本誌ベストカーでは、隔号(26日発売号)でトヨタ自動車社長・豊田章男氏へのインタビュー企画『いつだってFun to Drive!』を連載中だ。
いつも気さくにコメントをくださるモリゾウさんだが、今回は「トヨタ自動車社長・豊田章男」の肖像により迫ってみたい。超多忙なモリゾウさん。しかし「ベストカーとの約束は守る」と粋なはからいで、約1時間のロングインタビューが実現した!
電動化・カーボンニュートラルのこと、ソニー・ホンダモビリティのこと、ウーブンシティのこと、尊敬する人、レースやラリーのこと、定年のこと…、盛りだくさんで聞いてみた! モリゾウさん直伝「教える60歳からの運転上達術」も掲載!!!
※本稿は2022年11月のものです
聞き手/ベストカー編集部、写真/TOYOTA,ベストカー編集部
初出:『ベストカー』2022年12月10日号
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■カーボンニュートラルを『使う』の観点だけで議論するのは間違い
ベストカー(以下BC)/2030年ガソリン車販売禁止といったことが、日本でも報道され、EV以外乗れなくなってしまうという観測が主流になっていますが、モリゾウさんのお考えを改めて教えてください。
モリゾウ/未来のことなんて誰もわかりません、以上(笑)。と言いたいところですが、CO2の排出を抑えるカーボンニュートラルの取り組みにおいて、エネルギーとなる電気もガスも水素も、それぞれ「作る」、「運ぶ」、「使う」の3つの工程があると思います。現在は「使う」のところだけに規制が向けられていて、「作る」や「運ぶ」はいったいどうなんだという疑問があります。
トヨタの試算によれば、BEVはエネルギー、つまり電気を製造するうえで、大量のCO2を排出しており、製造や走行時のCO2の排出を考えると、大きな差がなくなってしまいます。
政府にはそのあたりのエネルギー政策をしっかりやっていただきたいという思いはあります。
BC/ライフサイクル全体でカーボンニュートラルを考えるということですね。トヨタはBEVに出遅れたのではないか? とよく言われますが、いかがでしょう?
モリゾウ/「移動の自由」ということを考えると、いまだ世界には電気がきていないところもあるし、ディーゼルやガソリンエンジンがまだまだ必要なアフリカなどもあります。トヨタはそういった地域のお客様のニーズにも応えていかなければなりません。
これは言い過ぎかもしれませんが、プレミアム市場で勝負するメーカーとグローバルでフルラインナップ展開する我々のようなメーカーとを同じように比較すること自体、おかしいと思います。
BC/そのとおりだと思います。多様化が叫ばれる現代社会において、自動車がそうじゃないのは変ですよね。モリゾウさんがカーボンニュートラルに向けた選択肢のひとつとして水素エンジンの可能性を探っていらっしゃるのは、トヨタの意地といっていいのでしょうか?
モリゾウ/意地だけで物事は進みませんが、欧米のBEV一辺倒の流れを変えるには、具体的にアピールしなければなりません。WRCのベルギーでは水素エンジンヤリスを走らせましたが、(2022年)12月16~18日にタイで行われる25時間耐久レースに水素エンジンカローラとカーボンニュートラル燃料を使用するGR86で出場しようと思います。
BC/それは凄い。水素も日本から持っていくんですね。アジア連合のようなもので、BEV一辺倒の欧米に対するカーボンニュートラルの協調が生まれるといいですね。
モリゾウ/タイでは日本車が人気ですし、共感がきっと生まれ、アジアに広がっていくと思います。
■ソニー・ホンダモビリティには ぜひ自工会に入ってもらいたい
BC/ソニー・ホンダモビリティが2025年からEVを受注しはじめ、2026年からデリバリーすると発表しました。テスラが2021年に世界で93万6000台販売するなど、EV専門メーカーが伸長するなか、ソニー・ホンダモビリティはトヨタの大きなライバルとなりますか?
