報道でもたびたび耳にする単語「カーボンニュートラル(脱炭素)」。政府は2050年までに温室効果ガスの排出量と吸収量を等しくすることを目指すことを決定しました。
この世界的な取り組みについて、自動車メーカーがクリアしなければならない課題は大きなものとなっています。そして単に内燃機を持つ自動車をBEV(バッテリー電気自動車)に置き換えればいいというほど単純な問題ではないのです。
今回は池田直渡氏にカーボンニュートラルの持つ問題点を解説してもらった。
文/池田直渡、写真/TOYOTA、NISSAN、MITSUBISHI、Adobe Stock(トップ画像=Андрей Трубицын@Adobe Stock)
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■温暖化対策の目標値は非現実的?
地球は今もの凄い勢いで温暖化しているということになっています。色んなことを言う人がいて正解はわからないのですが、多くの学者が集まった議論の結果として、世界はCO2による地球温暖化を事実と認めて政策の前提にしています。
それを決めたのがIPCCという組織で、ざっくり言うと国連傘下の組織です。そしてIPCCが導いたそういう「科学的ファクト」に基づいて、世界がどうすべきかを決めるのが、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)で、UNFCCCが年1回開催する会議が、その開催回数とあわせて、COP3とか、COP21の様に言われます。
ちなみにCOP3は世界で初めて各国に削減目標設定を課した京都会議、COP21は具体的気温目標を定めたパリ会議です。このパリ会議で決まった重要なポイントは以下の通りです。
“世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求する。そのため、できるかぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとる”
だから、われわれは喫緊の課題として、特に影響の大きいCO2の削減に取り組む必要があります。ただし、そもそも「CO2削減が喫緊の課題」であるのは、人類の存続を脅かすからなので、その代償に大量の死者を出すような政策は採れません。
地球の危機を招くCO2排出は、主にエネルギー利用によるものですが、われわれはエネルギーの活用を発明したことによって食糧を生産し、輸送し、冷暖房によって健康を保ち、都市開発によって、保健衛生が保たれているのです。
無闇にエネルギー利用を止めて、これを維持出来ないレベルにするということは死者が増えることを意味しているのです。
パリ会議で採択されたパリ協定で「2℃より十分低く保ち、1.5℃」とされた基準は産業革命以前との比較で、概ね1850年を基準とされています。日本で言えばペリーが来航した幕末の嘉永年間であり、国内では、クルマや飛行機はおろか、まだ鉄道すら存在せず、動力汽船も試作レベルの時代ということになります。
そういう時代のエネルギー消費までわれわれの生活を後退させるのはかなり大変なことなのですが、仮にもの凄い努力の上でそこまで我慢したとして、それで目標が達成されるでしょうか?
当時の水準までエネルギー利用量を削減したとして、問題は人口なのです。1850年当時の地球人口は約8億人。現在は約80億人と10倍に増えています。とすれば、生活水準を幕末レベルにしたとしても人口を1/10に減らさなくては当時のCO2排出量と同じにはなりません。
なのでここでポイントになるのが「プラス1.5℃から2.0℃」は許容するという留保なのですが、ではこの温度差がどの程度のCO2排出量に相当するのかは諸説あるのですが、2050年にカーボンニュートラルにすれば、何とかなるという結論に達しています。
■電力消費量と発電量の仕組み
もう一点、再生可能エネルギーを使えばいいじゃないかと主張する人がいるでしょう。しかしその場合、お日様が出ている間とそうでないときには、われわれが利用できるエネルギー量は大きく変わります。実際、今年の3月に日本全国を雨雲が包み、寒の戻りに見舞われた時、大規模な電力危機が起きました。
ここでひとつ重要なポイントがあります。電力には「同時同量の原則」というものがあって、常に電力消費量と発電量はつり合っている必要があるのです。
不足すれば停電するのは誰でも想像できますが、供給が過剰になっても停電してしまいます。だから常に電力消費量を睨みながら発電量を調整しなければならないのです。
東日本大震災以前、日本の電力構成は原子力、水力、火力の3本立てでバランスを取っていました。
原子力はベースロード発電と言われ、とにかく一定量を発電し続けるのが役割です。しかし、減らない代わりに増やせません。
出力調整としては、揚水型水力発電所の役割は重要で、夜間に需要を上回る余剰電力で上下一対になったダムの下から上へポンプで水を汲み上げて、上のダムに貯めます。要するに電池の役割です。余った電力を水の位置エネルギーに変えて保存するのです。
これで大体の出力を調整した後に、小口の調整として調整レスポンスに優れた火力発電が加わることで、同時同量原則に合わせて緻密に調整していたわけです。
しかし、東北の震災以来、常に一定発電を続けてくれた原子力の代わりに太陽光発電を普及させた結果、ベースロードの一部が無くなり、代わりに入って来た太陽光に置き換えられた結果、お天気まかせになってしまいました。そもそも基本的な部分が変動的になってしまったのです。
再生可能エネルギーの変動を調整するには揚水型の数が足りません。しかしながらもう日本には上下一対のダムを建設する適地が残っていないのです。
その結果、そういう能力変化が著しい状況での調整が全部火力発電に押しつけられるのですが、これがまた要らない時は全く要らないのに必要な時は大量に欲しいという不条理で、採算が合わず、本来新設が求められる状況にも関わらず、電力会社は既存設備の更新にさえ二の足を踏んでいます。
再生可能エネルギーを増やすことは、その変動幅の調整を請け負える火力発電の増設とセットなのですが、CO2削減が叫ばれている昨今それが出来ません。そのため、今日本の電力は大変不安定になっているのです。
■温暖化の解決にBEVは切り札とはならない
それだけ深刻なエネルギー課題を抱えながら、日々のニュースでは電気自動車(BEV)にすれば問題は全て解決するかの様な暢気な報道がなされていますが、現実問題として高く掲げられた課題に対して、解決方法はまだないのです。
BEVのバッテリーを揚水型水力の代わりにすればという人がいますが、だとすると「天気予報によると明日は電力が余るので、みなさんバッテリーを空にしておいてください」と言われて、無駄に200kmくらい走って電力を使えるでしょうか?
あるいは「明日は電力が逼迫するので、予め満充電にしたクルマを必ず電源に繋いで、使用は控えてください」と言われる場合もあるかもしれません。
インフラだけを考えればそれでいいのかも知れませんが、それはもうあなたの移動手段としてのクルマではなく、電力インフラの一部を、インフラとして使われていない時にあなたが使うこともできるという話になってしまいます。
BEVでダメでも、置き型のバッテリーならばという声もあります。日本の1年間の電力使用量は9000億kWhから、1兆kWh。1兆とすると365日で割ると27.4億kWhですが、仮に1日分を貯められるバッテリーを用意するとして、1Kwhあたりのバッテリーコストを1万円とするなら27.4兆円。
その頃のバッテリーの価格と寿命がどのくらいになるかは分かりませんが、仮に価格が1/2になり、バッテリー容量も半日分で諦めるとして、5年置きに交換が必要だとして、年間約1.4兆円が電力料金に加算されることになります。
要するに、今われわれが迎えている事態を軽く見過ぎているのです。今の生活を維持したまま、BEVにするだけで全てが解決できるほど事態は簡単なことではないのです。
BEVの普及はそれはそれで大事なことですが、一方で他の手段もミックスして使わないと、われわれの生活は維持していかれそうもないことがおわかりいただけたでしょう。
日本の自動車メーカーがマルチソリューション政策を掲げているのはそうした理由なのです。
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