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 眠らないことはないが、なにかと寝付きの悪い東京の街・渋谷。無慈悲な残業や単なる飲み過ぎ等々、全てを含め終電を逃した人々に手を差し伸べ、ベッドタウンへ向けて矢の如く走る路線バスの代表格が、東急バスの誇る深夜急行バス「ミッドナイトアロー」だ。そんなミッドナイトアローが思いがけない終焉を迎えていた。

文・写真:中山修一


午前様の帝王

 東急の深夜急行バス「ミッドナイトアロー」が渋谷に姿を現すのは、日付が変わり東急線の最終列車が渋谷を出発した後の深夜1時台だ。

 渋谷駅前停留所を起点に、溝の口、宮前平、青葉台各駅の東急線沿線と、横浜市営地下鉄ブルーライン仲町台駅、新横浜駅・新羽営業所をそれぞれ結ぶ計5路線が設定されていた。

 ミッドナイトアローにはワンロマ車と呼ばれる、路線車の外見に観光車のようなハイバックシートを標準装備した、営業運転で高速道路を走れる少し特殊な車両が主に使われていた。

 バスが来るまで停留所で並ぶのは普通の路線バスと一緒であるが、乗車前に停留所で待機している係員からチケットを購入するのが深夜急行バス独特の儀式みたいなものであった。

 運賃は行き先にもよるが終点まで行くと1,600〜2,100円で、例えば青葉台駅行きは2,000円。東急田園都市線の利用時は紙の切符で同区間が280円なので、7倍以上の費用がかかった。

終電後に渋谷駅から神奈川近隣のベッドダウンを結んだ、東急バスのミッドナイトアロー

 一見すると非常に高額な印象を受けるのは否めないが、もう後がない状況に加え、渋谷駅〜青葉台駅約25kmをタクシーで移動すると、深夜料金では1万円超えとなるのを考えれば格安というわけだ。

 出発時刻は各路線1:00〜1:30までの間に1〜2本。仲町台駅行き1:20、新横浜・新羽営業所行き1:20、青葉台駅行き1:00・1:30、といった具合だ。金曜や祝前日になると1本増便された。

 途中で高速道路を通るため立席利用はできず、満席になった時点でチケットの発売が終了した。過去に札止めで乗れなかったことは無いが、早めに並んでおくのがコツというより“お約束”で、いつも発車10分前ともなれば結構な行列が出来ていた。

 ミッドナイトアローに乗車可能な停留所は渋谷駅のみで、出発後は降車専用となる。

 高速道路を降りた後は鉄道の主要駅を経由するが、まっすぐ向かうのではなく、住宅地があるエリアを縫うようにして進んでいく。その関係で終点まで行く際は少し時間を要した。

 渋谷駅前〜青葉台駅行きの場合、所要時間は1時間10〜20分程度。どの便を利用しても青葉台駅の到着は深夜2時を回る。東京都内から神奈川のベッドタウンまで、最も遅い時間帯に到着する路線バスでもあった。

ハイバックシートを標準装備したワンロマ車が充当されていた

毎晩盛況だったのに…

 渋谷発のミッドナイトアローはかなり人気(需要)の高い交通手段で、ガラガラで運転される日のほうが少ないほど盛況であった。それが大きく変わったのが、言わずもがな新型コロナウイルスにまつわる一連の騒ぎだ。

 2020年3月にミッドナイトアローの運休が決まり、長らく便の設定がないまま推移してきたものの、2022年7月31日にそのまま廃止となってしまった。1989年の運行開始から33年でピリオドを打った形だ。

 2020年頃のように深刻な状況は脱したと信じたいところである。しかしウイルス騒ぎに合わせて生活様式が変わり、夜遅くまで繁華街で活動する人々が激減。

 その結果、過去のような需要が見込めないと判断され、休止を飛び越えて完全に辞めてしまう「廃止」に至ったようだ。あの渋谷がぐっすり眠る街になったということか…。

 平日の毎日、華々しい渋谷の夜のフィナーレを飾った東急深夜急行バス。そんな時間まで家に帰らないほうがどうかしている説もあるにはある。

 しかしながら、終電を逃した後のココロの支えとなってくれる頼もしい存在がひっそり姿を消したのも、ちょっと寂しいものだ。

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