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「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。

 そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。

文/清水草一
写真/シトロエン、フォッケウルフ

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■これはハイドロじゃない!?

 先般、フランスの名門・シトロエンの新しいフラッグシップカー、「C5 X」が発売された。そのデザインは、「これがクラウンクロスオーバーの元ネタ?」とも思わせる、SUV風の5ドアハッチバック。スタイリッシュかつアクティブなイメージで魅力的だ。

 ただ、シトロエンと言えば、デザインと並んで乗り心地がウリ。1955年、シトロエンDSで初登場したハイドロニューマチックサスペンションは、「魔法のじゅうたん」と呼ばれ、長年マニアに愛された。その後ハイドロニューマックは、ハイドラクティブに進化し、信頼性も向上したが、フランス製の高級車需要はしぼむいっぽうで、2015年、C5の生産終了とともに、60年の歴史に終止符を打ったのだった(涙)。

2000年代のシトロエンのフラッグシップモデルとして君臨したC5。2代目モデルは2008年に日本へ導入され、2015年まで販売された

 現在は、シトロエンが次世代ハイドロと謳う「プログレッシブ・ハイドローリック・クッション(PHC)」が開発され、C5エアクロスに搭載。その乗り味は、確かにマシュマロのようにフワッフワではあるものの、あくまでショックアブソーバーのみの技術。オイルとガスを使い、スプリングとショックの役割を同時に果たしていた旧ハイドロ系サスとは構造が根本的に異なり、乗り味もかなり違う。

 C5 XもPHCを採用しているが、C5エアクロスに比べるとサスペンションがスポーティでフワフワ感がなく、通常のサスペンションと見分けられなかった。距離を走りこめば乗り味が変わってくる可能性はあるが、シトロエンファンとしては「これはぜんぜんハイドロじゃない!」と言うしかない。

 かく言う私は、ハイドラクティブIIを搭載したエグザンティアブレーク最終型と、ハイドラクティブIII搭載の2代目C5セダン中期型(1.6Lガソリンターボ)の所有経験がある。

 個人的には、エグザンティアがハイドロ系シトロエンの所有初体験で、そのインパクトは絶大。リアサスはトレーリングアームゆえ、コーナリング中に段差を超えると横っ飛びしてしまったり、路面の小さな凹凸が吸収できないなど欠点も多かったが、高速道路で大きなうねりを乗り越た時は、車体が水平を保ったままフワーンと気持ちよく上下して、これぞ魔法のじゅうたん! と感動した。

■C5へと受け継がれたハイドロサス

 ハイドロ系シトロエンは、このあたりの世代までは、欠点も多いけれど美点がそれをしのぐ、いかにもマニア受けな仕上がりだったと言える。

 ハイドロ系シトロエンというと、油圧系統の故障が非常に恐れられていたが、エグザンティアは信頼性が大幅に向上しており、私の場合、7年間の所有期間中、その手のトラブルは一度もなく、スフィアの交換も必要なかった。トラブルと言えば、サビによるマフラーの折損とパワーウィンドウ落ち、リアゲートからの雨漏りの3回のみ。「緑色の血(LHMオイル)を噴き出して息絶える」という伝説の故障には一度も出会えなかった。マニア的には若干無念である。

 エグザンティアの後継モデル、初代C5は、ハイドラクティブIIIに進化して、ブレーキとステアリングの油圧制御がサスペンションとは別系統となり、乗り味もかなりしっかりとフツーになった。後期型のV6モデルは、ハイドロらしさをかなり取り戻していたが、初代C5はデザインが不評で、シトロエンファンはあまり飛びつかなかった。

 続く2代目C5は、デザインの質感が大幅に向上したことで、ファンの注目度は急回復。日本への導入は2008年からで、当初は3.0L V6と2.0L直4(ともにガソリン)が用意されたが、2010年、2.0Lに代わって、PSAグループがBMWと共同開発した1.6Lのダウンサイジングターボ(156ps)が投入された。

7年ぶりのモデルチェンジとなった2代目C5は4ドアセダンとステーションワゴンが設定されて登場。ワゴンモデルは「C5ツアラー」と名付けられた

 当時、ダウンサイジングターボ技術は欧州を席巻中で、私はハイドロ系サスよりもむしろこのエンジンに大きな魅力を感じ、C5セダンセダクションを購入。大きなボディを比較的小さなエンジンでゆったり走らせるのは、シトロエン本来の在り方なのである。

 ただ、ハイドラクティブIIIの乗り味は、ハイドロっぽさが薄まっていて、エグザンティアの濃厚な味わいには及ばなかった。1.6ターボエンジンも、燃費はまあまあだったが、理詰めで味わいが薄く、結局2年で飽きて手放した。その後、C5の生産終了によってハイドロ系サスが絶滅したのは前述の通りだ。

■最終型ハイドロ・C5後期型に乗る男

 が、実はこの直後に「名車」が登場していた。2011年のマイナーチェンジ後の、「2代目シトロエンC5後期型」である。マイチェンの中身は、エクステリアの小変更程度だったが、実はサスペンションのセッティングもかなり変えられているらしく、乗り味が非常にシトロエンらしくなっていた!

 私のカーマニア仲間で、2013年式のC5ツアラーのオーナー、K氏はこう語る。

「あまり故障しない、安心安全なハイドロが欲しくて、これを選びました。超絶フラットライドで高速クルージングが最高! 首都高のジョイントすら気持ちいい! ジョイントを越えるのが楽しみで仕方ありません。中期型も数回、清水さんの愛車を運転させてもらいましたが、首都高のジョイントを越えた時のいなしは、うちのほうがいいように感じます」

K氏のC5ツアラー(後期型)の足まわりは、ジョイントに限らずあらゆるシーンでふんわり感が高く、「これぞシトロエンの乗り味」だ

「自分のC5こそ、最後の、そして至高のハイドロらしいです。最近、水漏れなどトラブルが始まっていて、今後、地獄が待っているかもしれませんが、最後のハイドロ・シトロエンのオーナーとして、延命にいそしみます!」(K氏)

 シトロエン好きの間では、現実的な選択肢として、「C5後期型の中古車がベスト」との評価が固まりつつある。流通台数は極めて少ないが、相場的には100万円前後とリーズナブル。いま手に入れて大事に乗っていれば、いずれ化ける……可能性もゼロではない。最後の最後に出た最終ハイドロC5は、マニア感涙の「さよなら名車」と言えるだろう。

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