2022年、アルファタウリの角田裕毅は、F1での2シーズン目を戦っている。昨年に続き、エディ・エディントン氏が、グランプリウイークエンドを通して角田の動きをくまなくチェックし、豊富な経験をもとに、彼の成長ぶり、あるいはどこに課題があるのかを忌憚なく指摘する。今回は2022年F1第14戦ベルギーGP、第15戦オランダGP、第16戦イタリアGPについて語ってもらった。
──────────────────
翌年の契約がないまま9月を迎えた場合、ドライバーは非常に強いストレスを抱えた状態に置かれる。チームボスは、毎日のように「君は来年残れるよ」と言っているかもしれないし、チームオーナーも毎週電話をしてきて「来年誰かと交代させるつもりはない」と保証してくれているかもしれない。それでも実際に書類にサインをするまでは、疑心暗鬼の状態で、熟睡はできないし、仕事に100パーセント集中もできない。
ドライバーからチームオーナーまで、ディーラーからドライバーのマネージャーまで、モータースポーツにおいてあらゆる立場を経験した私は、ドライバーの心理を知り尽くしている。だからこそ、ドライバーとの契約を延長する場合には、必ずサマーブレイク中にサインするようにしてきた。秋まで引っ張るような真似をせず、ドライバーの心からストレスを取り除く。それがシーズン終盤にチームにより良いリザルトをもたらすからだ。
「エディ爺さんはまた過去の自慢話に夢中になっている」と思ったなら大間違い。ここまでの前置きが、角田裕毅のこの3戦についての分析にうまくつながっていくので、任せておきなさい。
さて、サマーブレイク後の3戦で角田はノーポイント。チームメイトのピエール・ガスリーは、ザントフォールトでは惜しくも11位、スパとモンツァで入賞して、3連戦で6ポイントを獲得した。角田の方は、ベルギーでは予選で低迷し、決勝ではアレクサンダー・アルボンの後ろのDRSトレインに引っかかり、浮上できなかった。ザントフォールトでは、コース上で二度もマシンをとめるというとんでもない展開の後にリタイア。モンツァは複数のペナルティを受けて最後尾からスタートしたため、週末が始まる時点でトップ10入りは望めない状況だった。
このなかで角田が才能を示せたのはザントフォールトのみだった。予選でガスリーに勝ち、チームメイトの前を走っていたのだ。しかしテクニカルトラブルが起きたことで、リタイアに終わった。この時のことを振り返ると、もろもろのことについてのチームの管理の仕方もそうだが、裕毅自身の対応の仕方もほとんど素人だったと言わざるを得ない。単純にコース脇にとまってマシンから降りる、そういう行動を取るだけの自信が彼にはなかった。一方、チームの方はドライバーの言うことを理解できず、信じることもできなかった。そのために彼は、致命的な問題を抱えたマシンに再び乗って、コースに戻ってしまったのだ……。
角田は無線でチームに対して頻繁に感情を爆発させているくせに、コクピット内からチームを正しい方向へとリードするだけの自信は持ち合わせていないようだ。だがそれは年齢と経験を考えると仕方ない。さらに、将来が安泰でないことから、心の平和と自信を持ちづらい状況にあるのだろう。
複数の信頼できるジャーナリストたちから聞いたところでは(そう、ジャーナリストのなかにも何人かは信頼できる者がいるのだ)、裕毅は、将来に関して自分ではコントロールできない部分があると話したという。このころ、レッドブル首脳陣はコルトン・ハータをアルファタウリに連れてくるというアイデアに夢中になっていた。そのことが角田の心によい影響を与えていなかったのではないかと、私は考える。もちろん、ヘルムート・マルコが言っていたのは、ガスリーがアルピーヌに行く場合の後任としてハータを検討しているという内容だった。だが、あのマルコのことだ。結局は、ガスリーをアルピーヌに行かせないまま、ハータを獲得したいと思うようになってもおかしくなかったし、そういった疑念が角田の心のなかにあったのかもしれないと想像する。
マルコは、角田との2023年契約延長を早い段階で発表すべきだった。そうしていれば、角田の心の中に平和が訪れ、残りレースに100パーセント集中できていただろう。何らかの理由があって状況が変わったなら、その時に新たな発表をすればいい話だ。実際、レッドブルはガスリーの残留を6月に発表しながら、今はアルピーヌに譲ってもいいと言い出している。
私がチーム運営に関わっていたころに最優先していたのは、ドライバーに心の平穏を与えることだった。そうすれば、彼らはコース上で最善の結果を出してくるからだ。だがマルコが最優先事項と考えているのは、自分がボスであるということを世界に示すことであり、ドライバーやチームが何を必要としているのかについてはおかまいなしだ。いやはや、いつまでたっても学ばない人間というのが、世の中にはいるのだな……。
────────────────────────
筆者エディ・エディントンについて
エディ・エディントン(仮名)は、ドライバーからチームオーナーに転向、その後、ドライバーマネージメント業務(他チームに押し込んでライバルからも手数料を取ることもしばしばあり)、テレビコメンテーター、スポンサーシップ業務、講演活動など、ありとあらゆる仕事に携わった。そのため彼はパドックにいる全員を知っており、パドックで働く人々もエディのことを知っている。
ただ、互いの認識は大きく異なっている。エディは、過去に会ったことがある誰かが成功を収めれば、それがすれ違った程度の人間であっても、その成功は自分のおかげであると思っている。皆が自分に大きな恩義があるというわけだ。だが人々はそんな風には考えてはいない。彼らのなかでエディは、昔貸した金をいまだに返さない男として記憶されているのだ。
しかしどういうわけか、エディを心から憎んでいる者はいない。態度が大きく、何か言った次の瞬間には反対のことを言う。とんでもない噂を広めたと思えば、自分が発信源であることを忘れて、すぐさまそれを全否定するような人間なのだが。
ある意味、彼は現代F1に向けて過去から放たれた爆風であり、1980年代、1990年代に引き戻すような存在だ。借金で借金を返し、契約はそれが書かれた紙ほどの価値もなく、値打ちがあるのはバーニーの握手だけ、そういう時代を生きた男なのである。