高速バスや貸切バスの座席には、ちょうど後頭部が当たる箇所に白いカバーがかけられている。あれは何のためにあるのだろうか?
文・写真(特記以外):中山修一
流行から生まれた「白いカバー」
バスのみならず電車や飛行機でも見られる、座席背もたれの白いカバー。元々は乗り物用ではなく家具用に発明されたものだ。
19世紀中頃・ヴィクトリア朝のイギリスで、マカッサル油と呼ばれる整髪料(育毛剤としても宣伝されたらしい)を頭に撫で付けて固めるヘアスタイルが男性の間で大流行した。
主成分が油なだけに、頭髪が触れた箇所に整髪料が移ってしまうのは仕方ないことで、マカッサル油ブームはソファーやイスをはじめ普段使いの家具類が汚れる要因にも繋がった。
せめてソファーやイス本体の生地に汚れを付けないようにするため、背もたれの上に白い布をかぶせて、汚れても簡単に交換できるようにする、というアイディアが生まれたわけだ。
次第にその白い布のことを、マカッサル油を避けるという意味合いの造語「アンチマカッサー(Antimacassar)」と呼ぶようになった。
背もたれのほか、肘掛を覆う白い布もアンチマカッサーの一種だ。
日本ではいつ頃から使用している?
商業でアンチマカッサーを最初に導入したのは劇場だったと言われる。1900年代に入ると公共交通機関でも使われるようになった。乗り物では鉄道での採用が最も早かったようだ。
日本においては、欧米の事例を参考にして取り入れたと考えるのが自然だろう。かなり古くからあったようで、戦前に発行された資料や写真などから、白いカバーがかけられた鉄道車両の座席を確認できる。
バスで白いカバーをいち早く取り入れたのは観光バスだったようだ。1938(昭和13)年に発行された『神戸市電気局 市営二十年史』に、カバー付きシートのバス車両の写真が掲載されている。
実用性に満ち溢れた“飾り”
元々は汚れ防止だった白い布(アンチマカッサー)であるが、乗り物用になると色々な役割がつけ加えられる。
整髪料や抜け毛が座席本体の布地に付かないようにする実用目的のほか、白いカバーには豪華さ・高級感・清潔感を演出する絶大な効果がある。
特急列車や長距離バス・貸切バスなどではグレードが高めの車内設備を用意しており、背もたれカバー付きシートの割合も併せて高い。
実際、それなりに高い費用を支払って、乗ったらシートにカバーが付いていないと損した気分にさせられるのは確かだ。
また、白は他の色と組み合わせると目立つため、車内の色調にメリハリがつき全体が明るく見えるようにもなる。
カバーに自社のロゴなどを入れてブランドを強調したり、広告スペースに活用できたりと、地味ながら物凄く応用が効く存在だったりするのだ。
面ファスナーで固定するのが標準的で、最近は白にこだわらず色が付いたカバーも各所で見られる。
クリーニング可能な布製が一般的と言えるが、ビニール製や使い捨て不織布タイプのカバーも発売されている。
高速車・貸切車専用……とばかりも言ってられない!?
いわゆる高速車と貸切車で運行されるバス便のシートに白いカバーがかけてあるのは、昼行・夜行・観光問わず半ばデフォルトのようなものだ。
伝統あるレース地はもちろん、スタンダードな白を筆頭に、青、ピンク、オレンジ、黄色と、事業者によって色や柄とりどり。中には座席番号を記して自席の場所がすぐ分かるように工夫されたカバーも使われている。
バスでの白いカバーは高速車・貸切車だけに許されたアイテムなのかと言えば、実は白いカバー付きシートで営業運転を行う路線車だって一部にあるのだ。
路線車の場合ハイバックシートはともかく、背もたれが低いシートにカバーを被せても、モケットのすり減り軽減にはなるかも知れないが、本来の汚れ防止という面での実用性はそれほど期待できない。
むしろ、路線バスでも上質さや清潔感を持った車内空間を提供するために用意された贅沢なサービスに感じる。
ちなみに、日本語で白いカバーのことをアンチマカッサーとは殆ど言わない。代わりに頻繁に使われるのが「枕カバー」である。英語圏では単純に「ヘッドレストカバー」とも表現する。
白いカバーが特別感を持っているのは今も昔も共通だ。
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