マックス・フェルスタッペンは、元チームメイトのダニエル・リカルドについて、2018年末にレッドブルを去るべきではなかったと述べている。
レッドブルを去ってルノーへ移籍するというリカルドの決断は、当時のF1パドックの全員に衝撃を与えた。またその後、新型コロナウイルスの影響で2020年シーズンの開幕が遅れる前から、リカルドがルノーを離れて2021年のマクラーレン移籍を決めたこともさらなる驚きだった。
マックス・フェルスタッペンは、元チームメイトのダニエル・リカルドについて、2018年末にレッドブルを去るべきではなかったと述べている。
レッドブルを去ってルノーへ移籍するというリカルドの決断は、当時のF1パドックの全員に衝撃を与えた。またその後、新型コロナウイルスの影響で2020年シーズンの開幕が遅れる前から、リカルドがルノーを離れて2021年のマクラーレン移籍を決めたこともさらなる驚きだった。
フェラーリF1チーム代表のマッティア・ビノットが2022年末で辞任し、チームを離れることが、11月29日に正式に発表された。ビノットの離脱は、今年のサマーブレイクのころにはすでに避けられない状況だった。シャルル・ルクレールをはじめとするチームの主要メンバーとの間の溝が深まり、修復不可能になっていたのだ。
長年F1を取材しているベテランジャーナリスト、ルイス・バスコンセロス氏が、全20人のドライバーのグランプリウイークエンドの戦いを詳細にチェック、独自の視点でそれぞれを10段階で評価する。今回はアブダビGPでの戦いぶりを振り返る。
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マックス・フェルスタッペン(レッドブル):予選1番手/決勝1位
シャルル・ルクレール(フェラーリ):予選3番手/決勝2位
11月29日、スクーデリア・フェラーリは、チーム代表を務めるマッティア・ビノットの辞表を受理し、ビノットが12月31日をもってチーム代表の座を離れることを発表した。
ビノットは、2019年からフェラーリのチーム代表を務めている。今年はF1に新しい技術レギュレーションが導入され、フェラーリは競争力のあるマシンを作り上げた。シーズン序盤はライバルを圧倒するパフォーマンスを見せていたフェラーリだが、次第に戦略のミスなどが増え始め、最終的にコンストラクターズ選手権のタイトルを逃した。またシャルル・ルクレールも、ドライバーズ選手権においてマックス・フェルスタッペン(レッドブル)に大敗する結果に終わった。
F1サウジアラビアGPの主催者らは2023年のレースのために、会場のジェッダ・コーニッシュ・サーキット(JCC)に何カ所か小規模な変更を施した。
ジェッダでは、2022年のグランプリの前にもわずかに改修作業が行われている。2021年12月のF1初開催の後に、6.175kmのコース施設周辺の数カ所のエリアで視界が改善され、最終コーナーのコース幅の変更が行われたのだ。
カルロス・サインツは、フェラーリのF1-75の開発過程のおかげで、今夏の彼の結果が改善されたのではないかという意見を一蹴した。
チームメイトのシャルル・ルクレールは、2022年シーズンの序盤に2戦で優勝し、シーズン序盤ではサインツを一貫して上回っていた。しかしその後サインツはパフォーマンスを上げることができ、初夏のイギリスGPではF1初優勝を飾った。
F1のモータースポーツ担当マネージングディレクターの役割を6年間務めたロス・ブラウンが、F1の世界から引退することを正式に表明した。
現在68歳のブラウンは、2022年シーズン末で引退する計画であることを以前明かしていたが、11月28日に掲載されたFormula1.comの連載コラムにおいて、それを正式に認め、別れのメッセージを綴っている。
レッドブルのモータースポーツコンサルタントを務めるヘルムート・マルコは、あと4カ月で80歳になる。マルコはいつでも職務から退くことができるが、生涯にわたるモータースポーツへの情熱は「今も燃えている」と認めている。
最近レッドブルの共同創設者ディートリッヒ・マテシッツが死去したことで、同社では後継者育成計画が実施されているが、必然的にマルコ自身の将来も問われている。しかしレッドブルのF1事業と、若手へのスポンサーシップを監督するマルコは、スピードを落とす兆しを見せていない。そうできたとしてもだ。
ジャック・ドゥーハンは、アルピーヌのアカデミーに加入したことを「自分のキャリアで最良の決断」だと認めている。これにより2024年にF1に昇格できる可能性があるからだ。
ドゥーハンは2017年にレッドブル・ジュニア・チームに参加したが、昨年末に離脱してアルピーヌ・アカデミーに加入した。そして今年はビルトゥジ・レーシングからFIA F2選手権に参戦。ドゥーハンは3回の優勝と6回の表彰台を獲得した。アルピーヌはドゥーハンの育成スピードを速めることを決め、メキシコGPとアブダビGPのフリー走行1回目に彼を起用した。
2003年のタイトル獲得から約20年、ミハエル・シューマッハーのフェラーリF2003-GAが今月注目を浴びた。オークションにおいて現代F1マシンとしては史上最高額で売却されたためだ。
フェラーリとシューマッハーにコンストラクターズおよびドライバーズタイトル獲得をもたらした、2003年のF2003-GAが、ジュネーブのRMサザビーズのオークションに登場。オークション当日を前に、落札額はシューマッハーの2001年型フェラーリF2001を150万ドル(約2億円)を上回る900万ドル(約12億円)ほどになるものと見込まれていた。