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ムーヴキャンバスは売れてるのにね……見かけなくなった「キャンバストップ」の利点と欠点

 一世を風靡しながら、すたれてしまった装備というのはいろいろあるが、その中でも印象深いのがキャンバストップだ。1980年代後期に登場し、そのおしゃれなルックスで売れたフォード フェスティバは大きなヒットとなった。

 その後、各メーカーからこれに追随するモデルが登場したものだ。比較的低価格でオープンエアが楽しめる半面、屋根を覆う幌は遮音性が低く、雨が降ろうものならドラムをたたいたような音が鳴り響くという欠点があった。

 そのためか装備の人気はガラスルーフに移り、日本車ではとうとう設定車がなくなってしまった。

 ムーヴキャンバスが登場した時は、無意識にキャンバストップが復活したかと思ったものだが、当然設定話。

 そんな失われてしまったキャンバストップを振り返ろう!

文/渡辺陽一郎、写真/ベストカー編集部、TOYOTA、NISSAN、MAZDA、SUBARU、DAIHATSU

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■クルマの「キャンバス」といえば……

2022年7月登場のダイハツ ムーヴキャンバス。売れ行きは好調だが、今回のテーマとは名前以外の関連性はない

 軽自動車の中でも、特に高い人気を得ているのが、スーパーハイトワゴンと呼ばれるタイプだ。全高が1700mmを上まわり、後席側のドアをスライド式にしている。背の高いボディで車内は広く、スライドドアは開閉時にドアパネルが外側へ張り出さないから乗降性も良い。

 さらにスライドドアなら、横開き式と違って電動開閉機能も装着できる。子供を抱えた状態でも乗り降りしやすく、スーパーハイトワゴンは、子育て世代のファミリーカーとして人気を高めた。

 ダイハツはスーパーハイトワゴンの主力車種としてタントを用意するが、少し背の低いボディにスライドドアを装着したムーヴキャンバスも設定している。全高は1655mmだから、タントに比べて100mm低いが、後席側のドアはスライド式だ。販売が好調で、2022年7月には新型にフルモデルチェンジされた。

 ムーヴキャンバスの開発者は次のようにコメントした。

「スライドドアを装着した軽自動車が欲しいが、タントほど背の高いボディは必要ないと考えるお客様もおられる。そこで先代ムーヴキャンバスを開発した。新型では、初代から継承した可愛らしい外観を一層洗練させている。

 特に今の30歳前後までのお客様は、ミニバンで育っており、スライドドアが定番の装備になった。新型の受注も好調で、発売後1か月で2万6000台に達している」

 ミニバンが普及を開始したのは、初代ステップワゴンが発売された1996年頃だ。1990年に生まれた子供は、当時は6歳だった。ファミリーカーとしてミニバンに親しんだ人も多く、今は立派な大人に成長して32歳前後になる。

 スライドドアには前述の通り乗降性のメリットがあるが、それ以前に「クルマの基本形」として親しみを感じるユーザーも増えた。

 ちなみに「キャンバス」とは油絵などにも使われる帆布のことだが、ダイハツでは「CAN:何でもできる+BUS:ミニバスのようなデザイン性」と説明している。

■日本の「キャンバストップ」の歴史

1959年にコンバーチブルが追加されたスバル360。日本のキャンバストップの誕生は、日本の大衆車の誕生とほぼ同じ時期なのだ

 「キャンバス」といえば、中高年齢層のドライバーは、往年の「キャンバストップ」を連想することもあるだろう。これはまさにルーフにキャンバス(帆布)風のビニールなどを使っており、折り畳んで開ける構造だ。

 既存のクローズドボディをベースに、天井部分をカットして開閉式のキャンバスを採用することにより、気軽にオープンドライブを楽しめた。

 キャンバストップの歴史は古く、1958年に発売されたスバル360は、1959年にコンバーチブルを加えた。スバル360はモノコック構造だが、ピラー(柱)とルーフを囲む部分だけで、ボディ剛性を確保できる。

 そのためにルーフはFRP(繊維強化プラスチック)で軽量化され、発売時点の車両重量は385kgだった。当時の軽自動車を100kg以上も下まわり、比率に換算すれば、ほかの車種の70~80%に収まる。

 この特徴を生かしたのがコンバーチブルだ。実質的にはその後のキャンバストップと同様の構造で、ピラー以外のルーフ部分が幌になる。リヤウインドーの部分まで含めて、前から後ろ側に向けて巻き取るように格納できた。

 当時のクルマにはほとんどエアコン(冷房)が装着されず、実際に涼しいか否かは別にして、清涼感を味わえることからコンバーチブルが人気を得た事情もあった。

 この後、ボディがフルオープンになるコンバーチブルは、トヨタ パブリカ、ダイハツ コンパーノスパイダーといった具合に残ったが、スバル360のようなルーフ部分だけを巻き取るキャンバストップは廃れていった。

 特に1960年代の後半から厳しい排出ガス規制が実施される1970年代中盤までの約10年間は、クルマの走行性能、乗り心地、装備、内外装の質などが急速に進化した。この影響でオープンドライブの爽快感は、ユーザーのニーズからはずれていった。

■一度は廃れたキャンバストップが再注目!

