株式会社ターンアラウンド研究所
小寺昇二
前回の拙稿では、最近急に普及しだした「ジョブ型雇用制度」に関連し、その制度が有効に機能するためには、セットで「コンピテンシー(行動特性)」の人財育成、人事評価への活用が必要であることを示しました。
今こそ思い起こしたい「稲盛流」
曖昧で、業務上の成果や経営戦略実行とは直接の関係がない「人間力」といった昭和の能力評価から、業務上の成果や経営戦略実行に結びつく能力は何なのか?という研究や実践に基づいて考え出された「コンピテンシー(行動特性)」の体系の方が、今後経営改革やイノベーションを推進していかなければいけない日本企業に重要であることには合理性があるように思います。
しかしながら、日本企業のシニアの方の中には、「徳に優れ、高い人間性の人物こそ、人の上に立つ資格がある」と考える方も依然多いように思われます。
そうしたことを語る時、8月24日に逝去された稲盛和夫さんのことを思い出さざるを得ません。「精神や心を高め、利他の心は忘れない」といった稲盛さんの言葉は、日本のビジネスパーソンに大きな影響を与え続けています。
「精神を高め、利他の心を忘れない」の意義
では、一見「人間力」といった昭和の人物評価に近い稲盛さんの経営哲学というものは、「成果や戦略」とは直接関係のない絵空事なのでしょうか?
その答えは、否です。
稲盛さんの創業した京セラは、後継者にバトンタッチした後も成長し続けていますし、KDDI、JALも着実に業績を挙げています。
では、やはり「精神を高め、利他の心を忘れない」ような経営トップに率いられた企業だったからこそ、稲盛さんが手掛けた企業の業績は順調なのでしょうか?
いえ、それは違います。稲盛さんの経営哲学が「心」の問題と裏腹に、「アメーバ組織」のような「社員の当事者意識に基づく、成果主義」を併せ持つものだったからこそ、順調な業績を挙げているのです。アメーバ組織は、小集団ごとに各自が当事者意識を持って、成果を挙げていくべく、計数把握によって努力していく…つまりある意味、言い訳の効かない厳しい組織運営です。
実は「脱昭和」だった稲盛経営
人間性や心の問題の前に、「成果」や「実行」といった厳しい、企業本来の「利益」に結びつく事項を重視する気持ちがあったので、それを補完するものとして、人間性や心の問題を強調してバランスを取ったとも言えましょう。人間、「利益、利益」とせっつかれると、時には倫理観を失ってしまうこともあるでしょうし、経営者が後継者を決めるときに、「利他の心」を忘れてしまえば、院政を敷くのに都合の良い茶坊主を選んでしまうこともあるのです。
このように稲盛経営哲学を考えていくと、それは決して昭和の古臭い考え方ではなく、現在進行中の「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行」、「人事評価への成果主義的な要素の取込み」といったHR関連の潮流に合致したものなのではないかと思えてきます。
逆に、稲盛さんを尊敬しながらも、人間性や心の問題ばかりで成果や収益性へのフォーカスを忘れていたとしたら、そういう経営者たちは稲盛さんの考えを誤解していたと言わざるを得ません。
それでは、前回から書いてきている「コンピテンシー」と、こうした稲盛さんの考えはどう関連しているのでしょう?
下記の表は、前回も掲載したスペンサーの「コンピテンシー」の表ですが、この表に示されている行動特性は確かに「成果」挙げられる人物の能力を抽出しているような気がします。
もちろん、対人理解やセルフコントロール、チームワーク、リーダーシップという特性のベースには、「人間性」「高い精神性」「利他の心」といった要素が大きな影響を与えているのは否定できないものの、そうした要素が各特性の直接的決定要素ではないように思います。
「稲盛流経営」を今日的意義で解釈
さて、こうしたことをどう捉えたら良いのでしょうか?
筆者自身は、実は稲盛さんの著作は大好きで座右の書的に身の回りに置いていたこともありますし、一方同時に「経営改革を進めていく上で、ジョブ型雇用やコンピテンシーでの育成・評価は、必要である」と考える人間です。
そんな筆者は
「人間性、高い精神性、利他の心」と言った日本人が好きな考えを、上記の欧米流のコンピテンシーの中に入れ込めば良い。
と考えます。「人間性には劣るが会社の業績は挙げ、報酬も高くくれる」といった経営者は、日本人は好きではないのですし、そうした人間の下で働くのは嫌なのです。
人財育成の基となり、人事評価の大きなポイントとなるコンピテンシーは、各社の企業DNA、そしてそれを体現した企業理念同様、各企業ごとに決めるべきです。上記の表は、「成果を挙げる」という点からのものなので、これを一つのベースとして、「理想の社員像、リーダー像」を明確にして自社のコンピテンシーを決め、そうした社員を育成していくこと…これが「人的資本」の価値創造という現在産業界のホットイシューの1つの回答ではないかと思うのです。