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「モータースポーツで有利に戦える要素を工場出荷状態から盛り込んだ市販車」というコンセプトで開発されたGRヤリスが登場してから約2年が経った。

 海外ではWRCのトップカテゴリー、国内では全日本ラリーやスーパー耐久といったモータースポーツで大活躍しているGRヤリスであるが、今年8月末から1.6Lターボ4WD車を対象に「アップグレード」と「パーソナライズ」というふたつのメニューから構成される「GRアップグレードセレクション」と呼ばれるソフトウェアによる性能とフィーリング向上のプログラムが開始された。

 ここではGRヤリス1.6Lターボ4WDを登場直後に自分のものにし、2年間で1万5000km乗り、「GRアップグレードセレクション」を体感する機会に恵まれた筆者がその過程や効果をレポートしていこう。

本文/永田恵一、写真/Gazoo Racing

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■GRアップグレードセレクションってどんなもの?

PC上でGRヤリスの「アップグレード」を施すことで最大トルクがノーマルの37.7kgmから39.8kgmに向上するのだ

 そもそもGRアップグレードセレクションが生まれた背景は主にふたつだ。ひとつ目は現代のクルマはエンジンを制御するECUをはじめ、電子制御スロットルや電動パワステ、横滑り防止装置や4WDの制御など、多くの部分が機械的なパーツとソフトウェアで構成されている。そのため、極端な表現をすればパソコンやスマホの更新のようにソフトウェアだけであとから性能やフィーリングの向上が可能となっている。

 既存の車種でソフトウェアによる性能やフィーリングの向上として代表的なものとしては、マツダ3とCX-30の初期モデルのSKYACTIV-Xと1.8Lディーゼルのエンジンなどの性能を改良後のものと同等とする「マツダスピリットアップグレード」や、ボルボが行っていたエンジンの性能向上に加え、各種制御もスポーツ走行に適したものに変更する「ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェア」が挙げられる。

 続く背景のふたつ目としては、モータースポーツの現場ではソフトウェアによるセッティング変更の恩恵が非常に大きいことがある。GRヤリスでいえばスーパー耐久(ルーキーレーシング)や全日本ラリー(Gazooレーシング)で行われていることで、ドライバーの好みや天候などに応じたセッティング変更が比較的短時間で行えるというのは、時間がかぎられているモータースポーツの現場では非常に有利だ。

 という世界観やモータースポーツからのフィードバックをGRヤリスの一般ユーザーにも味わって欲しいというのがGRアップグレードセレクションだ。

■ふたつのメニューで何がどう変わる?

試乗会でGRのスタッフよりメニューの詳細について説明を受ける筆者。どのように変わるのか、GRヤリスオーナーならずとも気になるところ

 冒頭に書いたGRアップグレードセレクションを構成するふたつのメニューを具体的に紹介していこう。

 まず、「アップグレード」はエンジン性能を272psという最高出力こそ既存車と変わらないものの、既存車では3000~4600rpmの間で37.7kgmを発生していた最大トルクが加給圧を含めたエンジン制御の変更により、3200~4000rpmの間で39.8kgmに向上する。

 この数値は数値としては500台限定のGRMNヤリスと同等で、トルクアップの領域が頻繁に使う中回転域だけにスポーツ走行時はもちろん、一般道での走行でもフィーリングや実質的な速さの向上が期待できる。

 モータースポーツでのソフトウェアでのセッティング変更同様、「クルマをオーナーに合わせるもの」となる「パーソナライズ」は電子制御スロットルによるアクセルレスポンス、3つのモードから選べる4WDの駆動配分においてタイム重視となるトラックモードの駆動配分、電動パワステによるハンドルの重さを各々標準状態を含めて3つから選んで設定できる。

具体的な設定は、次のようなものとなる。

・アクセルレスポンス/アクセル操作に対し、シャープに反応するレスポンス重視、標準、アクセル開度30~70%という過渡領域のコントロール幅を広げたコントロール重視

・トラックモードでの4WD駆動配分/前55:後45、標準(前後50:50)、前45:後55

・ハンドルの重さ/重め、標準、軽い

「アップグレード」と「パーソナライズ」のインストールは、「アップグレード」(14万1400円)を全国のGRガレージかインターネット上のKINTO FACTORYから申し込むことから始まる。

