11月19〜20日に行われたマカオGTカップでは予選レース、メインレースともにメルセデスAMG GT3が優勝するなど、世界のGT3レースシーンで常にトップを走り続け、数多くの勝利を挙げるメルセデスAMG。現行GT3車両であるメルセデスAMG GT3 Evoのホモロゲーション期限も迫るなか、2024年にはWEC世界耐久選手権/ル・マン24時間がGT3車両に対して門戸を開くタイミングを迎える。
そんなメルセデスAMGを取り巻く環境のいまと将来について、カスタマーレーシングを率いるシュテファン・ヴェンデル代表に聞いた。
■日本人のワークスドライバー誕生も願う
──世界各国のレースでメルセデスAMGのカスタマーレーシングの活動は非常に精力的に行われており、特に今季はどのカテゴリーでもチャンピオン争いに絡み、良いシーズンになりましたね。
シュテファン・ヴェンデル(SW):大きなものでいうと、ニュルブルクリンク24時間では優勝は惜しくもアウディに譲ったがダブルポディウム、スパ24時間では1位、2位、4位、キャラミ9時間の優勝、ADAC GTマスターズでは前GT3モデルSLSから7年ぶりのシリーズ優勝、マカオGTカップでは2戦ともに優勝など、厳しくもあったが、非常に良いポテンシャルを示せたシーズンだったと思う。
──DTMドイツツーリングカー選手権ではあなたの古巣、シューベルト・モータースポーツが初タイトルを勝ち取りましたね。
SW:DTMでは去年の逆転優勝を経て、さまざまなレギュレーションン変更があり、今季のタイトルは厳しいだろうと予想をして開幕に臨んだ(※DTMでは今季からチームオーダーやメーカーオーダーを厳格に禁止)。
私の古巣であるシューベルト・モータースポーツの長年の努力が実り、DTM初参戦にして優勝は非常に嬉しくもあり、素直に心から彼らの活躍を嬉しく思った。彼らの頑張りを見ていただけに、メルセデスAMGはシューベルトに次いでシーズン2位で終えたことに納得せざるを得ない(※ヴェンデル氏はメルセデスAMGのカスタマーレーシング代表就任前は、長年シューベルト・モータースポーツのチームマネージャーを務めた)。
──クラス1でのレース活動を終え、昨年からGT3時代となったDTMは、未知なる挑戦となることから非常に手探り状態ではじまりました。従って、様子を見ていたチームもドライバーも多く小さなフィールドでしたが、今季はぐっと参加台数も増え、トップドライバーの参加も増えました。
SW:とくにヨーロッパではGT3のレースの活動が非常にフォーカスされており、GTワールドチャレンジやDTMはGT3を代表するプロレースとなっている。
今季のDTMは恐らくヨーロッパのスプリントGT3の中では最高レベルになるような激しい戦いになったと思う。それと並んでGTワールドチャレンジのエンデュランス・カップはさらに多くのトップドライバーを誇っている。この両シリーズはドライバーのレベルが特に高く、僅差の戦いとなっているだけに非常に激しく、観る者を魅了しているのは確かだ。
しかし、私は数多くあるシリーズの甲乙を付けることを好ましいと思っていない。そこに出ているチームや選手や関係者は、プロアマ問わず非常に懸命な努力を重ねて1戦ずつを戦っており、それぞれのシリーズには応援するファンが付いてくれているからだ。だから、メルセデスAMG勢としては、カスタマーチームが全力でレースに挑む姿やパフォーマンスを、世界各地で応援してくれているファンの前で披露し、そしてファンと共にこれからも喜びを分かち合いたいと願っている。
──日本ではスーパーGTなどでメルセデスAMG GT3が活躍していますが、性能調整などで厳しい状況のようですね。
SW:その状況は把握している。厳しい状況でも、グッドスマイルレーシング&チーム右京はスーパーGTで強さを見せ、見事に1勝を挙げたことは非常に素晴らしい。弊社の世界中のカスタマーサポートで得た経験や情報を踏まえてデータの共有化など、パフォーマンスサポートを取り入れており、スーパーGTで活躍する3台にも、その中のデータベースから利用できるものは大いに活用して欲しい。
ただ、スーパーGTではタイヤはフリー(自由競争)で、ヨーロッパのようなタイヤのワンメイク制度ではないので、ヨーロッパでうまくいったレースのデータベースが必ずしもスーパーGTのコンディションに合うわけではないが、その中のひとつでもスーパーGTのスタイルとマッチし、うまく活用できればと願っている。
──メルセデスAMGのトップドライバーの一員になりたいと願うドライバーは多く存在し、日本人のドライバーからもAMGのファクトリードライバーになりたいという声を聞きますが、AMGのファクトリードライバーになる基準というものはあるのでしょうか?
