2022年シーズンのF1は新規定によるマシンの導入で勢力図もレース展開も昨年から大きく変更。その世界最高峰のトップバトルの詳細、そして日本期待の角田裕毅の2年目の活躍を元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点で振り返ります。今回は第16戦イタリアGPのフェラーリのルクレールと、レッドブルのフェルスタッペンのアプローチの違いについてフォーカス。さらに、急きょデビューしたデ・フリースの際立った速さ、白紙となったレッドブルとポルシェの提携など政治的な話題についても触れていきます。
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2022年F1第16戦イタリアGPでは各ドライバーとも1コーナーへのブレーキングに苦労しているのが目立ちました。今年はマシンのレギュレーションが変わったことでクルマが重くなってはいますが、そのことよりも、このモンツァの1コーナーのもともとのブレーキングの難しさがあります。
直線が非常に長いモンツァ・サーキットでは、どのチームも大きくダウンフォースを減らしているので、ブレーキングを安定させるのが難しくなります。そして実際に私も走っているのでよくわかるのですが、最終コーナーから立ち上がって、1コーナーに向けてコース幅が細くなっているわけではないけど、そう見えるくらいかなりタイトになっていく印象で、そのコース幅が狭いと感じるなかで、クルマをしっかりと止めないといけません。
ストレートエンドは平坦で分かりやすい目印もないので、ブレーキングポイントが掴みずらいですし、さらに加えて、マシンのダウンフォースも少なく、直線が長いことから1コーナーのブレーキングまでにしっかりとタイヤを温めておかないと冷えてしまいます。そこでタイヤが冷えてしまうと、ブレーキでもロックしやすくなってしまいます。
言い換えれば、それがモンツァをアタックするときの特徴にもなり、予選で1コーナーをギリギリのところでクリアすることができればタイムも大幅に縮まります。しかも、最初に難しいコーナーが待ち受けているので、各ドライバーはそこで決めていきたいと思っています。F1ドライバー全員が僅差のタイム差のなかで走っているので、その1コーナーでほんの少し手堅いブレーキングをしただけで一気にポジションを失います。1コーナーでのブレーキングはタイムに如実に効いてくるわけです。
●フェラーリとレッドブルの真逆のセットアップアプローチ
今回のイタリアGPでは、レッドブルとフェラーリがマシンアプローチを正反対に変えてきました。フェラーリはダウンフォースを減らして最高速重視なのに対し、レッドブルは見るからにリヤウイングを立て気味にして、狙っている部分が違うことは一目瞭然でした。
マックス・フェルスタッペン(レッドブル)はセットアップを決勝重視で考えていることを公言していました。通常のサーキットでは決勝に向けたセットアップとして、直線で追い抜きしやすい/追い抜かれないようにするためにウイングを寝かせるのが定石です。ですがモンツァの場合は、そもそものダウンフォース量がすごく少ない特殊なサーキットなので、追い抜きという部分では違う話になります。
通常のサーキットでダウンフォースがあるマシンならウイング角度の違いはマシンの挙動に顕著に出てきますが、モンツァの場合はもともとのダウンフォース量が少ないので、少しくらいのウイングの角度の変更ではその差が出にくいサーキットです。
ダウンフォースが少ないなかでのセットアップのメリット・デメリット、どちらを取るかというとき、さらにダウンフォースを減らしてしまうと、とにかくブレーキを踏んでもクルマが安定せずにフワフワしてしまい、さらにブレーキを踏むことができなくなってしまうことが容易に想像できます。
そんな不安定な状態のままコーナーに入っていくと、今度はコーナーの立ち上がりでトラクションを掛けるときにもクルマが安定しないので、コーナーの進入、そして出口で、本当に良いところが何もなくなってしまいます。ダウンフォースが少なくてクルマが不安定だとレースではタイヤをいじめやすくなりますし、特にガソリンが満タン状態だとブレーキもかなり厳しく、ダウンフォースが少ない+燃料搭載量が多い=ブレーキに厳しくクルマは止まらないという状況になり、ブレーキも酷使してしまいます。
その状態が続くと、ドライバーもミスを犯しやすくなりますし、モンツァの1コーナーへの進入でブレーキロックをしてしまうと、タイヤにフラットスポットを作って、その後の走行やオーバーテイクをすることも難しくなってしまいます。そのことをトータルで考えたとき、逆の発想でダウンフォースを付け気味で決勝に臨めると、ドライバー的にはかなりの強みになります。
予選アタックの1周であればニュータイヤのグリップを頼ってダウンフォースの少ないセットアップでもタイムを出すことはできますが、決勝ではそうはいきません。やはりドライバーにとって思いどおりにクルマを止められるということは、モンツァではすごく重要です。モンツァは1コーナーを含めて、3つあるシケインでどうタイムを稼ぐかがキーポイントになるので、そういった意味でもブレーキングはすごく重要になってきます。