モリゾウ/トヨタ自動車の社長としても自工会会長としても新しいモビリティの会社が生まれることは歓迎すべきことです。ライバルということではなく、仲間として一緒にやっていきませんか? 自工会会長としてお願いするならば、自工会にどうぞいらしてください。そういう気持ちです。
ただ、ITメーカーの作るソフトウェアでは、不具合が出た時に「バージョンアップ」の対策を取りますが、我々自動車メーカーでは、「リコール」の対策を取ります。不具合が出た時にしっかりとした安全対策を施すという意味でのリコール制度は大変重要で、お客様に安心感を与えるという意味でも大事です。
ITメーカーが「バージョンアップ」でよくて、自動車メーカーが「リコール」というのは、フェアじゃない気がします。
BC/仲間作りということなら、ソニー・ホンダモビリティがスーパー耐久に参戦してEVを開発すると面白いですね?
モリゾウ/水素エンジンカローラと一緒にST-Qクラスを走る!? それともBEVクラスを新設する!? どちらも面白いと思いますね。
■ウーブンシティにあえて豊田章男は出ていかない
BC/ウーブンシティは今後どのように発展していくのでしょうか? 少し発信が足りないような気がします。
モリゾウ/元々「人中心で、ずっと未完成の未来のモビリティのテストコース」をコンセプトとしてやっていますから、わかりにくいのだと思います。
仲間を作るためのプラットフォームがあり、そこでいろいろな実証実験をやっていますが、機械に動かされるのではなく、人がありがたいと思えるものにこだわりたいと思っています。だから人中心なのです。
トヨタ自動車東日本の東富士工場を東北地方に移管する時、この地で未来の実証実験をしたいという想いからウーブンシティは始まりました。でも、ウーブンシティに豊田章男は出ていきません。私が前面に出ていくと、私ひとりの話になってしまいます。
クルマも未来もひとりのヒーローでは作れません。トヨタの商品もウーブンシティもたくさんの人が関わっています。今、ウーブンシティは実務を進めている段階です。関わる人みんながヒーロー、たくさんのヒーローが生まれる熟成期にあると思っていただければと思います。
BC/これからいろいろなことがウーブンシティから発信されていくのですね。
モリゾウ/これは蛇足ですが、トヨタは未来への投資を自前の土地とお金を使ってスピード感をもってやっていることを理解していただきたい。本来は国がやってもいいプロジェクトですが、国の予算を使うとなると、お願いや報告の書類だけで何百ページも必要な世界です。
ウーブンシティは5年でここまで来ましたが、国がやると何十年もかかってしまうでしょう。民間に任せるものを、もっと増やさないと、日本の競争力はますます落ちていくと思います。
■褒めてもらえるなら… 祖父・喜一郎からの「ありがとう」
BC/モリゾウさんが尊敬する経営者を教えてください。
モリゾウ/尊敬するというよりも、褒めてもらいたい人がたったひとりいます。祖父の喜一郎に「お前のような孫がいてよかった。ありがとう」と言ってもらえたらそれが一番です。
BC/トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎氏のことは、本で読みましたが、たいへんなご苦労をされていますね。特にGHQの占領下で行われた財政金融引き締め政策(ドッジ・ライン)によって、日本が不況に陥るなか、トヨタも原材料の高騰などから債務が増大し、会社は人員整理に踏み切らざるを得なくなる。その結果、労働争議が激化し、喜一郎氏はその責任を取る形で社長を辞任しました。
モリゾウ/従業員は家族も同じで、彼らを辞めさせるなら、自分も辞めて当然と考えたのでしょう。2年後に社長復帰が決まりますが、直後に脳溢血で倒れ57歳で亡くなりました。私が生まれた時にはすでに亡くなっていましたが、トヨタ自動車の礎を作るために、本当にいろいろな苦労があったと思います。
以前、喜一郎を直接知る方々に聞いたところ、「ものづくり」を大切にするトヨタの思想が浮かび上がってきました。私は52歳で社長になりましたが、57歳を超えてからは、仏壇で手を合わせるたびに「迷いながらも、まだ生きています」と報告しています。
BC/モリゾウさんにとって、喜一郎氏が鑑なのですね。
モリゾウ/私は創業者ではありません。バトンを引き継いで次に渡すのが役目であり、「ものづくり」を大切にした創業者の想いというものを、胸に刻み込んで、いろいろな判断をしているつもりです。
■トヨタの社長は修行僧のようなもの。経営者として上杉鷹山を尊敬する
BC/とても聞きにくい質問ですが、モリゾウさんは、ご自身の定年をどうお考えでしょうか?
