トヨタGRヤリスとトヨタGRカローラを袖ケ浦フォレストレースウェイ(千葉県)で走らせる機会を得た。走行ステージはダートとサーキットだった。GRが取り組む『モータースポーツを起点とした、もっといいクルマづくり』と、そこから生まれたスポーツ4WDシステムGR-FOURの性能やモデルごとの乗り味の違いを体感するのが試乗会の趣旨だ。
GRヤリスは、企画から生産までTOYOTA GAZOO Racing(TGR)が一貫して手がけた初のモデルである。『WRC(FIA世界ラリー選手権)で勝ち抜くための知見やノウハウを注ぎ込んだ』スポーツカーで、開発にあたっては『空力、軽量、高剛性』を追求。
エンジンは1.6リッター直列3気筒直噴ターボのG16E-GTSを専用に新開発した。これに、6速MTと、多板クラッチによる前後駆動力可変システムを備えるスポーツ4WDシステム、GR-FOURを組み合わせる。
GRカローラは『お客さまを虜(とりこ)にするカローラを取り戻したい!』とのモリゾウこと豊田章男社長の強い思いから開発が始まった。2022年4月に世界初公開されると、同年6月1日に日本仕様車が発表。GRカローラRZと、『モリゾウ自らが試作車のハンドルを握り、“お客さまを魅了する野性味”を追求』した2シーターモデルのGRカローラ・モリゾウエディションの2グレードで構成する。両グレードとも、同年冬頃から抽選予約受付を開始、2023年年初から台数限定で販売する予定だ。
■GRカローラが加わり、さらに盛り上がるトヨタのスポーツ4WD
GRカローラは、カローラスポーツのボディを基本骨格とすることで、ロングホイールベース(GRヤリスの2560mmに対し2640mm)が生み出す高速安定性を特徴とし、フロントを60mm、リヤを85mmワイドトレッド化して高い旋回性能を実現。5ドア・5人乗りの高い利便性をそのままに(RZに限るが)、高いスポーツ性を加味したモデルだ。
GRカローラの開発には、スーパー耐久シリーズへの参戦が大きく寄与している。TGRは2021年5月のスーパー耐久シリーズ第3戦富士から、G16E-GTSを水素エンジン仕様に仕立てて搭載したGRカローラ(通称「水素カローラ」)で、モータースポーツを通じたカーボンニュートラルへの取り組みを行っている。GRカローラの市販バージョンを開発するにあたっては、モータースポーツで鍛えた経験が生きている。
「2020年の発売と同時にGRヤリスでスーパー耐久に参戦し、2021年には水素カローラが続きましたが、これらの活動から学びがありました」と、GRヤリスの開発を担当する齋藤尚彦氏は説明する。「ノーマルのエンジンで参戦していましたので、壊れまくりました。その経験が水素カローラに生き、水素カローラの経験がGRカローラに生きています」
GRカローラの開発を担当する坂本尚之氏は、「スーパー耐久に出て弱点がわかったので、何をやればいいのか迷いがなく、それが大きかった」と振り返る。
GRカローラの開発を始めた当初のエンジンの最高出力と最大トルクは、GRヤリスと同じだったという。開発をサポートするレーシングドライバーの大嶋和也選手は「全然走らない」とフィードバックを寄こした。
GRヤリス RZ “High Performance”の車両重量が1280kgなのに対し、GRカローラRZの車両重量が1470kgなのだから「走らない」と感じて当然だった。
石浦宏明選手の感想も同様で、「まったく興奮しない感じから始まった」と証言する。「車重の影響でレスポンスが足りなく感じるし、加速感も『これじゃあ、スポーツカーとは言えない』というレベルでした」
そこで、GRカローラの開発にあたってはエンジンを強化した。RZの最高出力はGRヤリスよりも24kW(32ps)高い224kW(304ps)に引き上げた。2シーター化をはじめとする徹底した軽量化によって30kg軽く仕立てたモリゾウエディション(1440kg)は、RZと同じ224kW(304ps)の最高出力ながら、最大トルクをGRヤリス比で30Nm引き上げ、400Nmとした。
G16E-GTSのエンジン名称に変わりはないが、GRカローラが積む1.6リッター直列3気筒直噴ターボは明確に進化している。具体的には、出力/トルクを向上させるため、高圧燃料ポンプの容量を増量。大きなトルクに耐えるようにするため、ピストンの材質を変更して強化した。
燃料増量による排気エネルギーの増加に対応するため、排気側カムシャフトのサポートを追加。バルブスプリングも強化し、排気がスムーズに流れるようにした。
排圧低減による排気効率向上を狙い、新たに切り換えバルブ付きの3本出しマフラーを開発。発熱量が増えるため、GRヤリスで10段だったオイルクーラーを14段に増やした。
実はGRカローラに搭載するエンジンは、1年前倒しでの投入なのだという。それが実現できたのは、スーパー耐久への参戦を通じたアジャイルな開発により、「何をすればいいか」を明確に把握することができたのが大きいという。
■ダート試乗で圧巻の走りを魅せるGRカローラ“モリゾウエディション”
