2026年以降のF1で突然VWグループの介入が噂されはじめた。アウディとポルシェのF1参戦である。そしてポルシェの噂はいきなりレッドブルとの提携の話となった。突然湧き上がったこの話はどういうものなのか、元F1メカニックの津川哲夫氏が解説する。
文/津川哲夫
写真/Redbull,Mercedes,Ferrari,Alfa Romeo,Alpine
F1トップチームでもいきなり高性能PUを作り上げることは不可能に近い
レッドブルは2026年以降のPUを自前で制作することを念頭に、レッドブル・パワートレインズを立ち上げた。F1のルールブックにはPUメーカーは一定数のチームにそのチームが望むならPUを供給しなければならないと書いてあり、レッドブルもいずれかのメーカーのPUを搭載することが可能である。ところが、既存のPUメーカーと今後関わってゆくことは、トップチームとしては大きなハンディキャップを背負うことになる。このハンデを避けるには既存のF1 PUメーカー以外のメーカーからの供給を受けるか、もっと安心できるのは自家製のPUを制作することとなる。そしてレッドブルは後者を選び、独自のPU制作にレッドブル・パワートレインズを立ち上げたのだ。
しかし、いかにトップF1チームで膨大な資金を持つといっても、いきなり高性能PUを作り上げることは不可能に近い。事実75年もの間、高性能レーシング・エンジンを作ってきたフェラーリですら、新しいPU制作には苦労し続けている。昨年までは2014年の初期コンセプトが見事に他を出し抜き、新PU時代を席巻したメルセデスも、今シーズンはライバルに追い越されてしまった。したがってPU作りを一から始めることは極めて難しく、いわば無謀に近いというのが現在のF1 PU開発なのだ。
レッドブルはメルセデスから多くのシニアスタッフをヘッドハンティング
もちろんレッドブルほど戦略に長けたチームが、独自のPU開発をいきなりはじめるというような無謀な計画に踏み込むことはあり得ない。勝算のないプロジェクトには踏み込まないのがレッドブル、というよりもF1トップコンテンダー達のセオリーだからだ。ホンダ撤退を受けてレッドブルが最初に行った戦略は、昨年のチャンピオンPUとなったホンダPUをそのまま25年まで使うというものだった。
今年2022年からの規則でPUの開発の凍結があるから、昨年のホンダPUのアドバンテージを維持できる。また、今年だけは業務の引き継ぎ期間としてホンダのサポートの確約を取り、メンテナンスやトラブル解消等を日本のサクラに任せ、ミルトンキーンズではレッドブル・パワートレインズ(RBP)の立ち上げを進めた。スタッフは昨年までミルトンキーンズのHRCで働いた現地スタッフをそのままスライド式に雇用し、さらにメルセデス・パワートレインズから多くのシニアスタッフをヘッドハンティングして人材を確保している。現在建築中の社屋が完成すれば、いよいよ新RB PUの開発が始められる状況だ。
この時点で、RBPは23年からはホンダからの受け継ぎを終わらせ、ホンダPUをそのまま独自にRBPスタッフ(ほとんどがHRC現地スタッフ)がメンテナンスを引き継ぎ、26年に向けての開発準備を始めるという形になっていた。
噂のあったポルシェの名前が消えたのはどうしてか?
ところがここで突然VWグループの介入が噂されはじめた。アウディとポルシェのF1参戦話である。特にアウディは本気でチームを丸ごと購入するという噂もまことしやかに流れてきた。また、アウディは2026年からF1 PUサプライヤーとしての参戦を公式に発表している。
ではポルシェはどうだろう。
ポルシェの噂はいきなりレッドブルとの絡みとなって現れた。ポルシェはRBPの50%の株を購入し、テクノロジーと人材の介入でレッドブルと提携をするというものであった。欧州のメディアではこれがいきなり大きく取り上げられ、結構な騒ぎとなったのだ。
そしてその噂が広まると、その直後にホンダはHRCとサクラの介入を今年いっぱいから2025年まで延長すると発表したのだ。
ポルシェとの噂にヘルムート・マルコもクリスチャン・ホナーも否定はせず「話し合いはあったが何も決まっていないし、公式なことは何もない」とやんわりと否定。しかし決して全否定はしなかった。
考えてみればRBPには既にPU開発のできる素材は全てそろっていて、RBとしては新興のポルシェとの提携がそんなに有利には思えない。唯一導入されるはずの金銭が最も大きな利点だろうが、株式介入ではPUはポルシェブランドのバッジがついてしまう。これは将来的にRBの独立PUとするには戦略的にうまくない。
レッドブルとホンダは26年以降も継続していく可能性が高い
RBはポルシェの介入話のおかげで、25年までサクラとHRCのサービスをゲットしているのだが、その契約を確定させるため、ポルシェ介入の話が使われた感は免れない。そして、HRCのサービスはそのまま26年以降にも何らかの形で続く可能性を示唆している。
つまりホンダが形はともかく26年以降にもF1に関わる可能性が増したという訳だ。
もしもレッドブルがホンダ介入を画策して、戦略的にポルシェ話をリークをしていたとしたら……レッドブル流石! なんと戦略に長けた恐ろしいチームといえるだろう。
【画像ギャラリー】2022F1各チームのPU性能にはかなり差が出来てしまった。もはや今シーズンは捨て、来季に向けた準備をしているチームもあるようだ。(5枚)画像ギャラリー津川哲夫
1949年生まれ、東京都出身。1976年に日本初開催となった富士スピードウェイでのF1を観戦。そして、F1メカニックを志し、単身渡英。
1978年にはサーティスのメカニックとなり、以後数々のチームを渡り歩いた。ベネトン在籍時代の1990年をもってF1メカニックを引退。日本人F1メカニックのパイオニアとして道を切り開いた。
F1メカニック引退後は、F1ジャーナリストに転身。各種メディアを通じてF1の魅力を発信している。ブログ「哲じいの車輪くらぶ」、 YouTubeチャンネル「津川哲夫のF1グランプリボーイズ」などがある。
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投稿 ポルシェの名前が突然上がったF1の噂話。レッドブルとポルシェは本当に提携するつもりだったのか は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。