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 隠密性が高く、秘密のベールに包まれている潜水艦。2022年3月、海上自衛隊の新型潜水艦「たいげい」型の1番艦「たいげい」が就役した。「そうりゅう」型の後継として注目を集めるが、いったいどんな潜水艦なのか。また、潜水艦の心臓部ともいえる動力方式から、「たいげい」を分析してみた。

文・イラスト/坂本 明、写真/海上自衛隊


■燃料電池搭載が見送られた「たいげい」

 海上自衛隊の新型潜水艦「たいげい」型の1番艦「たいげい」。その名称は旧海軍の潜水母艦「大鯨」(1942年に空母「龍鳳」に改装された)に由来するのだという。海上自衛隊では同艦の就役により22大綱(平成23年度以降に係る防衛計画の大綱)で定めていた潜水艦の22隻体制が完成した。

 「たいげい」は「そうりゅう」型に続く通常動力型潜水艦で基準排水量は約3000トン、「そうりゅう」型は約2900トン~2950トンなのでわずかに大きくなっている。公開されているデータによればどちらも全長84.0m、最大幅9.1mと変わらない。

 船体の形状もほぼ「そうりゅう」型と変わらないが新技術が導入されており、たとえばソナーシステムはより高性能なZQQ-8(そうりゅう型ではZQQ-7)が搭載され、魚雷も現用の89式から新型の18式魚雷(開発名称G-RX6)に換装されることになっている。この魚雷は音響デコイやジャマーに騙されず、魚雷みずからが目標の最適攻撃部所を選択して命中する機能を持つという。

「たいげい」型は2022年10月に3番艦となる「じんげい」の命名・進水式が行われている(写真:海上自衛隊)

 また「たいげい」型では動力機関にディーゼル機関と発電機、リチウムイオン蓄電池で電動機を動かすディーゼル・エレクトリック方式が搭載されている。しかし、これは当初予定されていたものとは異なっている。

 そこで今回は潜水艦の動力について取り上げそのメリットやデメリット、さらには海上自衛隊の潜水艦の動力の変遷についても触れてみたい。

■潜水艦の隠密性を左右する動力装置

 潜水艦の最大の武器は隠密性である。水中に潜り、自らの存在に気づかれることなく敵の水上艦艇あるいは潜水艦を攻撃できる。潜水艦によっては巡航ミサイルで対地攻撃を行なったり、核弾頭を搭載した潜水艦発射弾道ミサイルを運用して抑止力を行使するものもある。

 これは潜水艦を捜索・探知する装置と攻撃する対潜兵器が発達した現代においても変わらない。潜水艦を探知・撃沈することは容易ではないからだ。そのため潜水艦は究極のステルス兵器ともいわれている。

 では潜水艦の隠密性とは何かといえば、一旦海に潜るとどこに潜んでいるのか分からなくなることだ。潜っている時間が長くなればなるほどその存在がわからなくなる。隠密性を高めるのは潜水中の騒音が少なく、長い時間潜っていられることだ。

 隠密性を潜水艦に与えているものは何かといえば、その最大のエレメントは動力機関だろう。では、潜水艦の動力装置にはどんなものがあるのか?

■原子力か、ディーゼルか、それとも?

 現在使用されている潜水艦の動力機関には次の3つのタイプがある。これらの内、原子力を動力機関として搭載する潜水艦を原子力潜水艦、それ以外の動力を搭載する潜水艦を通常動力型潜水艦と呼んでいる。

(1)原子力動力機関
原子炉の発生する熱を原動力とするもので、艦船に搭載される原子炉には加圧水型、沸騰水型の2つのタイプがあるが、ほとんどは加圧水型。そして原子炉の熱だけでは潜水艦を動かすことができないので、熱を動力に変換する蒸気タービンのような他の原動機を組み合わせる必要がある。

(2)ディーゼル動力機関
ディーゼル機関と電動機関を併用する方式(ディーゼル・エレクトリック方式)。内燃機関のディーゼル機関は燃料を燃焼させるために空気を必要とし、また燃焼による排気ガスを排出するので、潜水艦のような密閉された空間では、常に稼働させることはできない。そこで水上航行時にディーゼル機関で発電機を動かし、艦を推進させる電動機(電動モーター)を動かすとともに蓄電池の充電を行うのだ。そして潜水中には、蓄電池の電力で電動機を動かす。今日でも原子炉を動力源に用いることのできない国の潜水艦はこの方式が最も多い。

