インドのトラック、というと、タイトル写真のような有彩色で華美に装飾されたトラックが荷物を山盛りにして走っている、というイメージがあるが、その「トラック本体」はどんなクルマなのか?というと、なかなか想像がつかない。
ところが、このほどインドを訪れたフルロード編集部員が、「インドのトラックを乗り比べる」という稀有なチャンスを得たのである。ということで、まずは大型トラック編からお届けする。
文/トラックマガジン「フルロード」編集部、写真/トラックマガジン「フルロード」編集部、ぽると出版
GVW48トン・10×2の5軸車!
インドのトラック乗り比べは、ダイムラートラックのインド生産拠点、ダイムラー・インディア・コマーシャル・ビークルズ(DICV)における量産車ローンチ10周年記念行事の取材に伴せて、セッティングしていただいたもの。
試乗車は、大型トラック2台と中型トラック2台で、それぞれDICV生産車と比較車が1台ずつ。いずれも2020年4月からスタートした最新排ガス規制・BS6(バーラトステージ6)の適合車で、電子制御コモンレール高圧燃料噴射装置(CRS)、排ガス再循環(EGR)、尿素SCR(選択還元触媒)、ディーゼル粒子フィルタ(DPF)などをもれなく搭載する最新モデルである。
今回レポートする2台の大型トラックは、全長こそ11.5mほどで日本の車両総重量(GVW)25トン大型カーゴ車とほぼ同じだが、なんと5軸10×2シャシー(前2軸・後3軸・16輪)でGVW48トン、最大積載量25トンクラスというトレーラなみの輸送力を備えた、日本ではありえない単車トラックである。試乗時には、ウエイトを定積ぶん積みこみ、GVW48トンに合わせてあった。
インドのデコトラ(略して印デコ号)に乗る
大型の比較車が、まさに「有彩色で華美に装飾されたトラック」だった。現役の長距離輸送トラックを借用したものなので、その姿やメーカーを掲載することはできないが、X社製の「カウルトラック」(正面パネルのみのキャブ無しシャシーのこと)をベースに、地場のキャブ架装業者が角材で躯体を組み上げ、鉄板を張ったというキャブをマウントしている。そこに手描きのペイントやレタリング、ステッカーなどをあしらった姿は、まさしくインドのデコトラだ。
平面的な木造キャブは、装飾を別にすれば1930年代の英国キャブオーバー車と似ていなくもないようなスタイリングだが、率直にいうと古くさいものである。2段のステップは、前輪タイヤの真上にある前開きドアからは遠く、手すりもないので、乗降性はよくない。運転席からの直接視界も広いとはいいがたく、サイドミラーの面積も小さい。
しかしキャブ内の壁と天井は、鮮やかな柄のプリントパネル張りで、センタートンネルの上から左側ドアまでは「板の間」になっており、寝転んだり食卓として利用できる。後方にはベッドスペース(長距離車には装備が義務付けられている)があり、二人の乗員が楽に過ごせる造りになっている。運転台というより「ツリーハウスの片隅に運転席がある」という雰囲気で、どこか楽しげな空間でもある。これは純正キャブには到底創りだすことができない魅力だろう。
その運転席は、スチールのシート基台に竹編みの座面とクッション背もたれを置いた簡素なもので、シートベルトは巻取装置もない2点式。メーターパネルとステアリングホイールはカウルトラック用純正品だが、どちらとも天井に向けている面が大きく、ステアリングコラムを基準にすると、メーターパネルは半端に左に寄っている。窮屈な足元スペースに並ぶペダル類は、上から踏み込むスタイルで、配置も微妙に馴染めないが、操作自体はしやすい。
響きわたりすぎるエンジン
インドの平均的な大型トラック用エンジンは、GVWを問わず6~7リッター級で、最高出力は250~270hp級、最大トルクは700~1000Nm級と、日本の基準でいえば中型トラックに匹敵する動力性能である。その理由はひとえに車両価格を抑えるためで、排気対策以外はBS6以前からほとんど変わっていない。つまり先進国の高過給・小排気量ディーゼルとは意図が全く違うものなのだ。
印デコ号は、その中でもパワー控え目のエンジンを搭載していたが、エンジンに火を入れると、そのノイズが盛大に轟きわたる。キャブに遮音材が配置されているようには思えず、しかもサイドドアはガラスなし(そのかわりバーメッシュのスライド仕切りがある)なので、下からも外からも遠慮なしに轟音が入ってくる。
エンジンの轟音に拍車をかけるのがギア比の低さ。レンジ切換式ギアボックスのマニュアル9速のうち、発進で常用するのは3速(1・2速はクローラー段)だが、回すとあっという間に吹けきってしまう。その上の4~6速も同じで、とにかく騒々しい。グリーンゾーン1100rpm付近でようやく落ち着くのが、7速・車速40km/hだった。ちなみに印デコ号の運行速度は、最高でも50km/hらしい。
ブレーキシステムはフルエア式ドラムブレーキで、ABSも装備する。ペダルの踏み心地は硬く、踏み圧で効きをコントロールする。補助ブレーキは排気ブレーキのみである。
高年式の古いシャシー
試乗は高速周回路で行なわれたが、途中にわりと高めのスロープ段差が設けられている。40km/hのまま乗りあげてみたが、この程度なら、シャシーに直接マウントされる木造キャブになんの変化もみられず、(轟音を除けば)平穏に走破してくれた。さすがにしっかり造られているようだ。定積(GVW48トン)かつ舗装路なので、乗り心地が悪くないのは当然といえるが、竹編みシートの座り心地が絶妙だったのは、まさにご当地チューンの真骨頂である。
