ル・マン24時間レースで3連覇を遂げ、2021年シーズンをもって現役のレーシングドライバーから引退した中嶋一貴。引退後はドイツのケルンに赴任してTGR-E(トヨタGAZOOレーシング・ヨーロッパ)の副会長を務め、GAZOOレーシングのモータースポーツ活動の運営やPR活動に精力を注ぎ、多忙な日々を送っている。
そんな一貴副会長が、ニュルブルクリンク24時間耐久レースの専用ライセンスを取得する目的で、11月5日のNLS(ニュル耐久シリーズ)46. NIMEX DMV 4h-Rennenへ現れた。リングレーシングのオーナードライバーのウーヴェ・クレーンと組み、VT2 R+4WDクラスのスープラを駆って、今季二度目となるNLSの参戦である。
そのレース後、彼にとって新境地となるニュルを走った感想や、この先のプランを聞いた。
■「速いクルマの邪魔にならないように走った」
──トップカテゴリーのマシンで世界各地のサーキットでのレース経験を豊富にお持ちですが、ニュルのノルドシュライフェ(北コース)は他のサーキットとちょっと違うご経験だと思います。今回二度目となるNLSでノルドシュライフェを走られたご感想を聞かせてください。
一貴副会長:最初はこの長いコースを覚えられる気がしませんでしたが、二度目のレースでやっと少しずつ覚えられてきているかな、と思っています。まずはコースを覚えるということが難しいサーキット、それに尽きますね(笑)。
今回のレースでも午前中の予選は路面がウエットで、前回に参戦した際もウエットだったので、天候の変化に対応するのが大変だなと感じます。
コースを覚えること、天候を含めた路面コンディションの見極め方、アップダウンが非常に大きいサーキットですので、コーナーに入ってみないとクルマがどう動くのか分からないところもあり、クルマの挙動をつかむのも難しいと感じ、非常にチャレンジングなコースだと思いました。
よくこんなところで24時間の耐久レースをやっているなぁと心底思いましたし、GT3のドライバーはものすごい感覚で乗っているなぁと思いました(笑)。どちらかというとラリーに近い感じで走っているような印象を受けましたね。
──WECやル・マンではLMP2やGTEを抜いていく立場でしたが、その逆の立場はいかがでしたか? レース中の映像ではウィンカーで『お先にどうぞ』のサインをよく出されていましたね。
一貴副会長:かなり頑張って、極力気を遣って、速いクルマの邪魔にならないように走ったつもりでした。とにかくコースが狭いので、避ける方も大変ですし、あんな狭いところをよくもまぁ勢いよく抜いて行くなぁと感心しました(笑)。
以前にスーパーGTではGT300を1年だけドライブさせて頂いたことがあるのですが(編註:2005年の吉兆宝山 with apr)、なんとなくそんな頃のことを思い出しながらニュルで走っていました。だんだん慣れてくると、タイムを落とさないような上手な抜かされ方のコツも少しずつ掴めてきましたね。
普通のサーキットと違い、このニュルのノルドシュライフェは次から次へとコーナーが現れるので、後ろから猛スピードで迫る速いクルマを気にしてミラーばかりを見ている訳にもいきません。頭の後ろにも目が付いていて欲しいと思いましたし、そういった部分では非常に難関なコースだと思いますし、苦労もしています。
──モリゾウ選手こと豊田章男社長をはじめ、ニュルを経験した多くの日本人ドライバーたちがニュルの魅力を口にされていますが、実際にレースで走ったことで先輩たちの語るニュルに共感された部分はありましたか?
一貴副会長:さまざまなコーナーや縁石、アップダウンが豊富なノルドシュライフェを走ってみて、クルマが鍛えられるという意味を改めて実感しましたし、その一方でクルマが鍛えられるということはそれを操るドライバーも鍛えられるので、その分ドライバーに求められるものも非常に高いと思いました。
今日のレースではスタートから15周をドライブしたのですが、非常に疲れましたね。ここを走るすべての先輩ドライバー方は凄いことをされているのだと、改めて実感しました。
■“裏方”で参加したニュル24H「めちゃくちゃハード」
──今回のライセンス取得は来年のニュル24時間レースの参戦を目的としたものなのでしょうか?
