新型コロナウィルスのパンデミックで、この3年間、まったく世界選手権レースがやって来なかった日本に、9月9日〜11日、いよいよWEC世界耐久選手権が帰ってきた。この後もMoto GP、F1、WRCと日本では国際イベントが目白押しではあるが、何はともあれ4輪世界選手権としてはWECが一番乗り。世界を転戦する“サーカス”がやってきた富士スピードウェイのパドックには、久々に多国籍な雰囲気が満ちていた。
そこで今回は、この約3年間、海外から送られてくる国際映像でしか見ることのできなかった注目のドライバー数名を実際に直撃し、気になるあれこれを聞いてきたので、連載形式でお届けしたい。
初回となる今回紹介するのは、マシュー・バキシビエール(Matthieu Vaxivière。実際の発音は、“マチュー・ヴァクシヴィエー”が近い)。今年トヨタの強力なライバルとして、開幕戦セブリングと第4戦モンツァを制しているアルピーヌ・エルフ・チームのドライバーだ。1994年生まれ、フランス出身の27歳である。
■モンツァで可夢偉と接触。日本のファンを警戒?
モンツァに関しては、レース終盤、小林可夢偉とのバトル中に接触したことで、印象に残っている方も多いはず。ということで、いきなりそのアクシデントについて聞いてみた。
「モンツァではトヨタと戦うことができて良かったよ。それまでは長い間、(BoPによって)勝負にならなかったから。もちろんコンタクトはあったけど、あれはレースでのバトルだし、結局彼らはそれによってペナルティを受けた」
「あれは可夢偉のミスジャッジだったと思う。だけど、ああいうバトルができたのは楽しかった。あの時、僕はインサイドにいたわけだけど、ストレートではトヨタの方が速くて、あるポイントでトヨタが僕の少し前に出た。でも、充分に前に出るという所までは行っていない状況からトヨタが右に戻ってきて、僕らは接触したんだ」
「あそこはストレートの終わりだったし、僕も少しは右に寄ったけど、引くわけには行かないからアクセルを緩めなかった。レースだからね。でも、可夢偉はもう充分に前に出ていると思っていたんじゃないかな。それで判断を誤ったんだと思う」
「ただ、レース直後に可夢偉とは話をしたんだ。可夢偉が『悪かった。君のことをよく見ていなかった』と言ってくれたし、彼はフェアだったよ。もちろんトヨタの人たちが、どう思ったかは知らないけど、可夢偉とは短いながらもそういう会話ができて良かったよ」
初対面の日本の記者がトヨタとのアクシデントに関して切り込んできたということで、ちょっと戸惑いながら(警戒しながら?)、そう答えてくれたバキシビエール。
なお、インタビュー終了後には、こそっと「日本のファンの人たちはどう思ったのかな? ひょっとしたらオートグラフセッションの時に、誰かにひっぱたかれちゃうかな?」ってなことも言っていたのだが、土曜日のピットウォーク中には多くのファンにサインを求められていてひと安心。
■“なかよし3人組”のピエール・ガスリーに順位を譲る
ところで、そんなバキシビエール、実はあのピエール・ガスリーを打倒したドライバーでもあるというのはご存知だろうか。
それはフランスF4時代の2011年。まだ彼らがル・マンにあるレーシングスクール『ラ・フィリエール』の生徒だった頃の話だ。この時、同じカテゴリーに出ていた中で、なかよし3人組だったのが、バキシビエールとガスリー、そしてアンドレア・ピジトラ(Andrea Pizzitola)。
その中でシリーズチャンピオンに輝いたのがバキシビエールで、2位がピジトラ。今や押しも押されぬF1ドライバーとなったガスリーは、シリーズ3位だったのだ。
しかも、このシリーズ3位という結果を後押ししたのがバキシビエールだったのである。
「実はシリーズ最終戦のレースで、僕はピエールに勝利を譲ったんだよね。ファイナルラップまで僕はレースをリードしていたんだけど、そこでラップタイムを5秒落として、ピエールを前に出したんだ。彼はそこで優勝しなければ、シリーズ4位だったんだよ」
これはガスリーの将来を考えてのことなのか、あるいはリザルトとしてなかよし3人でトップ3を分かち合いたかったからなのか。とにかくバキシビエールはそんな興味深いエピソードを教えてくれた。昔のセナとベルガーを思い出すわ……(古っ)とも思ったが、なかなかいいヤツなのでは。
それにしても、ジュニア・フォーミュラ時代からタイトルを獲る逸材だったということは、バキシビエールの最終目標もF1だったのではないかと思われるのだが、なぜ耐久にキャリアの舵を切ったのだろうか。
「確かに、ワールドシリーズ・バイ・ルノーに出ていた時は、ロータスのジュニアチームのメンバーにもなっていたし、F1に行きたいなと思っていたよ」
「でも、僕はカート時代から『F1、F1』ってF1しか見ていないっていうタイプではなかった。F1にはすべてがそろわなければいけないと思っていたし。それにキャリアの初めの頃から、シングルシーターと並行してGTもやっていて、2014年にはWECにも出始めた。ワールドシリーズ・バイ・ルノーと並行してGTEにも出ていたんだよね」
「そんな風にキャリアを通じて耐久に出場していたから、シングルシーターの機会を失っても、スムースに2017年からLMP2に移行できたんだ。LMP2はシングルシーターより車重があるけど、それを除けばシングルシーターととてもよく似通っているし、素晴らしいクルマだから。それにプロとしてやっていくために、WECでは明るい未来が見えたからね」
そんなバキシビエールにとって、WECでの次の目標はLMDhに乗ること。それも優勝を争えるクルマに乗って、「ル・マンを制したい」とのことだ。2024年から、アルピーヌはLMDhに参入予定。これから先の彼の活躍に期待していただきたい。
ちなみに、マチュー・ヴァクシヴィエーという発音が難しければ、「“マット・ヴァックス”と呼んでね」とのこと。今季最終戦、トヨタ8号車との“同点決戦”でもカギを握るひとりとなるだろう。