1986年登場のフォード フェスティバ。マツダが当時のオートラマ店で販売しており、日本初の電動キャンバストップを採用していた

 ところが1986年になると、キャンバストップが登場した。装着したのは、マツダが当時のオートラマ店で販売したフォードブランドのフェスティバだ。日本初の電動キャンバストップを採用して、スイッチ操作で手軽にオープンドライブを楽しめた。

 開いてもピラーやサイドウインドーは残るが、天井は大半が畳まれるから、一部だけが開くサンルーフに比べて大幅に開放的だ。一般的なコンバーチブルの場合、開放感は抜群でも手動式になると操作が面倒だが、キャンバストップは扱いやすく雨が降り始めた時も安心だった。

 価格も割安だ。フェスティバキャンバストップは、直列4気筒1.3Lエンジンを搭載して、3速AT仕様が108万8000円だった。クローズドボディで装備を充実させた1.3ギアの3速ATが103万3000円だから、価格の安さでも注目された。

 ほかのオープンモデルは、1984年に発売されたホンダ シティカブリオレが138万円、マツダ ファミリアカブリオレは195万円だったから、フェスティバキャンバストップはオープンモデルの中でも特に安かった。

 フェスティバはキャンバストップの採用で人気を高めた。その背景には、当時のクルマを取り巻く環境もあった。インターネット、メール、携帯電話などがなかったから、自宅でコミュニケーションを図るツールは固定電話だけだ。情報を得られる媒体も、TV、ラジオ、新聞、雑誌程度しかない。

 自宅にいても退屈だから、外へ出かけたくなる。彼女や友人と直接会ったり、一緒に出かけられるクルマは、大切なコミュニケーションツールであった。

 そのために当時は若年層の間でもクルマの人気が高く、移動をさらに楽しく、爽快にできる手軽なオープンモデルのキャンバストップが注目された。キャンバストップを開いて走ると、日常的な移動でも気分が変わり、ドライブに出かけたような満足感を味わえた。

 フェスティバの成功を受けて、当時はキャンバストップが流行した。コンパクトカーでは初代日産 マーチ、3代目/4代目のトヨタ スターレット、軽自動車では5代目三菱ミニカなどがキャンバストップを採用している。

 このキャンバストップが、今の日本車には用意されていない。選択できるのは輸入車だが、ルノー・トゥインゴなどに限られてしまう。

■「コミュニケーションツール」から「移動の手段」へ

2002年登場の2代目マツダ デミオに設定されたキャンバストップ仕様

 キャンバストップが廃れた背景には、先に挙げたクルマの位置付けの変化がある。

 昔はコミュニケーションツールで、日常生活を楽しむ上で不可欠な存在だったが、今はインターネットやSNSなどが普及したから移動のツールになった。クルマをコミュニケーションツールとして楽しく使うニーズが薄れ、オープンドライブも衰退している。

 その結果、オープンドライブは、外観のカッコ良さを含めて特別な存在になりつつある。日本車ではスポーツカーのロードスター、輸入車も主にスポーツカーと、プレミアムブランドの上級カブリオレに限られるようになった。

 さらにいえば今の風潮も影響しているだろう。「他人と違う目立つことはしたくない」という気持ちが働いている。冒頭で触れた軽自動車にも、その傾向が見られる。

 あるメーカーの商品企画担当者は「スーパーハイトワゴンを買うと、背の高い軽自動車を所有しているお客様同士でコミュニケーションを図りやすい」と言った。

 要は幼稚園の送り迎えなどで、ホンダN-BOX、ダイハツタント、スズキスペーシアなどに乗っていると、母親同士の足並みがそろって仲良くできるらしい。そこがうまく行かないと、子供に影響が及ぶ心配も生じる。

 またあるスポーツカーの開発者は「スポーツカーが売れなくなった背景には、イジメの構図がある」とコメントした。自分だけ個性的なスポーツカーに乗っていると、周囲と馴染みにくく、仲間ハズレにされる心配があるというわけだ。

 キャンバストップが廃れて、ムーヴキャンバスが人気を高めた今のクルマの売れ行きには、いろいろな事柄が関係している。せめて好きなクルマを自由に選べる時代になって欲しい。

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