運転操作については、シフトレバーの動きにはすっかり馴染みがついていたし、シンクロメッシュも備わるので、ギアチェンジは普通に行なえるが、シフト操作は重い。パワステ付きのハンドル(ステアリングホイール)の操舵感も重め、その割にセンター付近の遊びが大きく、わずかな操舵に対する反応もぼんやりした感じである。
これらは慣れれば許容できそうだが、シャシー自体は高年式でも、メカニズム設計が古いのでは?と感じられたのが率直なところだ。実際、インドのトラックは、純正キャブのデザインや排ガス対策がアップデート(当該メーカー資料でも多数の新機軸をアピール)されていても、原設計はかなり古いものを継承している例が少なくないのである。
インドのベンツ(のトラック)
いっぽうのDICVの大型トラックが「バーラトベンツ4828R」である。10×2・16輪のGVW48トン・積載量25トンクラスの最新モデル(今年追加されたばかりの車型)で、ひとことで言えば「簡素ながら良質なトラック」だった。
キャブとシャシーはDICVが開発したもの。キャブは、メルセデス・ベンツが2000~10年代に欧州市場で展開していた大型トラック「アクサー」のプラットフォームがベースだが、市場の要求に対応するため、カタチは同じでも設計は大幅な変更が行なわれている。
キャブの内装は、「アクサー」と比べるとかなり簡素化されているものの、インドの水準では上等なドライビング環境である。例えば、エアコン、ELR3点式ベルトインエアサスシート、チルト・テレスコ機構付ステアリングコラムなどが装着されている。日本では珍しくないが、インドはエアコンレスこそ普通で、ベルトインシートはクラス初装備である。これは、コスト競争力の強い純国産メーカーに対して、新規参入のバーラトベンツがハイグレード仕様車を売りにしていることの端的な例である。
もちろん価格はそのぶんお高いが、この10年でeコマース市場が10倍に急拡大したことで、人口13億8千万のインドでもドライバーが不足、待遇向上に動く物流企業も増えてきたため、ハイグレード仕様車にチャンスが巡りつつあるらしい。しかも、キャブチルトが可能な純正キャブは、整備時または修理時のダウンタイム(休車時間)を大幅に短縮できることが「魅力」として認識されつつあり、DICVによれば、カウルトラックは大型トラック市場の約1割にまで減っているという。
クラス最強のエンジン
搭載するエンジンは、7.2リッター直6ターボの「OM926」で、最高出力281hp・最大トルク1100Nmというスペックは、このクラスで最もハイパワー・ハイトルクとなる。なお、GVW26~35トン車型には、同じOM926でも最高出力241hp・最大トルク850Nmという平均的な仕様を搭載し、セグメントごとに最適化を図っている。これも純国産では、GVWに関わらず同じチューンで通すのが普通だ。
とはいえギア比が総じて低いのは、「4828R」も例外ではない。やはりレンジ切換式シンクロメッシュ付ギアボックスのマニュアル9速(クローラ段+8速)で、定積では1速発進し、2500rpm(レッドゾーンは2700~rpm)くらいまで何度も引っ張って、ようやく7速・グリーンゾーン1200rpm前後・40km/hに落ち着く。しかし印デコ号と比べると、明らかに低回転域でのネバりがある。やはり排気量が大きいほうが乗りやすい。
ブレーキシステムはABS付フルエア式ドラムブレーキで、これも硬い踏み心地のペダルを踏み圧でコントロールする。そして補助ブレーキも排気ブレーキのみだが、ダッシュボード上のシーソースイッチで操作するのが少し変わっている。ちなみに「アクサー」は、クルーズコントロール操作を兼ねたコンビネーションレバー型である(4828Rにはクルコンがない)。
前置きなしで「いいトラック」
「4828R」のステアリングホイールの操舵感は、やや重めだがスッキリした切れ味で、古さや安っぽさを感じさせない。それどころか、車線変更や維持旋回時などで思った通りのラインを忠実に反映するハンドリングの正確さには、むしろクオリティの高さを強く印象づけるものがあった。これは設計だけではなく、コンポーネントや生産・組付の品質も大いに関わってくるところだろう。
走行1万kmと新車に近い状態で、日本車と比べるとシフト操作は重めだが、ギアが入りにくいということはない(筆者の技量不足でシフトミスしたが…)。ギア比が低いので、エアコンの効く密閉した車内とはいえ増速中にはエンジンの透過音が大きく入るが、グリーンゾーンでの巡航時はボリュームも抑えられ、流していると気分がいい。40km/hでスロープ段差に進入すると、もはやこの程度で動じるようなクルマではないという貫禄で、定積時の乗り心地ももちろん良好だった。
「4828R」には、インド車にしては…という前置き不要で「よくできたいいトラック」という印象を受けた。もちろん、日本の大型トラックのほうがよりパワフルで、より静かで、より便利で、より快適で、より質感が高く、より運転しやすいことは明らかで、ADAS(先進ドライバー支援システム)など安全装備の充実度に至っては比べものにならない。しかし、走る機械としての基本的なクオリティは、同じくらいにかなり高いことが感じられたのである。
また、印デコ号シャシーを基準にすると、たとえ鋼製キャブにハイグレードな装備を搭載していたとしても、純国産メーカーがバーラトベンツ車に匹敵するクオリティを実現するのは、決して容易ではないようにも思われた。そのあたりは、純正キャブ同士の中型トラックの試乗編で触れたいと思う。
投稿 インドの伝統的デコトラと最新のベンツはなにが違う?【初体験「インドのトラック」乗り比べ!】 は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。