張は、二人(トラス氏とクワーテング氏)の破滅を確実なものにした」と断じたが、読んでいてフェアに感じた。

さまざまな論評を読んでいると、短命に終わったコトの本質は「小さい政府なのか大きな政府なのか実態不明な政策」だったことが市場の信認を失ったことにあるのではと感じさせる。むしろ小さな政府に振り切れず、「鉄の女」になりきれなかった決断力を欠く結果をなぜもたらしたのかが興味深い。

なお余談ながら、トラス辞任を巡っては同じ減税を掲げる人たちでも、MMTを進歩する、れいわ新選組関係者などが「自分たちが間違ったわけではない」と強弁しているが、彼らの辞書には「財政破綻」の4文字はなく、歳出削減は敵視あるのみで、保守自由主義の減税派とは全く性格が異なることは念を押しておきたい。