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 「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。

 そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。

文/清水草一
写真/トヨタ

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■最後のFRシャーシが元気を取り戻している?

 新型クラウン「クロスーバー」が発売され、いよいよクラウンが完全に新世代化した。トヨタの思い切りのよさには脱帽するしかないが、今のところ、それほどの人気爆発にはなっていない。受注は、発売開始から1カ月で2.5万台。一見、多いように感じるが、不評だった先代型が1カ月で3万台だったのと比べても、少し落ちている。

 トヨタでは、多くのモデルが納期1年以上になり、なかには受注停止になったモデルもあるが、クラウンクロスオーバーは現状6カ月から8カ月程度で、納期が早い「推奨仕様車」なら、3カ月程度で可能な場合もあるようだ。

 なにしろ国産車として最も長い歴史を持つモデルだけに、「新型が出たら必ず買い替える」というユーザーが多く、彼らがルーティン的に注文を入れていたことで、ボディカラーは、相変わらず「白」が約半分を占めているという。今度のクラウンは白というイメージではないが、伝統的なクラウンユーザーにとっては、クラウンと言えば白なのだ。

 一方では、「さすがに今度のちょっと違うなぁ」というクラウンユーザーも少なくないはず。かといって、いきなり新規客が押し寄せるほどでもなく、新型の人気は、いまのところほどほどといったところだ。

 反面、最後のFRシャシークラウンとなった15代目の先代モデルが、妙に元気を取り戻しているような気がしてならない。

2018年6月に登場した15代目となる先代型クラウン。伝統的なセダンスタイルを継承していた

 正直なところ、先代クラウンは、歴代クラウンのなかで最も中途半端で魅力がないと思っていた。クラウンの伝統を守りつつ、スポーティな6ライトスタイルを採用し、ニュルブルクリンクで走りを鍛えたというコンセプトには、どこか無理があった。おかげで伝統は薄味になり、走りもドイツ御三家に届かずの、どっちつかずになってしまった。

 ところが、新型がFRを捨て新世代に移行したことで、先代型はある意味「ラスト・クラウン」となった。その途端、なぜか街中で先代クラウンを見る機会が増え、オーナーがみんな誇らしげに感じられる。気のせいだとは思うが、先代クラウンは「ラスト」になったことで、こちらの見る目が変わり、特にスポーティなRS系が、今までより輝いて見え始めた。

■パワフルでスポーティな純内燃エンジン搭載車

 中古車相場を見ると、先代クラウンはかなりの高値を維持している。現在は高年式の中古車の価格がおしなべて高いので、先代クラウンが特別に高いというほどではないが、新車価格500万円強だった2.0RS系で450万円前後が中心。新車価格から100万円下がっていれば御の字だ。

 考えてみれば、先代クラウン2.0ターボRS系は、「純内燃エンジンを搭載した、パワフルでスポーティな後輪駆動車」という貴重な存在だった。登場当時はいろいろな意味で中途半端に思えたが、失ってみると惜しい気がしてくるのである。

 先代クラウン2.0RS系は、2.0L直4ターボエンジンを搭載し、最高出力245ps、最大トルク350Nm。クラウンと言えば直6かV6というイメージがあったものだが、先代でV6を積んでいたのは3.5ハイブリッドのみで、2.5ハイブリッドも直4。ガソリンエンジンはこの2.0L直4ターボのみだった。

パワートレインは、2.5Lエンジンベースのハイブリッド、3.5L V6ベースのハイブリッド、そして2.0L直噴ターボ(写真)の3種類をラインナップ

 クラウンに直4と聞くと、「ショボくない?」という気もするが、この8AR-FTSエンジンは、ボア/ストローク86mmのスクエアタイプ。特筆するほどの特徴はないが、全域で適度にスポーティに回り、適度に気持ちいい。現役当時は「個性も特徴も薄い」と感じたこのエンジンだが、今となっては「悪くなかったなぁ」と思ったりする。

 足まわりは、ニュルで鍛えただけにかなりスポーティだ。現役当時は、クラウンらしいふわっとした乗り味がほとんど感じられないわりに、BMWのようなシャープかつ盤石な感覚もなく、二兎を追うもの一兎をも得ずだったが、それはBMWと比較しての話であり、隣の芝生と比べなければ、日本の道路環境ではスポーティだった。

■これぞニッポンの誇る「お・も・て・な・し」!?

 それでいて先代クラウンには、「オートスイングルーバー」という、自動的に風向きを変えるエアコン吹き出し口を装備していた。先代の登場当時は、「もはやクラウンの伝統を感じさせる装備はこれだけになった」と思ったが、新型クラウンクロスオーバーからはこのオートスイングルーバーが消えている。つまり、先代のオートスイングルーバーは、クラウン最後の伝統的装備品だった。

上級サルーンらしくシンプルかつ質感の高い作り込みがなされたインテリアデザイン。「オートスイングルーバー」をはじめ快適装備も充実している

 このオートスイングルーバー、実際に使ってみると、実に優れものだ。なにしろエアコンセンターの吹き出し口からの風を、扇風機のように首を振って送り出してくれるのだから、車内の温度を均等かつ快適に保つのに非常に有効。近年、エコのために家屋内でもサーキュレーターの使用が増えているが、オートスイングルーバーは、クルマのサーキュレーターだった。

 エンジニアは、「現代のクルマのエアコンは、制御が緻密になったからこんなものは必要ない」と言うかもしれないが、ルーバーを固定していると、体の一か所が冷えすぎたりして、やむなく向きを変えると今度は暑い、といったことは日常茶飯事だ。オートスイングルーバーがあれば、そんな不都合はサッパリ解消される。

 しかも、オートスイングルーバーを動かすと、縦型のルーバーがちまちまと左右に首を振ってなんともかわいらしく、心が温まる。「これぞニッポンの誇るおもてなしの心!」と言いたくなる。先代クラウンは、オートスイングルーバーを装備する最後のクラウン。その事実だけでも、「名車」として顕彰したくなるのは、私だけだろうか……。

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