 なお、昨年6月に登場したGRヤリスにスーパー耐久を走るルーキーレーシングのレーシングカーの雰囲気を内外装に盛り込んだKINTO専用車となる「モリゾウセレクション」では、「パーソナライズ」はすでに展開されており、料金は「アップグレード」も含め月々の使用料に含まれる。

■「パーソナライズ」には「アップグレード」を前提にふたつのやり方を設定

試乗会でスタッフに感想を伝える筆者。こうしたやり取りによるフィードバックは重要で、オーナーのドライビングスタイルの変更にも対応してもらえる

「パーソナライズ」は「アップグレード」のインストールを前提に、ふたつの方法がある。ひとつ目はGRガレージでの施工でいったん完了というもの。これは「自分が目指したい方向」などを専門知識を持つGRコンサルタントとのディスカッションを通し、セッティングを決めるもので病院で例えると、症状に対して問診と治療を行うイメージだ。

 ちなみに最初のパーソナライズのあとも、オーナーのドライビングスタイルの変化などにより再度パーソナライズをしたい場合には8800円で可能だ。

 ふたつ目は今回体感会が行われた富士スピードウェイのジムカーナ場をはじめとしたクローズでのイベント参加も伴うもの(料金は+1万5000円)。

 筆者はこちらに参加したのだが、こちらは後述するようにトヨタGR部門のスタッフとの問診という名のディスカッション、開発ドライバー氏が同乗してのフルブレーキ&オフセットブレーキ(緊急回避しながらのフルブレーキ)、スラローム、小さな円での定常円旋回というスポーツ走行によるオーナーのドライビングスタイルの診断、診断結果を通じた「パーソナライズ」の提案、「パーソナライズ」後の走行&ディスカッションというテンコ盛りのメニューとなる。

 こちらは病院で例えると、「精密検査も行い、入念に治療方針を話し合った上で実際の治療を行う」というイメージだ。

 なお、パーソナライズイベントで使うGRヤリスはオーナーのものではなく、トヨタ側が用意するもので、実際のアップグレード&パーソナライズの施工は診断カルテをもとに後日GRガレージで行われる。

■「アップグレード」と「パーソナライズ」の効果はいかに?

試乗会でアップデートが施されたGRヤリスを運転し、その効果を体感している筆者。もともと全域パワフルなGRヤリスだったが、それ以上に運転しやすさにも磨きがかかったそう

 今回は取材ということで、「アップグレード」の前後も体感できた。まず「アップグレード」前のどノーマル状態は、GRヤリス1.6Lターボ4WDはいつも自分で乗っているクルマながら、それほど広くないところでの試乗だったこともあり、この状態でも「1.6Lながら全域パワフルで速い!」ということが改めてわかった(笑)。

「アップグレード」後は効果のデータが3000rpm台でのトルクアップということもあり、2速3000rpmからの加速を中心に試したところ、試したかぎりでは3000rpm台以上に4000~5000rpmでのターボ車らしい爆発的な加速感の向上が印象に残った。

「アップグレード」後の効果は一般道なら「3速3000rpmからの上り坂での加速」、スポーツ走行なら「高めのギアでのコーナーからの脱出」といった、より実践的なシーンでのほうが体感できそうな雰囲気だ。

 筆者個人はGRヤリスでのスポーツ走行は、GRヤリスはスポーツ走行をするとタイヤをはじめとした消耗品の出費が嵩みそうなため、冬場にスタッドレスタイヤだけですむのに加え、クルマの負担が少ない氷上や雪上という低ミュー路でしかほぼやっていない。