予選ではフェラーリのシャルル・ルクレールがポールポジションを獲得し、イタリアのティフォシ(フェラーリファン)たちの盛り上がりも最高潮で決勝もそのまま優勝できるかのような雰囲気がありましたが、結果的に決勝はフェルスタッペンが(パワーユニット交換で)グリッド降格となった7番手から圧倒的な速さを見せて逆転優勝を果たしました。
今回のイタリアGPでは、フェラーリはこれまでのマシンセットアップとは逆のアプローチをしました。前半戦のフェラーリはどちらかというとダウンフォースを付け気味でコーナリングで速さを見せていました。モンツァではその逆で、かなりダウンフォースを減らしていたので、一発タイムは良いだろうけど決勝は厳しいそうだとは想像していました。
一方でフェルスタッペンは完全にレース重視というクルマのセットアップで、予選はフェラーリに譲るという内容を予選後のインタビューでも話していましたが、決勝ではそのフェルスタッペンの想定どおりの展開になりました。
フェルスタッペンのセットアップが可能になった背景にはもちろん、レッドブルのパワーユニット(PU)の優秀さがあります。元はホンダが開発したHRC製のパワーユニットですが、今年のHRCのPUはパワーもあり信頼性も高く、高速のモンツァでダウンフォースを付けて走行することができる大きな自信になっていると思います。
モンツァでダウンフォースを増やすにはPUのパフォーマンスがなければできないことです。レッドブルと同じことを今年のメルセデスはできないと思うので、そのPUの面で今年のレッドブルは大きなアドバンテージを得ています。
【動画】ルクレールとフェルスタッペン、予選オンボード映像の比較
戦略面では、11周目にセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)のマシンが止まってしまったことで最初のバーチャルセーフティカー(VSC)が導入されました。このタイミングでフェラーリはルクレールをピットに入れましたが、レッドブルはフェルスタッペンをステイアウトさせました。フェラーリの戦略が正しかったかどうかは分かりませんけど、外から見ている限りでは正直、驚きました。
53周のレース、12周目のピットインで最後まで走り切ることが相当厳しいことはフェラーリも分かっていたと思います。フェラーリとしても、中継で流れていないルクレールとの無線などでスタート直後の感触から『1ストップでは走り切れない』という事態になっていたのかもしれません。そうなると2ストップ戦略になるため、あのVSCのタイミングでピットインするしかなかったのかもしれません。いずれにしても、今回の戦略を採らざるを得なかったのは、そもそものクルマの作り方に要因があります。フェラーリはダウンフォースを減らしているのでタイヤのデグラデーション(性能低下)も大きくなり、タイヤの保ちも当然悪くなってしまいます。
僕としては、フェラーリはタイヤが厳しくなることはレース前に織り込み済みで、予選はポールポジションを狙いに行くけども、決勝は厳しくなることを分かった上での戦略だったのではないかと思いました。そう考えると、あの環境のなかでフェラーリは戦略を失敗したのではなく、むしろ完璧な仕事をしたのだと思います。ポールポジションのルクレールだけではなく、(パワーユニット交換で)18番グリッドスタートのカルロス・サインツも4位フィニッシュと、レースでいい追い上げを見せていました。ただ『対フェルスタッペン』という部分では少し足りていなかったという印象です。
●速さのセンスを感じさせたデフリースの完成度の高い走り
どうしてもトップ争いに話が集中してしまいますが、今回のイタリアGPで触れなければならないのが代役出場のニック・デ・フリース(ウイリアムズ)のパフォーマンスです。急きょ(虫垂炎で欠場した)アレクサンダー・アルボンの代役として参戦することになりましたが、予選から輝いていましたね。
チームメイトのニコラス・ラティフィと比較しても、初めてのF1予選とは思えないほど堂々たるものでした。1コーナーでミスがあってタイムを若干失っていましたけど、それ以外のコーナーは完璧にまとめ上げ、低速と高速コーナーの両方でラティフィを上回るスピードでした。特に最終のターン11(クルバ・アルボレート/旧パラボリカ)でのスピード感覚は『このドライバーが速いマシンに乗ったら間違いなく上のポジションに来るな』という期待を抱かせるドライビングでした。
ウイリアムズのクルマはもともとのダウンフォースがかなり少なく、コントロールが難しいマシンだと思います。ブレーキングもすごく難しく、コーナリングでのコントロールもすごく繊細なものを求められると思うので、基本的にはドライバーが乗り慣れていないと乗りこなせないクルマだと思います。
最近はアルボンが結構いい走りをしていましたけど、デ・フリースは初めての走行で同じレベルで走ることができていたと思います。ラティフィには申し訳ないですけど、アルボンとデ・フリースの2台だったらどんな走りをしてくれるのか、と思わせるパフォーマンスでした。おそらくアルボンと互角か、もしかしたらデ・フリースが上回るかもしれないという期待を抱かせるほどの走りでした。
レースに関してもデ・フリースは本当にノーミスで最後まで走り切りました。F1デビュー戦でのこの走りは本当に簡単なことではありません。テストとレースというのはまったく別モノで、53周/306.72kmのレースをミスなく走り切るということは相当大変なことですし、予選の一発アタックをまとめ切ることも、もちろん大変なことだと思います。
