先日、幼稚園の送迎バスに女児が取り残され、亡くなってしまうという痛ましい事故が発生してしまった。非常に悔やまれる事故であったが、幼稚園の送迎バスについては、今回のような車内置き去りとともに、シートベルトやチャイルドシートといった装備を義務付けしていないことも、しばしば論議に上がる。
なぜ、幼稚園送迎バスにはシートベルトやチャイルドシートが義務化されていないのか。その理由と今後について、ご紹介しよう。
文:吉川賢一
アイキャッチ写真:Adobe Stock_ Photographer YOSHI
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幼児自身での脱着が不可能であることは緊急時に危険
交通事故の際に乗員の身体を守ってくれるシートベルト。ご存じのとおり、原則として、一般道/高速道路を問わず全席で着用が義務化されているが、(病気などの)一部例外もあり、そもそもシートベルトの設置を「不要」とする乗り物もある。
そのひとつが一般道を走る路線バスだ。一般道の路線バスでは、シートベルトを装着すると、脱着やその確認にかかる時間などで利便性が損なわれるとして、シートベルトが設置されていない。確かに、バス停ごとに頻繁に人が乗り降りする路線バスでは、その都度、全乗員のシートベルト装着を確認しているようでは膨大な時間がかかってしまうし、車速が低く、限られたルートのみを走行するのであれば、一般的な乗用車とはシートベルトの必要性のレベルが違ってくる(ただし高速バスにはシートベルト設置が義務付けられている)。
幼稚園の送迎バスも同様の考え方が前提となる。平成25年3月に車両安全対策検討会が提示した、「幼児専用車の車両安全性向上のためのガイドライン」では、幼稚園送迎バスのシートベルト装備に関する以下の見解が示されている。
・幼児は自分でシートベルトを着脱できない可能性があり、火災などの緊急時の脱出が困難になる
・3~6歳の園児は体格がさまざまで座席に一定のシートベルトは設置できない
・同乗者(教諭や保育士)などの着脱補助作業が必要。緊急の脱出時にはその作業は難しい
(引用元:平成25年3月「幼児専用車の車両安全性向上のためのガイドライン」 車両安全対策検討会)
同資料では、「幼児が乗車する場合には、チャイルドシートの装備が望ましいが」と前置きしたうえで、主な安全対策として、シートバックの後面に緩衝材を追加することや、シートバックの高さ変更、座席間隔の変更などを施すよう、促している。そのうえで「本ガイドラインを機に、(現時点商品化されていない)幼児用座席に適した座席ベルトが開発されることを期待したい」と結んでいる。
体重の軽い幼児は、ちょっとの衝撃でも怪我をするリスクがある
幼稚園送迎バスにシートベルトやチャイルドシートが義務化されていない理由には、幼稚園送迎バスは事故発生率が低い(バス・マイクロバスの約2分の1)ということもあるそうだ。事故分析をした平成15年から平成20年の期間においては、死亡者はゼロ、重傷者も4名かつほとんどが軽傷だったそう(国土交通省)。
しかし、幼稚園送迎バスの事故はないわけではない。今年2022年9月にも、岐阜県各務原市の市道で、ワンボックスタイプの幼稚園送迎バスと、乗用車が正面衝突する事故が発生している。園児5人が病院に運ばれたものの、幸いにもいずれも軽傷で済んだそうだが、道を走る以上、事故のリスクは低いながらも避けることができず、「低速で走る」とか「決まったルートをしか走らないから」といって、事故が起こらないわけではない。ましてや体重の軽い園児たちであれば、シートベルトをしていないと、ほんのちょっとの衝撃でも、身体が前後左右へ振られてしまい、怪我をするリスクが高い。
これらのことから、補助員の手間がかかったとしても、幼児全員にシートベルト装着を義務化するべきだ、という意見もある。脱着を補助するため、全ての幼稚園バスに補助員導入を義務化したり、政府が補助金を出し、シートベルトの固定を確認するシステムなどを導入することで、課題は解消されるのではないか、ということだ。
テクノロジーの導入と併せて、交通ルールの改訂も必要では
海外のスクールバスでは、日本と同じくシートベルトはないのだが、確実に子供たちの安全が確保されるよう、スクールバスのつくりや交通ルールが工夫されている。
スクールバスのボディ本体を夕方でも目立つ黄色で塗り、ボディサイドには車体強度を高めるために補強板を装着。子供たちがスクールバスへ乗り降りする際には、バスに備え付けられた「STOPサイン」が赤く点灯、その間は後続車や対向車も停車して待つ必要があり、守らなければスクールバスの運転手が警察へ通報できるそう。ちなみに、車内置き去り防止対策として、運転者がスクールバスを車庫などへ止めるためにエンジンオフにすると、最後列にあるブザー停止ボタンを押すまでブザーが鳴り続けるという。
日本の幼稚園バスのようなコンパクトさではないため、狭い道での機動力が低かったり、日本の幼稚園バスにあるような園児を楽しませるラッピングはないのだが、見習うべき点はあると思う。
日本でも、幼稚園児でも取り外しできるような幼稚園バス用の保護ベルトを開発し、販売を始めたメーカーが登場している。まだまだ種類は少なく、座席シートにベルトを取り付ける改造には高いコストがかかるため、普及するのはまだまだ先になりそうだが、政府補助金によるサポートなどを求める声も大きい。交通ルールに関しても、道路事情が違う日本では、海外と同じ対応は難しいかもしれないが、検討の余地はあると思う。
いまは「置き去り」ばかりに世間の目が向けられている幼稚園送迎バスだが、(もちろん2度と置き去りが起きないようにすることも必要なのだが)、シートベルト・チャイルドシートに関しても、対策が進むことを期待したい。
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