京都市に本社を置く老舗コーヒーチェーン「イノダコーヒ」が、投資ファンド「アント・キャピタル・パートナーズ」(東京都千代田区)に株式を譲渡したことがネットでも話題になっている。
イノダコーヒは27日、前田利宜社長名義で次のようなリリースを発表した。
この度、弊社代表取締役会長である猪田浩史による事業承継を目的とした株式譲渡が行われ、アント・キャピタル・パートナーズ株式会社が運営するファンドを新しいオーナーとしてお迎えすることとなりました。
61.5%の企業が後継者不在
1940年にコーヒー豆の卸売業として創業されたイノダコーヒは、終戦後の1948年にはコーヒーショップ形式の店舗を開業。現在、京都市内を中心に9店舗を展開する。
今回、老舗コーヒーチェーンがファンドに株式を譲渡したのは、後継者不在が理由だという。株式を譲渡されたアント・キャピタル・パートナーズは、「弊社は、今般の譲受に伴い、イノダコーヒの理念を継承しながら、更なる事業の成長と発展のサポートを積極的に行ってまいります」とコメントを発表している。
イノダコーヒに限らず、後継者不足に頭を悩ませる企業、特に地方中小企業は少なくない。帝国データバンクの「全国企業後継者不在率動向調査(2021 年)」によると、全国・全業種約26万6000社で、後継者が「いない」、または「未定」とした企業が16万社に上った。全国の企業の61.5%が後継者不在となっている。
また、日本政策金融公庫の調査では60歳以上の経営者のうち、50%超が将来の廃業を予定。その理由の約3割が「後継者不在」だった。こうした中、事業継続の道として最近、注目されているのが投資ファンドへの株式譲渡だ。
同族承継が減る一方、ファンドに注目
食に特化した事業承継ファンドを運用する「まん福ホールディングス」(東京都渋谷区)は、昨年2月に設立されたばかりだ。しかし、この1年半余りの間に、老舗仕出し弁当店「ちがさき濱田屋」(神奈川県茅ケ崎市)、熊本産牛肉の加工を手掛ける「さくらや食産」(熊本県阿蘇郡西原村)、水産物の切身加工業「山佐食品」(静岡県焼津市)、創業70年の食肉加工業「肉のハッピー」(神奈川県相模原市)、から揚げチェーン「おぐらの唐揚」(熊本県熊本市)、出前専門のすしチェーン「札幌海鮮丸」(北海道札幌市)と、多くの地方名店の事業承継を手掛けている。
また、投資顧問会社さわかみホールディングス(東京都千代田区)は、中小企業の事業承継問題の全面的解決を目指し、「5000社の事業承継プロジェクト」を推進。今年2月に個人から資金を募ってファンドを組成し、非上場の中小企業への投資を開始した。4月末までに7社を事業承継し、約300名の雇用、40億円超の売上を維持しているという。
昨年4月には、JR九州が九州地盤の中小企業に投資する地域特化型ファンド「合同会社 JR九州企業投資」を設立した。事業再生の投資ファンドを手掛けるジェイ・ウィル・グループ(東京都千代田)と共同で、後継者不足に悩む企業などに共同で出資するという。
以前は一般的だった親族への事業承継は、減少傾向にある。前出の帝国データバンクの調査では、2018年に42.7%だった「同族承継」の割合は、2020年に34.2%に下落。長期的にはさらに減っていくとみられている。少子化に加えて、企業の成長が難しくなっていることが主な理由。一方で増えているのが、M&Aやファンドを利用しての事業承継だ。
前出のさわかみホールディングスによると、現在、事業承継問題を抱えている中小企業は約127万社。毎日174社が廃業、1506人が失業し、52億円が失われている。「企業の廃業に伴う税収減は財政悪化を招き、ひいては社会インフラの劣化にも影響し、そして地域の過疎化によってさらに他社が廃業するという連鎖的な社会問題」(さわかみホールディングス)をもたらす。そうした中、事業承継ファンドが果たす役割は決して小さくないだろう。