(3)外気独立動力機関(AIP:非大気依存推進)
外気を必要とせず常時潜航状態で駆動が可能な動力機関。潜水艦の動力として実用化されているものにはスターリング機関と燃料電池がある。いずれもディーゼル機関と組み合わせて使用されている。

1.スターリング機関……エンジン内部に密閉した気体を、加熱・冷却を繰り返すことで膨張・収縮させてピストンを動かすというもの。そしてエンジンにより発電機を回転させ、発生した電気で推進用の電動モーターを回す方式。

2.燃料電池……液体水素と液体酸素を燃料電池を介して化学反応させることで反応熱を電気エネルギーとして取り出し、配電盤の操作によって電池に充電したり、電動モーターを動かして推進力とする方式。

ディーゼル動力機関に加え、AIPシステムも搭載する「そうりゅう」型(写真/海上自衛隊)

■原子力潜水艦と通常動力潜水艦、動力の違いはどう影響する?

 3つ紹介した動力装置の中で、もっとも隠密性が高いのは原子力動力機関だ。というのも、原子力潜水艦は、他の機関のように空気を必要としないため長期間の潜航が可能で、また機関を動かすための燃料が少なくて済むからだ。一度燃料を補給してしまえばほとんど再補給の必要がない。しかも非常に大きな発電量が得られるので艦内の電力をすべて賄え、さらには乗員のための酸素を発生させ水も潤沢に使うことができる。これらは通常動力型潜水艦では実現不可能であり、敵に対し自分の存在を隠すことが必須の潜水艦にとっては大きなメリットである。

 しかし原子力推進は騒音が大きく、原子炉から発生する放射能を遮蔽するために、鉛やコンクリートを使用するため重量や容積の増加となるといった短所もある。一般的に、静粛性に関しては通常動力型潜水艦のほうが原子力潜水艦よりも高い。

 一方、通常動力潜水艦はほとんどがディーゼル機関を主機としている。潜水艦がディーゼル機関のような内燃機関を主機として装備している以上、潜水艦にとって空気の確保という何ともしがたい問題が残ってしまう。このため潜水艦の作戦行動に大きな枷をはめることになる。これは技術が向上した現代の潜水艦でも解消できていない。ディーゼル機関が排気ガスタービンやターボ圧縮機の装備によって大出力を出せるようになり、シュノーケル装置の改良などで大幅に性能が向上してはいるものの、1日あたり2時間程度、急速充電ならば1日あたり20分程度(24時間ごとに20分程度)のシュノーケル航行が必要となるという。

 そこで水中でも動力として何とか潜水艦を稼働させる方法として考え出されたのが外気独立動力機関(AIP:非大気依存推進)である。とはいってもこれらは水中航行に限定して使用されるもので、ディーゼル機関との併用は欠かせない。

■海自潜水艦の動力装置の発展と進化

 様々な理由から原子力潜水艦を保有できない日本では、通常動力型潜水艦を装備するしかない。海上自衛隊の潜水艦が搭載した動力機関の変遷を見てみると、潜水艦が更新されるたびに改良を重ねた新しいディーゼル動力機関(ディーゼル・エレクトリック方式)が搭載されてきた。

 そこに変化をもたらしたのが2009年に1番艦が就役した「そうりゅう」型であった。「そうりゅう」型は「おやしお」型の次級となった潜水艦で、推進装置を回す電動機の動力源としてディーゼルエンジン、主バッテリー(鉛蓄電池)、AIPシステム(スターリングエンジン)を持つ新しい機関方式を取り入れた艦だった。

大気を必要としないAIPシステムを搭載することで長期間の潜航を実現している

 ディーゼルエンジンは大気が必要なので、浮上中あるいは潜航中にシュノーケリングで可動させ、発電機を回して電動機を動かしたり蓄電池の充電を行なう。一方、AIPシステムは液体酸素とディーゼル燃料(低硫黄ケロシン)を使用することで稼働し、発電機を回し電動機を動かす。これによりシュノーケルを使わずに従来よりも長時間の低速潜航が可能になり、鉛電池の容量も温存できる。