一貴副会長:実はこっそりとこのニュル耐に出ていたのですけどね(笑)。何か明確なプランがあってニュルのライセンスを取得したわけではないんですよ。
ただ、僕は現在ケルン在住でもあり、ニュルは非常に近くて身近な存在となり、ニュルを知っておいて損はないと思いました。TGR-EとしてGT4などのカスタマーレーシングの活動にも取り組んでいますし、ここニュルはGAZOOレーシングにとっても非常につながりの深い場所でもありますので、今後なにかの折にニュルでの経験が活かせられれば良いな、という意味でチャレンジをしてみました。
──来年はスープラGT4 Evoが発売されることが公式発表されましたが、今回ニュル耐でドライブされていたVT2クラスのスープラも、今後はGAZOOレーシングから発売される予定なのでしょうか?
一貴副会長:いいえ、こちらはどちらかというと限りなく量販車に近い2リッターターボのスープラで、僕が今回参戦しているチームのリングレーシングが独自に開発したニュル用のレーシングカーです。彼らがこのクルマを今後どこでどう走らせるのかについては、TGR-Eは関与していません。
ニュルのライセンスをどうしたらより効率良く取得できるのか、という意味でこのVT2 R+4WDクラスのスープラが僕にとって的確だと判断し、今回はこれをドライブすることになりました。
──今年のニュル24時間レースにはATクラスからエントリーしたスープラGT4の裏方としてお手伝いで参加されていましたね。こっそりと裏から様子を拝見していましたが、ル・マン3連覇の王者が一体何をされていたのか、ちょっと気になっていました。
一貴副会長:TGR-E社内の、普段はレースに関わらない有志のメンバーが集まって参加したニュル24時間レースのプロジェクトでした。たまたま合成燃料の取り組みを始めてみたところでして、僕自身はTGR-Eでの社歴が新しいのでお手伝いで参加させて頂いたのですが、このプロジェクトに参加したことにより、社内のさまざまな方達と関われたことは大きな収穫でしたし、とてもよい経験で楽しかったです。
──ドライバーではない裏方の立場で24時間レースに参加されてみていかがでしたか? 設営や撤収もされているお姿は、非常に新鮮に映りました。
一貴副会長:よくル・マンなんかでピットの中でメカニックが椅子や床で寝落ちをしているのを見掛けていましたが、あの彼らの気持ちがやっとよく分かりました。24時間レースの裏方ってめちゃくちゃハードですね(笑)。
──ル・マンに限らず、ニュル24時間レースにも日本ではかなり多くのファンがいらっしゃいます。今後、中嶋さんにもニュルの魅力を是非発信して頂きたいと願っています。
一貴副会長:公式に一度現役を引退していますから、もし乗れる機会が訪れるとしたらどういった形になるのかは分かりませんが、僕自身がこのニュルのレースの雰囲気やコースを気に入り、魅力的に感じていますので、ドライバーとして乗る・乗らないは別としても、ニュルの魅力を発信していくのも僕の役割のひとつだと思っています。
ピット内の和やかな雰囲気やファンと出場者が一体化している手作り感のあるレースは、僕自身がとても楽しんでいます。
──ニュルではGAZOOレーシングが来年に水素カーで24時間レースを走るのではないか、という噂が何度も流れていますが、その点はいかがでしょうか?
一貴副会長:実際に水素カーで来年にニュルへ挑戦するのかどうかは、現時点では分かりませんが、近い将来に実現できれば良いな、と僕自身は考えています。ルーキーレーシングが日本のスーパー耐久シリーズで行う水素カーの活躍がここニュルで認知され、注目を浴びているということは、非常に素晴らしいと思います。
この活動が日本だけではなく、ヨーロッパへも広がってくれると嬉しく思います。ニュルはスーパー耐久シリーズに似ているところがあり、水素カーの実験的な参戦も受け入れてくれるところもあるだけに、僕個人としては実現する日が来ることを願っていますね。
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一貴副会長のスティントは予選と本戦のスタートからニュル耐のオフィシャルオンボード映像で流れており、現地にいた多くのファンや関係者も彼のニュルへの参戦を喜び、応援していた。マシンを降りた一貴副会長は、心からレースを楽しみ、溢れんばかりの笑顔でチームメイトやファンと気さくに話す姿がとても印象的で、今後ニュル24時間レースへの参戦を期待する声が多く寄せられた。
リザルト(参加台数87台)
予選:総合56番手
決勝:総合39位/クラス3位