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 「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。

 そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。

文/清水草一
写真/フォッケウルフ、フェラーリ

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■スーパーカーブーマーに夢を抱かせるクルマ

 2022年、新世代ピッコロ(小型)フェラーリである296GTBの国内納車が始まった。デザインは250LMを思わせるクラシックテイスト。軽快な走りはプラグインハイブリッドの重量増加をまったく感じさず、甲高いフェラーリサウンドも復活していた(車内のみ)。フェラーリは、欧州における電動化の第一関門を見事にクリアしたのだ。

 とは言っても、ここ日本では、296GTBに対する一般庶民の関心はまったく盛り上がっていない。価格は3710万円。日本では30年来賃金が上がっていないうえに、最近の円安のダブルパンチで、スーパーカーは完全に雲の上の存在になり、夢の抱きようもなくなっている。

 思えば、フェラーリのニューモデルで、最後にカーマニアがこぞって色めき立ったのは、2010年に日本への導入が始まった458イタリアだったのではないか。

排気量の「4.5」と気筒数の「8」を組み合わせた車名で、2009年に発表された458イタリア。ちょうどF1での黄金期に開発されたモデルとなった

 458イタリアが登場した時、なによりも注目されたのはスタイリングだった。360モデナから始まった新世代デザインを捨て、オーソドックスなスーパーカールックに回帰したそのデザインは、潜在的なフェラーリファンを「むむっ」と思わせた。当時、スーパーカーブーマーは40代の働き盛り。458イタリアは、彼らにもう一度夢を抱かせてくれるクルマだった。

 実際に乗ってみると、458の走りは異次元のUFOだった。570psを誇る4.5L V8の加速も凄まじかったが、駆動輪(後輪)の左右トルク配分システム「Eデフ」によって、ステアリングを切ると、UFOのように瞬間移動する(ように感じた)。

 ワンディングで普通ハンドルを切ると、曲がりすぎて内側のガードレールに激突しそうになってしまう。スタビリティは抜群だが、あまりにも曲がりすぎる! そのヒリヒリするような綱渡り感は、フェラーリらしい死と隣り合わせの快楽に満ちていた。

■これぞ日本の庶民が胸を熱くした最後のモデル!

 私は、458イタリアに試乗して、「いつか必ず手に入れたい!」と願った。新車価格は2830万円。庶民には猛烈にハードルが高かったが、このクルマを買わずには死ねない! よし、中古車が2000万円を切ったら買おう! そう決意した。

 その日は意外と早くやってきた。2012年、30年近い付き合いの中古フェラーリ専門店『コーナーストーンズ』にて、黄色の458イタリアを、総額2580万円で購入したのだ。この時は512TRからの乗り換えで、追い金が1500万円以上だったので、人生で初めて自動車ローンも組んだ。自分としては、天上界を掴むような感覚だった。

筆者が購入した458イタリア。シャープなボディラインがイエローのボディに映える!

 私が458イタリアを買ったことに対して、周囲の反応は物凄かった。「まさか!」「信じられない」「凄すぎます」等、想像を絶するほど絶賛された。当時のクルマ好きの多くが、458イタリアのデザインに憧れていたし、その走りの凄さも伝え聞いており、知り合いが憧れのアイドルと結婚したくらいの感覚で、祝福してくれた。

 仮に今、私が296GTBを買ったとしても、こんな反応はまったく期待できない。たしかに296GTBは素晴らしいクルマだが、富裕層を除けば、クルマ好きですらフェラーリのニューモデルへの関心を失っている。

 その背景には、日本経済の低迷やスーパーカーブーマーの高齢化があるが、もはや時代は「速さ」にロマンを抱くことを許さなくなったし、我々の側も無意味に感じるようになった。富裕層を除いて。時代の移り変わりを考えると、458イタリアは、日本の庶民が最後に胸を熱くしたフェラーリだったのではないだろうか。

 458イタリアは、2015年、ターボ化された488GTBにモデルチェンジ。デザインも、伝統的にフェラーリをデザインしてきた名門カロッツェリア「ピニンファリーナ」の手を離れ、フェラーリの内製となった。つまり458イタリアは、最後のV8自然吸気エンジンを搭載したフェラーリであり、最後のピニンファリーナデザインのピッコロフェラーリとなった。

 私は当時、「458イタリアは、必ず名車として歴史にその名を刻むだろう」と確信した。甲高いフェラーリサウンドを失ったターボの488GTBなんて、まったく欲しくなかった。

■「最後の……」が影響して今も高値で流通

 2017年、私が458イタリアを手放して新たに手に入れたのは、1989年製の328GTSだった。458イタリアを最後に、もはや新しいフェラーリに欲望を刺激されることはなく、古いほうがはるかに魅力的に思えたのだ。

 458から488へのモデルチェンジ当時、458オーナーの富裕層はこぞって488に買い替え、中古市場には458が100台以上も溢れた。供給過剰により、「このままだと必ず暴落する」という状況だった。

 が、458イタリアの中古価格は、そこからゆるやかに上昇に転じた。現在の平均価格は3000万円強。私が購入した10年前より500万円ほど上がっているし、より新しい488GTBの平均価格もわずかに上回っている。今後、この差はどんどん開いていくだろう。なぜなら458イタリアは、最後のV8自然吸気フェラーリであり、最後のピニンファリーナ・フェラーリだからだ。

今も中古車市場で高値をキープし続ける458イタリア。たしかに今見てもハッとさせらるほどボディラインが美しい

 ちなみに、458ベースのスペシャルモデルである「458スペチアーレ」は、7000万円以上の値を付けているが、個人的には、7000万円の458スペチアーレよりも、3000万円の458イタリアに大きな魅力を感じる。クラシックフェラーリに軸足を移した私だが、今でも458イタリアを見ると心がときめく。

 すでにかなり値上がりしてしまった458イタリアだが、3000万円前後という価格は、今のスーパーカーの新車と比べればかなり安いし、走るヨロコビはずっと大きいと確信する。

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投稿 最後のV8自然吸気フェラーリにして、最後のピニンファリーナ・フェラーリに今こそ燃えろ! フェラーリ458イタリアの魅力と知られざる真実自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。