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先週後半は、外国為替市場で32年ぶりとなる「1ドル=150円」を記録。政府・日銀の「円買い介入」も虚しく、効果は一時的で本稿執筆時点(24日午前2時)で147円台まであえなく押し戻された。

止まらない「円安」の流れにあって、最近ネットで話題になっているのが「外国為替資金特別会計(外為特会)」だ。急激な円安で生まれた含み益を経済対策の財源にしようという提案だ。

玉木氏「円安でウハウハ」

外為特会による財政ファイナンスの旗振り役となっているのが、高橋洋一氏と国民民主党玉木代表だ。共に財務省OB。意気投合した2人はYouTubeでも対談し、彼らの試算では含み益は37兆円もあると“怪気炎”をあげる。

外為特会の活用を訴える玉木氏(10月6日衆院インターネット中継より)

高橋氏は過去にもその活用を提唱しているが、衆参合わせて20人の議員を擁する公党の党首が、国会質問でぶち上げるとなると“重み”は違う。「国の特別会計は円安でウハウハです」というキャッチーな物言いもあって、週刊誌系のネットニュースまで食いついてきた。

これに対し、財務省側は案の定、塩対応だ。鈴木財務相は18日の衆院予算委で、外為特会を使ったに財政ファイナンスについて「評価損益は為替レート次第で大きく変動する」「その時々で変動する外国為替評価損益を裏付けとして財源を捻出することは適当でない」などと否定的だ(参照:ロイター)。

岸田首相の国会答弁によると、今年3月時点の評価損益は1兆円に過ぎないとしている。ただ、3月末時点では1ドル=122円台だったから、含み益が岸田首相の言う数字だとしても150円まで円安になった昨今は、単純計算で1兆2000億円は最低でもあることになる。

外為特会が「霞が関埋蔵金」として熱視線が送られてきたのは今に始まったことではない。かつて民主党政権で環境相などを務めた自民党の細野豪志衆院議員は9月下旬、玉木氏のツイートに反応する形で「小泉政権の予算委員会で特別会計の埋蔵金論争をやったことがある」と往時を回顧。「特別会計の中でも外為特会は最大級。民主党政権では円高で全く手をつけることができなかったが、外為特会から円安対策の財源を捻り出すのは筋がいい政策だと思う」と一定の理解を示した(ツイート)。

Nelson_A_Ishikawa /iStock

読売、朝日はスルー、意外なのが…

ネットやタブロイドメディアでは盛り上がる「外為特会」だが、主流派のメディアは全くもってスルーしている。朝日新聞のデジタル版で「外為特会」を過去記事を検索しても円買い介入時の解説記事(9月)と、20年予算案で財政規律の乱れを嘆く財務省OBの経済学者(19年12月)の2件でサラリと言及されているだけだ。読売新聞オンラインに至っては、少なくとも過去1年で検索には1件もなかった。

毎日新聞は今月11日に記事が載っている。政界を引退した、元みんなの党代表の渡辺喜美氏のインタビュー記事で、円買い介入に代わる円安対応策として外為特会のスリム化をあげているが、玉木&高橋コンビの文脈とはやや異なる上に、渡辺氏が「持論」として示さなかったらその4文字を記事化することはなかっただろう。

東京・大手町の日経新聞本社(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

他方、興味深いのが日経新聞だ。電子版では2010年以降でなんと100件余りもある。民主党政権時代を含む、検索期間が他紙の電子版よりかなり長いことは考慮すべきだが、ただ数が多いわけではない。ベテラン記者のコラム記事などでも随時集中的に取り上げている。

安倍政権時代の16年1月には、ツイッターでもおなじみ滝田洋一編集委員が軽減税率の財源探しで外為特会が「埋蔵金」として熱視線が送られていた様子をコラム化。同年12月には、2017年度予算編成で、外為特会の運用益2.5兆円を一般会計の歳入に繰り入れた財務省の対応を「奥の手」と題してクローズアップ(記事はこちら)するなど、ひときわ関心が強い。

経済・財政政策への見識が他紙より深い日経の面目躍如と言えるが、しかし決して好意的に取り上げているわけではない。滝田氏に至っては「『米びつの底に手を突っ込んでいる』とみられたりするのは禁物だ」とまで釘を刺している。

発想は悪くないが…

こうした経緯を見ると、政権内で、財務省の意向にとらわれずに財政ファイナンスを柔軟に検討していたあたり、良くも悪くも「官邸一強」だった安倍政権らしさを思い出させる。

いずれにせよ、その安倍政権時代より円安が加速度的に進んでいる現状は、外為特会による財政ファイナンスを取り巻くフェーズは明らかに変わった。減税の観点からすれば、国家予算をバランスシート(BS)的に捉え、国民から搾取する分はできるだけ減らし、資産部分からやりくりする発想で、円安を逆手に「へそくり」を繰り出すのは発想としては悪くはない。

ただし、それは赤字会社の消費税還付金を得るのと似たようなもので、「胸を張れる歳入」とは言い難い。この手の「短期思考」のファイナンスやBS論はリフレ系の論者が好む印象があるが、BSの負債に1000兆円を優に超える公的年金の「隠れ債務」を考慮して見た場合にまでへそくりファイナンスを「是」と言えるのか。リフレ論者も政治家もこの話になると、口が重い。

ただの人気取りではトラス英首相の二の舞だ。結局は、目先の急場を凌いだ後、社会保障コストを削減し、規制改革を断行。産業構造や労働市場の改革に遅まきながらメスを入れることができるのかが本丸だろう。

もちろん、財務省が復権した岸田政権下では外為特会ファイナンスを実現するハードルは大きく上がった。財務省の顔色を伺う主流メディアで話題にするのも容易ではないが、ネット上の「分断」を少しでも狭める動きが今後出てくるのだろうか。