モリゾウ/それはですね……(定年は)欲しいけどないでしょうね。トヨタの社長は修行僧のようなもので自由もないし、ゴールもない。責任だけはとてつもなく大きく、こんな家業やってられませんといいたいところですが、次の社長にいい形でバトンを渡すことは私の責任です。
BC/モリゾウさんは「トヨタの社長は特別大きな権力を持っているが、『その権力を何に使うか』ということをずっと考えている」とおっしゃっていますが、もう少し詳しく教えてください。
モリゾウ/先ほど尊敬する経営者の話が出ましたが、歴史上の人物というか偉人では、上杉鷹山が好きです。
彼は17歳で米沢藩の藩主になると家老たちと衝突しながら、藩を立て直すために改革を断行します。彼は権力を自身のためでなく、藩や領民のために使っています。
BC/タブーを怖れずトヨタを改革してきたモリゾウさんとダブります。確か上杉鷹山は「財政再建」、「産業振興」、「心の改革」といった三大改革を行いました。
モリゾウ/「心の改革」が、とても参考になります。彼はみずからに倹約を課し、藩士や領民たちには「自分は藩に対して何ができるか?」という意識を育てています。
彼の言葉に「して見せて、言って聞かせて、させてみる」という言葉がありますが、現場に足を運びながら、話を聞き、丁寧に説明しながら、やる気を起こさせている鷹山の姿が思い浮かびます。
人材育成には失敗させることや調子に乗せることも必要で、時間がかかるものなのです。
■IとLOVE、「アイ」には2つある
BC/上杉鷹山はしきたりにはこだわらなかったと伝わります。例えば殿様が声を掛けることなどない下級武士に声を掛けるといった話が伝わります。モリゾウさんとますます被ってきました。
モリゾウ/人を育てるには時間と愛が必要です。権力を持つと愛が「ワタクシ」のほうのIになってしまう人をたくさん見てきました。LOVEがないと人は動きません。
以前、明治維新の英傑のなかでは西郷隆盛に憧れると話したことがありますが、上杉鷹山も西郷隆盛も私心を持たず、ともにIではなくLOVEを中心に行動した点が、私が尊敬する理由です。
BC/IとLOVE、2つの「アイ」がある。耳の痛い権力者もいることでしょう。
モリゾウ/そうです。私は「肩書でなく、役割で仕事をしよう」と会社を変えてきました。もちろん道半ばですが、さまざまな効果が生まれてきてもいます。現場や取引先を叱ったりもしますが、ベースに愛があるからわかってもらえるのです。
トヨタのように巨大な組織を変えようとすれば、時間と辛抱強い愛が必要だと思います。そして、権力は未来や世代交代や現場のために使うべきであって、自身の地位のために使ってはなりません。そういったことを私自身が示すことで、日本の社長のひとつの形として提示できたら、こんなにいいことはないと思っています。
BC/軽々しく定年のお話を聞いてしまい、申し訳ございませんでした。実はさらに不躾なお願いがあります。ベストカーの客員編集長になっていただくことは可能でしょうか?
モリゾウ/……!?
(まさかの次回に続く!)
【番外コラム】モリゾウさんが教える60歳からの運転上達術
1956年生まれのモリゾウさんは、2007年アルテッツァでニュルブルクリンク24時間レース、2012年86でラリーチャレンジに初参戦して以来、レースやラリーに参戦し続けてきたイメージがあるが、本当に速くなったのは最近のことだという。
特にスーパー耐久に参戦し、佐々木雅弘選手や石浦宏明選手のデータロガーを解析しながらのアドバイスが効いて「クルマと対話ができるようになった」とモリゾウさんは、その手ごたえを語るが、我々にもできる運転上達の方法はないのだろうか?
「クルマが好きで、運転が好きなことが第一の条件です。次にどこか安全なところで走り込むことです。昨年、一昨年とコロナが蔓延するたびに私は愛知県蒲郡市にある研修所施設内のコースを走り込みました。それが今になっていい影響として現われているのかもしれません。
これは亡くなった成瀬弘さんに運転トレーニングを受けた時の『テールライトを見て走れ』、『テールライトのところでブレーキを踏め』という2つの教えを忠実に守り、成瀬さんの後ろをひたすら追っかけた時の濃密な時間と重なるものがあります。
60歳になろうが70歳になろうが、集中して走り込む時間があれば、運転はまだまだうまくなると思います」
モリゾウさんの走り込む様子をいつか見てみたい。
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