SW:いつかの日かAMGのブランドを背負い、世界中のレースでトップポテンシャルを発揮する日本人のAMGのパフォーマンスドライバーが誕生してくれると嬉しいと思っている(※『パフォーマンスドライバー』はメルセデスAMGにおけるファクトリードライバーの名称)。
パフォーマンスドライバーになるための条件? 彼らをしのぐ速さとポテンシャルを発揮することだけだ。1~2戦のレースだけで速さやポテンシャルを見せるのではなく、コンスタントにパフォーマンスドライバーを充分に抑えられるような走りを見せることが重要で、たとえばもしも彼らと組んだ場合に同等の高いレベルを常に発揮できるポテンシャルが必要となる。
従って世界でAMGを駆り活躍するカスタマーチームやドライバーのリザルトやデータは常にワークスでチェックしており、誰がAMGにとって必要とするドライバーなのか、と目を光らせていいるのは事実で、パフォーマンスドライバーになる条件に国籍は関係なく、日本人にも充分にチャンスはある。
たとえば、11月にAMGのカスタマーレーシングでは1週間にわたってバルセロナのサーキットを貸切り、GT3やGT4などのトラックデーを行うと同時に、木曜日と金曜日にヤングドライバーテストを行い、次のシーズンにファクトリードライバーやパフォーマンスドライバーになる可能性のあるドライバーを招待して走りを見せてもらう機会を設けている。
将来の成長が見込める若いドライバーがこのテストをパスした場合は、DTM、GTマスターズやGTワールドチャレンジといったカテゴリーに、AMGのブランドを背負って立つドライバーになれるチャンスがあるということだ。
この試みは昨年からはじめ、弊社にとっても若手のドライバーにとっても非常に実りのある興味深いテストの機会となっている。日本人ドライバーも、このテストに招待されることを願っている(※メルセデスAMGではこのトラックデーで現役のパフォーマンスドライバーもテストを受け、契約内容や更新にも関わる重要な機会となっている)。
■新型GT3導入延期は結果的にナイスタイミング?
──SLSから始まったメルセデスAMGのGT3車両ですが、2016年には現行のGTへ変更になり、2020年にEvoが登場しました。そろそろホモロゲーション期間が終了間近となってきましたが、すでに次のモデルの開発に入っていたりするのでしょうか?
SW:すでにカスタマーチームにはEvoを発表した際に最長2024年までと告知をしてある。当初は2024年に新モデルのGT3デビューを予定していたのだが、諸事情で2025年に延期になった。
まずは、AMGの量販車の開発チームとホモロゲのベース車両の件でさらに詰めないといけないのだが、Covid-19の影響を受け1年延期せざるを得なくなった。
ただ、2025年からはFIAのGT3の新レギュレーションが導入となり、さまざまな事項に変更が生じることから、当初痛手と思われたこの1年の遅延は、むしろAMGとしては良いことなのではと思っている。
──ところで、2024年にはWEC/ル・マンでもGT3マシンの参戦が可能となります。メルセデスといえば、1999年のCLRを最後にル・マンから遠ざかっていますが、再びシルバーアローがル・マンを走ることについては、どうお考えでしょうか?
SW:メルセデスAMGはもちろんのこと、GT3で参戦するチームのすべてがル・マンに参戦を希望しているのではないだろうか。カスタマーチームからのル・マン参戦希望がほぼ全チームから私へと入っているのは事実だ。
メルセデスAMGとしても再びル・マンへという希望と目標を持っているのは間違いないが、ACOやFIAとの今後の話し合いでGT3がどのようなコンディションで参戦になるのか、動向を見守っている。
また、これだけ世界中のGT3のチームがル・マンを走りたいと希望する中、メーカーごとに割り振られる参加可能台数にも非常に限りがあると考えているが、たとえ各メーカーの参戦台数が1~3台という少数だったとしても、弊社のカスタマーチームの参戦が確保できるようにメルセデスAMG側としても全力で交渉に当たりたいと考えている。
ハイパーカークラスではないももの、カスタマーチームとともにル・マンへの復帰の夢を叶えたいと願っているし、もしそれが叶うのであれば、メルセデスAMGにとって新たな歴史の章を開くことになるだろう。
■電気自動車レースシリーズへの展望
──ところで、DTMでは数年後の稼働を目指して電気自動車のレーシングカーを開発している真っ最中です。ドイツの街角ではメルセデス・ベンツの電気自動車のEQシリーズを見掛ける機会が日々増えていますが、メルセデスAMGのカスタマーレーシングとしての電気自動車のDTMへの興味はどのようなものなのでしょうか? メルセデスはすでにフォーミュラEから撤退していますが……。
SW:基本的には弊社としては、電気自動車は今後さらに重要になるテーマでもあるのは間違いない。ただ、実質的に『いつ』モータースポーツ界に電動化が本格化するのか、ということが問題だ。
とくにバッテリーについてはまだ現時点では懐疑的で、果たしてバッテリーで稼働するレーシングカーが最適なのか、それともガソリンに代わる燃料の開発やレースでのランニングコスト面での問題が先に解決策となるのか……。現行で世界のGTレースのスタンダードとなっているGT3マシンのポテンシャルとレベルが同等のレースが行えるテクニカル部分の開発の発展性にもよると思う。現時点では残念ながら、その解決策はまだ見付けられていない。
FIAのE-GT、ゲルハルト・ベルガーとITRでは独自のEVモデルといったコンセプトモデルが発表されている。ITRのDTMのEVマシンはシェフラーが開発しているのだが、我々メーカー側が望むような『アイデンティティ』をマシンに活かすことはできない。メーカーとしての『アイデンティティ』が出せずAMGとしての個性やポテンシャルが見いだせないとなると、あえてワンメイク化されたEVのDTMには現時点であまり利点を感じないし、価格面についても厳しいと感じる。
だが、AMGとしては今後もオープンな立ち位置に身を置き、動向を見守る。レーシングカーも量販車においても電動化については避けては通ることのできないテーマのひとつとなっているだけに、FIAやITRとの話し合いには積極的に参加している。