ダートコースで筆者を待ち構えていたのは、GRヤリスRZ ダート仕様車とGRカローラ“モリゾウエディション”(プロトタイプ)だった。それぞれ、ダンパーやコイルスプリング、前後LSD、クラッチなどが変更され、ダート仕様車となっている。クラッチと前後LSDはGRパーツだ。
同乗走行によってGRカローラ“モリゾウエディション”の真価の一端を披露してくれた全日本ラリーチャンピオンの勝田範彦選手は、「まだ詰め切れていない部分はあるが、初心者レベルの乗りやすい仕様にしてある」と説明してくれた。
範彦選手のように、コーナーの入口から鼻先をインに向け、お尻を振り出しつつも、弧を描くラインをトレースするような走りを再現することは(当然ながら)できなかった。だが、クルマとの対話を存分に楽しむことができた。
砂を必死に搔いているときは気づかなかったが、後から思えば、リヤの駆動力を頼りにクルマをコントロールしようとしていた。ちょっと乱暴にアクセルペダルを踏み込んでも動きに破綻がないし、踏む込んだときのエンジン〜駆動系のレスポンスがいいので、修正が容易だ(外から見たらボロボロだったろうが)。
GRヤリスは、キビキビとした身のこなしの軽い動きが印象的だし、それに比べるとGRカローラのほうは動きに落ち着きがある。長いホイールベースの効果が大きいが、だからといって曲がりづらいわけではない。範彦選手の言葉を借りれば、その理由は「ダートを走る場合は車重がトラクションにつながるため、曲がりやすさを助けている部分もある」ということになる。
■ダートもサーキットでもGRヤリスは軽快、GRカローラは安定志向
ダートでは「GRカローラ“モリゾウエディション”、すげーな」という印象を受けたが、サーキットでの対峙でその印象を一段と強くすることになる。試乗順はGRヤリス RZ “High Performance”〜GRカローラRZ(プロトタイプ)〜GRカローラ・モリゾウエディション(プロトタイプ)で、運良く、GRシリーズの進化の過程を時間軸で追う格好になった。
GRヤリスもGRカローラも、シフトレバーの近くに4WDモードセレクトスイッチがあり、ダイヤル操作でNORMALとSPORTの切り換え、ボタンをプッシュすることでTRACKモードへの切り換えが可能だ。
NORMALモードの前後駆動力配分は前輪60:後輪40、SPORTモードは前輪30:後輪70、TRACKモードは前輪50:後輪50となる。
たっぷり周回することができたので、モードを切り換えながら走行した。個人的な好みでいえば、TRACKモードが一番気持ち良かった。サーキットを意味するTRACKを冠したモードなのだから当然なのかもしれない。
NORMALではコーナーの立ち上がりで外に膨らんでいくような動きを感じるし、同じ場面でSPORTではお尻が外に出ようとする素振りを見せる。筆者のようなサーキット初心者には、制動時も旋回立ち上がり時もとことん安定したTRACKが最適だ。
お尻を振り回し気味にして楽しみたい向きには、SPORTがいいかもしれない。どのモードを選択しても突如として破綻する不安がないのは共通している。駆動時にレスポンス良く4輪に駆動力を分配する4WDシステム=GR-FOURの恩恵だ。
サーキットでもダートと同様、GRヤリスRZ “High Performance”はキビキビとした軽い身のこなしが印象的だった。見た目の印象から受けるとおりで、GRカローラRZ(プロトタイプ)はGRヤリスとの対比で言えば安定志向。だが、充分にハイパフォーマンスで、素の状態でサーキットを苦もなく走れてしまう5ドア5シーターだ。
GRカローラ“モリゾウエディション”(プロトタイプ)は、まったくの別物である。リヤシートを取り払って軽量化を図っているが、手を入れたのはそれだけでなく、構造用接着剤の塗布範囲を増やし、ボディ補強ブレースを追加した。開発陣が重視する“体幹”をさらに鍛えるためだ。
そもそも、GRカローラはベースとなったカローラスポーツに対し、スポット溶接の打点を349点追加し、構造用接着材の塗布範囲を2748mmも増やしている。大きな剛性アップを果たしたうえに、輪を掛けて手を入れたのがモリゾウエディションだ(構造用接着材の塗布範囲は、RZ比で3334mmも増やしている!)。
『お客さまを魅了する野性味』を追求したというだけあり、エンジンを始動した瞬間からただ者ではないムードを漂わせる。野太い排気音はまるで、腹を空かせた猛獣が喉を鳴らしているようだ。
RZに対して30Nm引き上げた最大トルクがスペック表の表記だけに留まっていないのもモリゾウエディションの魅力。ピットレーンから本コースに流入すべくアクセルペダルをひと踏みした瞬間に、背中をシートに押し付ける力強さで“別物”であることを実感させる(ダートコースでもアクセルを踏み込むたびに感激していた)。
ファイナルギヤのローギアード化と1〜3速のクロスレシオ化も低〜中速域の頼もしさにつながっているのだろう。野性味はあるが、暴れ馬では決してなく、ドライバーの手綱さばきに柔順なのは美点で、同じように運転しているつもりなのに、モリゾウエディションは旋回スピードも直線での到達スピードも明らかに前に乗った2台より速い。「気持ちがたかぶり、ずっと走らせていたくなる走りの味を実現した」というが、まさにそのとおり。オーナーを虜にすること間違いなしだ。