 そのためアップグレードの効果で、それほどエンジン回転を上げない低ミュー路でのパワードリフトがトルクアップでよりやりやすくなると嬉しく、それは確実だろう。

 さらにメーカー純正ということもあり、動力性能が向上しながら前述のマツダやボルボ同様に車両保証は継続されるというのも大変嬉しい。

 イベントでの「パーソナライズ」はGR部門の開発スタッフとのディスカッションからはじまるのだが、これが「パーソナライズ」に向けた「自分が目指したい方向」など、過去の車歴なども加味しながらの内容が実に多岐に渡る。

 筆者はGRヤリス1.6Lターボ4WDの絶対的な性能自体には十二分に満足しているため、「より運転しやすく、コントロールしやすい楽しく運転できる方向で(可能なら特に低ミュー路で)」という方向でお願いした。

■オーナーのスポーツ走行で実際にデータ収集

データ収集のため、スタッフに同乗してもらってスポーツ走行について分析してもらう。この走行データをもとにディスカッションを実施するという

 次は精密検査にあたる、オーナーのドライビングスタイルのデータ収集のため横滑り防止装置オフ&4WDトラックモードで行うスポーツ走行だ。開発ドライバー氏によるお手本走行のあとに実践となるのだが、筆者の運転は特にクルマに嫌がられるようなこともなく(たぶん)、「そこそこ」とか「普通」というところだったようだ。

 スポーツ走行後は自分と開発ドライバーの走行データの比較も行いながらのディスカッションだ。これが筆者は今まで計測装置を使って自分の走行データを見たことをなかったこともあり、非常に面白かった。

 昨今、スポーツ走行が上手くなるために重要なのは「車載映像と、自分や他人の走行データを合わせて分析すること」と言われるのがよく理解できた。

 GRヤリス自体に対しては乗り慣れているクルマというのもあり、データ収集のためのスポーツ走行をしても大きな不満はなく、走行データでも目立ってひどいところというのもなかった。

 だが、ここからがイベント参加によるパーソナライズの価値で、ディスカッションの結果、アクセルレスポンス/アクセル操作によるクルマの向きを変えやすくため「コントロール重視」、4WD/(筆者は現在BRZを持つなどFR車の経験が多いこともあり)「前45:後55」、ステアリング/低ミュー路含めたインフォメーションを取りやすくする目的も含めて「重め」というパーソナライズを各々お願いした。

 パーソナライズ後のGRヤリスは全体的に「より乗りやすくなった」という印象だ。特に定常円旋回では変更の相乗効果でより曲がりやすくなり、コントロール重視にしたアクセルレスポンスと重めにしたステアリングによりアクセル操作による向き変えがしやすくなったことで、ステアリングの操作量の減少が体感、車載映像、走行データ各々から確認できた。

 また、走行データが開発ドライバー氏に近いものとなったのも見逃せないパーソナライズの効果といえるだろう。

■手軽に自分のGRヤリスのフィーリング向上や変化が味わえる!

パーソナライズの各指標で自分のスポーツ走行のドライビングについて詳しく分析してもらえる。自分の知らなかった世界がプログラムのインストールによって開かれるのは魅力だ

「GRアップグレードセレクション」はトルクアップをはじめとした性能向上と、パーソナライズによるフィーリングの向上や変化がソフトウェアだけで比較的手軽にできる点が非常に面白い。

 KINTO専用車のモリゾウセレクション以外のGRヤリスでこのプログラムを行うには10万円台中盤という少なくない費用が必要となるが、効果を考えれば納得できるものと断言するし、筆者も予算が用意でき次第、ぜひインストールしたい。インストールする際には事情が許すなら、知らなかった世界を知ることができるという意味でもイベント参加をオーナーには強く薦めたい。

 また、故徳大寺有恒先生(私の師匠である国沢光宏氏の師匠)の言葉に「こういったモータースポーツ参戦ベース車は、買ってくれるユーザーがそのクルマのサポーターでもあるのだから、ユーザーに何らかのお楽しみを提供することが重要」というものがあったが、GRヤリスの場合にはそのひとつが「モータースポーツも通じたアップデート」という点にも令和の時代らしい新しさを強く感じた。

 今後に関してもなかなか難しいとは思うが、イベントの実施頻度やパーソナライズできる部分の拡大を強く期待したい。

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