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ルールを破れば大変なことになるF1日本グランプリ鈴鹿事件の真相とは

 事件は起きた……。ペースカーが入っているところで、隊列に追いつこうとガスリーが全開で走っていた。そこでオフシャルの運転するトラックに遭遇。たしかに全開で走ってちゃあこれは危ない。ガスリーは無線で抗議した……が、これってガスリーの方がルール違反じゃないの……。日本グランプリスタート直後に起こったこの事件を元F1メカニックの津川哲夫氏が解説する。

文/津川哲夫
写真/Redbull,Mercedes,Ferrari

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スタート直後、サインツがクラッシュ!! ペースカーが入る状況だった

 鈴鹿での日本グランプリはレッドブルのマックスフェルスタッペンが堂々の優勝を飾り、今シーズンのチャンピオンを戴冠した。見事な走りは何人も寄せ付けず、王道を行く勝利であった。レースは雨天でスタートが遅れ、結局3時間レースとして発表されて雨の中スタートが切られた。ヘアピンを立ち上がったところで水たまりに足を取られたサインツがスピンしクラッシュ、タイヤバリヤーに当たりバリヤーを囲むカバー帯を破壊して、これがコース上に出てしまった。そこにアルファタウリのガスリーが突っ込んで、これをフロントに引っかけてそのまま走行、彼はピットインをしてノーズを交換して再びピットアウトした。

水たまりに乗ってあっという間にスピンクラッシュしたサインツ

 しかしこの時点でコース上はセーフティカー(SC)が出動していた。本来ならそのままSCの後方についてSCのスピードに合わせてスロー走行をするのが決まりだ。しかしガスリーはSCの出動時間を利用してピットストップでの遅れを取り戻そうと、ほぼ全開で行列の最後尾を追ったのだ。

 しかしサインツのクラッシュ現場に近づくとそのコースサイドには何とサインツ車回収に出動したローダーが低速で走行していたのだ。このローダーを発見した時点でコーションライトパネルはFIAによってSCの点滅、つまりSC出動中のウォーニングライトで、そしてローダーを抜いた瞬間には赤の点滅に変わっていた、つまりレースは赤旗中断。これを確認しているにも関わらずガスリーはスピードを落とさなかった。そしてその先の19番ポストではトラブルで止まったウィリアムズのアルボン車の回収作業が始まっていて、その横を時速200km越えの速度で通過していったのだ。この時点では完全な赤旗なのに。

赤旗無視。ルールを守って走れば危なくないはず

 ガスリーが何と言おうと、他のドライバーがいかなるコメントを出そうとも、ルールを守っていないならば、それらは無意味だ。ガスリーはSC出動の意味を無視して、赤旗の意味さえも完全に無視し、彼自身の言う全く視界の効かない雨のコース上を突っ走ったのだ。彼とそして何人かのドライバーは口裏を合わせて、ローダーの走行を非難したがそれは間違いだ。

 しかも2014年のビアンキの事故を持ち出し“同じミステイクで学んでいない”とマーシャル達の行動を非難した。ドライバーの言葉は強く、マーシャルには反論する場も反論する権利さえもないから、彼らの言葉はまるでビアンキの事故はマーシャルが悪いと言わんばかりだ。世間はそんなドライバーの強い言葉に乗っかり、ネットもジャーナリズムも無責任に非難している。

 SCコーションのスイッチはもちろんFIAのレースダイレクター(RD)が判断を下す。今回もSCの判断が素早く行われた。実際ガスリーがピットアウトした時点でコースはSC出動になっていたのだ。そしてSCの意味はコース上に危険があり、その撤去の為にはレース走行をしてはいけないということ。SCが出動しスピードを抑え、追い越し等のバトルを禁じ隊列を整えるのだ。時にはそのままピットロード通過の手段さえとる事もある。

 100歩譲って考えるならば、SCのスイッチを入れてから、RDがローダーに処理作業への出動を命令したのが速すぎたかもしれない。これはRDの反省点になるだろう。しかし既にSCが全コース上に出ている限り、作業者の進入は当然だ。単に状況が雨で視界が最悪だったというだけの話。しかも視界が悪いなら、サインツの事故現場を通り抜けるには最大限の注意と安全を図っての走行義務がある。

堂々のチャンピオンを獲ったマックス。陰でマーシャルを危険に晒す事件があったとは

どちらが危険? ドライバーか、それとも生身で回収作業をしているマーシャルか

 かつてのビアンキの事故は悲しい結果をもたらた。二度とあってはならない事だ。ガスリーがビアンキの事故に学んでいないと声高に叫んだことに、何人かのドライバーや多くのメディアが同調した。しかし、ビアンキの事故は残念ながら今回のガスリー同様、コーションの状況の中で遅れを取り戻そうと、レーシングスピードで走ったために招いた事故であった。しかし、人々はそれを信じることなく、まるでそこで作業をしていたローダーが悪魔のように語り続ける、今回のガスリーもだ。

 危険を語りその速度で当たれば自分たちの命が危ないと騒ぐ。その通りかもしれない。ただしSCコーションの中で出動が命じられローダーを運転しているマーシャル、そして撤去作業に生身で働く多くのマーシャル達、そこにSCやレッドフラッグを無視して200kmオーバーで突っ込んで来られたら……。

ピットからガスリーに注意できたはずだが……

 考えてみて欲しい。200kmオーバーで突っ込んだら、安全なモノコックの中にいるドライバーが危険なのか、それとも生身で回収作業をしているマーシャル達が危険なのかを。マーシャル達はレギュレーション通り、RDの命令通りの仕事をしているのだ、ビアンキの時も今回も。自分勝手なポジション争いで真のレギュレーションを無視し、多くのマーシャル達の命を危険にさらした者など本当のレーシングドライバーではありえない。レースはドライバーやチームだけで成り立っていると思ったら大間違いだ。ボランティアでそしてレースが大好きで働くマーシャル達がいなければF1レースなどスタートもできないことをドライバー達は学ばなければいけない。

 ガスリーが叫んだ“ビアンキの事故から何も学んでいない!”の言葉はそのままガスリー自身に向けて言いたい言葉だ。

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津川哲夫
 1949年生まれ、東京都出身。1976年に日本初開催となった富士スピードウェイでのF1を観戦。そして、F1メカニックを志し、単身渡英。
 1978年にはサーティスのメカニックとなり、以後数々のチームを渡り歩いた。ベネトン在籍時代の1990年をもってF1メカニックを引退。日本人F1メカニックのパイオニアとして道を切り開いた。
 F1メカニック引退後は、F1ジャーナリストに転身。各種メディアを通じてF1の魅力を発信している。ブログ「哲じいの車輪くらぶ」、 YouTubeチャンネル「津川哲夫のF1グランプリボーイズ」などがある。
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