それを難なくこなしてしまうデ・フリースには才能と可能性を感じました。それと同時に、やはり若くて才能のあるドライバーにこういったチャンス、どんどんF1にステップアップしていける流れが、F1界にもう少し出てきてもいいのかなとは少し思いました。今回のデ・フリースのデビューに関してはいろいろな発見がありましたね。
また、角田裕毅(アルファタウリ)に関しても、この週末はチームメイトのピエール・ガスリーを上回るパフォーマンスを見せてくれました。予選ではグリッド降格が決まっていたことも影響してか、ガスリーに対してQ1のタイムは0.01秒遅れましたが(角田:1分22秒020、ガスリー:1分22秒010)、全体を見るとすごくいい走りをしていたので、ガスリーも少し焦っていたのではないかと思います。
決勝では後半に履いたハードタイヤでペースがうまくまとめられなかった部分が気になりましたが、そこはタイヤとクルマとの相性なのかもしれません。それ以外の部分、今回の裕毅の走りに関しては『F1で戦える』ということを十二分にアピールできていたので、やるべきことはやったなと思いました。
●撤回されたレッドブルとポルシェの交渉、気になるホンダ/HRCの2026年以降
また、気になる噂としてガスリーがアルピーヌへと移籍するのではないかという話があります。もしそうなると裕毅が残留の場合はチームを引っ張っていく立場になるかと思います。ドライバー的にも『リーダーシップを発揮しなくては』と思う人もいるかもしれませんが、裕毅はそういったタイプではなく、おそらくマイペースで突き進んでいくタイプだと思うので、そういったリーダーシップを求められても困るでしょうね(苦笑)。結果的にリーダーシップを発揮するようになれば裕毅にとっても良いことですが、自分自身でチームをコントロールをしていくというタイプではあまりないと思います。
もうひとつ、気になるF1の政治の話となると、あれだけ騒がれていたレッドブルとポルシェの2026年以降のF1参戦に関する交渉が終了したとの発表がありました。この話も、今まさに駆け引きをしているところだと思います。この話を盛り込み済みでレッドブルとホンダ(HRC)の2025年末までの契約延長が発表されたりもしていたわけですが、この件はレッドブルがいろいろなオプションや可能性を増やしていきたいと交渉しているのではないかと思っています。
ヨーロッパでは必ずこういった仕事の仕方をしていて、可能性やオプションはひとつに限定はしません。常に必ずプランA、プランB、プランCの複数の選択肢を作り、そのうえで自分たちが交渉を有利に進めていくというのがヨーロッパのやり方です。
レッドブルの今後を考えたとき、レッドブル社オーナーであるディートリッヒ・マテシッツやモータースポーツ・コンサルタントのヘルムート・マルコといった上層部の人間が年齢のこともありチームから離れるのではないかなど、いろいろなことが噂されているなか、レッドブルとしてはこれまでと同じ動き方ではダメなわけです。
そこで参戦を検討しているポルシェがPUの開発もするしお金も出すけれど、株式を取得してチーム運営にも口も出すという部分で、そうなると現チーム代表のクリスチャン・ホーナーなどが追い出される可能性も出てきます。おそらくレッドブルとしてはそれは受け入れられないことだと思うので、そのあたりのいろいろな駆け引きが二重三重にも絡み合って行われているはずです。そのなかで今後のホンダ/HRCがどういったかたちで絡んでいくのか、あるいはもうすでに巻き込まれているのかは分かりませんけど、そういった政治的なやりとりはF1の面白い部分でもあります。
我々日本人としては、ホンダがF1に残ってくれるのであれば日本のファンにとって嬉しいニュースになりますし、さらに日本の若いドライバーたちにとっても夢がつながります。それを実現するためにも、F1というカテゴリーがカーボンニュートラルなどを含めて今後どこを目指すか、参戦することにどういった意義があるのかという話につながっていくと思うので、その考え方次第なのかなと思います。
最後に、イタリアGPでの勝利でフェルスタッペンが5連勝で今季11勝目を飾りました。シリーズという部分で考えるとフェラーリはかなり厳しくなりましたが、まだチャンピオンが決定したわけではありません。ですが、今のフェルスタッペン、レッドブルは盤石で、戦い方には余裕を感じます。今回のモンツァでのハイダウンフォース仕様というセットアップも、余裕があるからこそ予選はフェラーリに譲るという戦いができるわけです。その裏側には緻密な計算もあり、レッドブルの戦略の作り方が非常にうまく、メルセデスに対してギリギリのところでチャンピオンを争ってきた昨年のノウハウが十二分に活かされています。
ポイント差を考えると、フェルスタッペンは日本GPでチャンピオンを決定できるような雰囲気もあり、そういった意味では、日本GPが王者決定の舞台というのは久しぶり(2011年のベッテル以来)になるので、我々としては逆に日本で決めて欲しいですが、今から鈴鹿がどういった展開になるのか楽しみですね。
<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
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