 こうした利便性から「そうりゅう」型が就役し始めた頃は、AIPシステムが通常動力潜水艦の能力を向上させるものとして大きく注目されていた。しかしAIPシステムは大きさの割には出力が低く、高速力を必要とするときは蓄電池か浮上してディーゼルエンジンを使い発電機を稼働させ、電動機を動かさねばならなかった。

 そこで「そうりゅう」型潜水艦の11番艦「おうりゅう」ではAIPシステムと鉛蓄電池の主バッテリーを廃止し、リチウムイオン蓄電池を搭載するように再設計された。AIPシステムと鉛蓄電池が置かれていたスペースに大型のリチウムイオン蓄電池を搭載したのである。潜水艦でリチウムイオン蓄電池をディーゼルと組み合わせて使用するのは世界初の試みであった。

AIPシステムを廃止することで大容量のリチウムイオン蓄電池を搭載した

■リチウムイオン電池とはどんなもの?

 リチウムイオン蓄電池とは電極(正極と負極。正極材料と負極材料は異なるものが使われている)の間をリチウムイオンが移動することで充電や放電を行なう二次電池のことだ。ちなみに潜水艦で使用されている従来の鉛蓄電池は電極に鉛が使用されている。

 リチウムイオン蓄電池は短時間で大容量の電力が蓄えられるため、シュノーケリングによる充電時間が短縮でき、放電効率が良く大電流放電が可能。そのため連続で高速航行を行なったり、低速長時間航行の期間を延ばせるのだ。これまで最大2週間程度だった潜航期間が格段に伸びたといわれている。

 また潜航中に接敵や攻撃回避で高速で艦を移動させなければならない場合にAIPでは力不足だったが、蓄電量が多いリチウムイオン蓄電池ならこの問題を解決できる。さらにリチウムイオン蓄電池は従来の鉛蓄電池に較べて寿命が長いという長所もある。

 ただしリチウムイオン蓄電池は長所ばかりではなく、大きな短所がある。可燃性の電解液を使用しているため、過充電で電池の温度が上昇すると発火する危険があるのだ。潜水艦に搭載する大型の蓄電池では冷却装置などの安全対策が必要になる。

■期待が高まる燃料電池搭載艦の登場

 「そうりゅう」型の後継となる次世代型潜水艦は、ディーゼルエンジンおよび発電機、リチウムイオン蓄電池、燃料電池を組み合わせた機関方式を搭載する予定だった。燃料電池は純酸素と純水素を使い電気化学反応を起こさせて発電する方式で水中航行時に使用する。そのため艦内には液体酸素と水素を貯蔵するタンクを持ち、燃料電池から発生する余剰の熱は熱交換器と冷却水循環システムで回収する方式になっていた。

燃料電池を搭載することが考えられていた次世代潜水艦

 通常、水素と酸素の反応は爆発して瞬間的に大きなエネルギーを放出するにすぎない。それでは動力の燃料源として使用できないので、還元剤の水素と酸化剤の酸素を直接反応させるのではなく、電解液を媒介として反応させてやる。こうすると爆発やそれにともなう瞬間的な発熱を起こさずに水素と酸素の燃焼反応によって発生する化学エネルギー(熱)を電気エネルギーとして取り出そうというのが燃料電池の発想である。

 燃料電池の潜水艦への利用は、1980年代からドイツが本格的に研究を開始しており、ドイツ海軍の保有する潜水艦212型は燃料電池推進システムを使用している。燃料電池は反応によってできる水を艦内に蓄えるため艦全体の重量変化がなく、深度に関係なく使用できるうえ、無音で低出力時の効率が良いという利点がある。

 ところが燃料電池の開発が遅れ調達コストも高騰する見込みから次世代型潜水艦では燃料電池の搭載をやめ、「そうりゅう」型の11番艦以降の艦と同じ機関方式のディーゼルエンジンおよび発電機、リチウムイオン蓄電池という組み合わせになった。これが「たいげい」型であった。4番艦以降ではリチウムイオン蓄電池を効率よく使用するための新型ディーゼル機関が開発され搭載することになっている。

「たいげい」型4番艦からは、新型ディーゼル機関が搭載される予定

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